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謙信のこの言葉の真意は?

上杉謙信が子育てのコツについて語ったものなんですが 上杉謙信公はこのように仰った 「武士の子を産み育てるには、14,5歳の頃に及ぶまで、いかにも我儘にさせて、 勇あることを勧め、臆する道を制した形で成長させるべきである。 父に勇のある子供は、必ず臆することはない。 これは父親が常々、その道を説諭するためである。 この様に、人というものは生育が第一なのである。」 (上杉謙信言行録) 勇については武士だからわかるのですけど、 謙信がいかにも我儘にと、我儘になるようにと我儘を推奨した理由は何なんでしょうか? 自分はこれを読んだとき、 我儘ということは「お前は我儘だ!!」などと言って叱られ、我儘ということは絶対に悪いことの一つであり、その悪徳を持つものは必ずそれを矯正しなくてはならない、そのことについて議論の必要はない。というふうに我儘ということは考えられていると思ったので驚きました。 我儘は現代ではそのようなものでも昔は徳目の一つか何かだったのでしょうか?それとも武士特有の何か理由からでしょうか? 謙信がこう言った真意が知りたいです。この時代の思想や背景に詳しい方教えて下さい。お願いします。

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noname#211010
noname#211010
回答No.5

上杉謙信公家訓16ヶ条「宝在心」と違いますね http://uesugi.yonezawa-matsuri.jp/log/?l=72221 わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい? https://www.youtube.com/watch?v=L8QGpL8tLWo

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回答No.6

良くは知らないのですが、この我儘は『自分に自信を持たせる』と読んで良いのではないかと思います。 現代の教育にも通じるものですね。

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11074/34516)
回答No.4

>謙信がいかにも我儘にと、我儘になるようにと我儘を推奨した理由は何なんでしょうか? 我儘、という言葉の意味が現代と違うのは他の回答者さんが指摘する通りです。現代意訳すると、「型にはめずに自分の意思を貫けるようにしておいたほうがいい」ということになると思います。 しかしね、現実の謙信公ってのは、現代の意味においてもひどく我儘な人だったんですよ。 まず、人の意見を聞かない。たぶん織田信長のほうがまだ聞く耳はあったと思います。そのくらい聞かない。居城の春日山城に毘沙門堂というお堂を作ったのですが、そこに時々引きこもっては数日間出てこなくて、ガラッと出てきたと思ったら、「よっしゃー、降りてきたー!出陣じゃー!」とか言い出す・笑。 夏は信濃に、冬は関東にほぼ毎年のように出陣。そして「義」だとかなんだとか名目だけは立派なことを唱えて自己満足して帰ってくる。人のご意見には一切耳を貸しません。そのくせ、「お前たちは俺の意見をちっとも聞こうとしない」とかいって「これから高野山に出家する!」と家出すること数回。もうね、ほとんど「死んでやる!」といって家出するメンヘラ娘みたいなものですわ。 だから忍耐強いことで知られる新潟人をして「耐えられない」とまでいわせてこれまた毎年のように反乱が起きるのですが、謙信公、困ったことに戦場では恐るべき無敵の存在。ゲームで例えるなら、毎回クリティカルヒットを出すようなお人です。チートって言葉がまさにピッタリです。だから反乱を起こしても、簡単に鎮圧されちゃう・笑。 ご本人が我儘の塊みたいな人で、しかも信長級のナルシストでもあります。どのくらいナルシストかって?いつも毘沙門堂に籠る謙信公に家臣が、「一度、私たちも毘沙門堂を参拝したいものですが・・・」と頼んでみたら、返ってきた答えが「毘沙門天に会いたいの?そんなら、目の前にいるじゃん」(本当)。

  • FEX2053
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回答No.3

この場合の「我儘」とは、今の意味と違って「自らの意思を通す」と 理解した方が近いです。「我儘でない」=「親に従順」=「自らの 意思が持てない」と謙信は言ってると考えてください。 なので、自分の意見をしっかり持って、それを通す意思が持てる ように育てる・・・という、ごく当然のことになります。

  • hamazo2004
  • ベストアンサー率27% (292/1068)
回答No.2

まず、今の時代の子供のわがままと当時の子供のわがままはまったく違います。回答はその文の中に現れています。つまり、「わがままにさせながら、勇あることを勧めながら、臆する道を制しながら、勇ある父が常々、その道を説諭しつつ14,5歳まで育てるべきである」。これらはすべて独立ではなく同時です。最大の条件は勇ある父であること。

回答No.1

武士は死を恐れてはならない。 死を恐れることは余計に死を招く。 しかし死は、生物的に絶対的に忌避したいものであり、 ゆえに社会的に=教育的に、そうした感情を抑える 必要があるのだ。

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