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自転車もスーツもあらゆる物の値段が今は1/30

一つ一つ全部を職人が手作りしていた50年前はいまだと9800円で買える自転車やスーツと、まったく同じものが大卒初任給より高価な商品でした 後輩や見習いを丁稚と無料で奴隷にできてもその値段でした 38式歩兵銃のねじが規格品でなく全部ばらばらで職人が個別に調整していたように包丁もなべも店頭の商品が同じ名前でも全部微妙にサイズや形が違いました。 その状態すらその道何十年の職人がいないとできない事でした しかし平成時代になべや包丁を製造するのは1っこあたり100円要りません。 工場があったらボタンを押すだけで勝手にベルトコンベアになべが並んで出てきます 一部の作業は手作業ですがねじの形状と回す方向は全部同じなので特殊な技術は組み立てに必要ありません その日に雇われたバイトができる仕事です 働かず豊かに生活できる夢の時代が来たのに現代の日本人があんまり感激してないのはなぜですか?

みんなの回答

  • staratras
  • ベストアンサー率41% (1498/3648)
回答No.5

 それはモノが持つシンボルとしての意味が薄れ、単なる実用品となってしまったからです。  例えば回答者が「月光仮面ごっこ」をして遊んでいたころのテレビ(白黒)は、ある程度経済的に余裕のある家にしかない「豊かさの象徴」でした。その後普及率が急上昇し、どこの家庭にも白黒テレビがあるようになると、今度はカラーテレビが「豊かさのシンボル」になりました。生活保護の受給者がカラーテレビを持つことの是非が真面目に議論された時代です。  しかし21世紀の現在ではまったくそのようなことはなくなりました。テレビはどちらかといえば年配者がよく見る単なる実用品となり、逆に若者の中には「スマホがあればテレビは要らない」という人さえ増えています。こんな状況ではテレビがいくら安価になっても、それほど幸福感が増すとは思えません。  自家用車も同じです。たとえば1970年代に一世を風靡した「ケンとメリーのスカイライン」のテレビCMを今見ると「スカイラインが新しくなりました」と言っているだけで車の性能や価格など具体的なデータは一切示されません。「愛と風のように」という曲に合わせて、カッコいい男女と美しい風景と車が登場するだけです。これはこの車が単なる移動手段としての実用品ではなく、すてきな異性とめぐりあい、新しい世界を開くことができる象徴的な存在であることを示しています。  今でも車のCMにはイメージ優先型のものがないわけではありませんが、主流は実用性を強調したものです。また世間も「乗っている車がその人の社会的地位を表わす」とは必ずしも考えなくなり、社会的地位のある人も「大排気量の高級車を乗り回す」ことにさほど魅力を感じなくなっています。自動車のシンボル性も(テレビほどではありませんが)昔より低下しているのです。  なお念のために付け加えますと50年前(1967年=昭和42年)の日本はすでに工場における大量生産経済の時代であり、一般の人が使う製品の場合は自転車や鍋を一つ一つ職人が手作りしていたわけではありません。また自転車や普通のスーツが大学卒の初任給より高価だったわけでもありません。  「昭和42年 労働経済の分析(労働省)」によりますと、「製造業・男子・通勤」に限定した1967年の初任給は2万6150円でしたので、非製造業を含めた1967年の大卒の初任給は3万円弱と考えられます。このころ自転車(軽快車)の価格は2万円程度、背広(新入社員向け既製服)は1万7000円程度でした。

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7193/21843)
回答No.4

働かず豊かに生活できる夢の時代が来たのに現代の日本人が あんまり感激してないのはなぜですか?    ↑ これは心理学では、順応水準原理と、相対的 剥奪原理で説明されています。 順応水準原理・・・・幸福感は以前との比較で決まる 相対的剥奪原理・・・幸福感は他者との比較で決まる つまり、豊かになればなったで、それがベースに なってしまうので、感激しなくなるのです。 馴れてしまうのです。 だから物欲を追いかけて居る限り、感激、幸福は 永久に訪れない、ということです。

  • kaitara1
  • ベストアンサー率12% (1154/9141)
回答No.3

昔は自分で作っていたものを今は買わなくてはならなくなったからなのでは。つまり人が金を稼ぐために生きなければならなくなったから。

回答No.2

夢から覚めた・・ではなく、それが夢ではなかったからでしょう。 最近になって『物を持たない幸せ』ってのが、ときどき言われるのを聞くようになりました。 『物を持たない幸せ』というのは、これを念頭に置いておかないと見逃してしまうことがよくあるのですが、(念頭に置いておくと)時々いたるところ(世界的に)で言われていることに気が付きます。 そもそも人の幸せって何かとうと、物ではなく、人なんです。物があることによって人との縁が疎になってしまうなら、それは幸せではなく不幸なんです。 そのことに気づき始めてる人は、そこそこ居るようです。

noname#226042
noname#226042
回答No.1

生まれ故郷でクラスで一番かわいい女の子と結婚しても隣町に旅行に行ったときそこで美人を見たら嫁に不満が出ます 人間そんなものです

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