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「ブラックユーモア」と社会学を結び付けるには…?
宜しくお願い致します。 社会学を専攻しています。卒論へと繋がるゼミ論で「ブラックユーモア」を大きなテーマとして以下の視点で書いてきましたが、「社会学的視点」といった面で指導教員から指摘を受けました。 ・ブラックユーモアには批判・批評の機能が備わっているようである。ブラックユーモア大国であると言われるイギリスと日本では、ジャーナリズムに差異が見られるのではないか(イギリスでは権力や権威に対する批判がブラックユーモアを用いてなされていたり、ブラックユーモア文化が盛んであることによりそれらを批判する土壌が形成されているのではないか)。 →指導教員からの指摘:社会というものが対象になっていない。文化社会学寄りである。ブラックユーモアという文化を通してどのような社会的リアリティを研究しようとしているのか。 ブラックユーモアはどのような視点でどのように扱えば社会学の卒論になるのでしょうか? また、私の立てた問いのどの点を改善したら社会学の卒論にすることができるのでしょうか。 ご回答を宜しくお願い致します。
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- Nakay702
- ベストアンサー率79% (10007/12518)
>ブラックユーモアはどのような視点でどのように扱えば社会学の卒論になるのでしょうか? ⇒ブラックユーモアとは、「一般的な倫理や禁忌にあえて逆らい皮肉当てこすりを混ぜたものである」(「ニコニコ大百科」http://dic.nicovideo.jp/より)。 ゆえに、ブラックユーモアのネタは、しばしば当の相手から反感を買い、紛争のもとになることがあります。イスラム教を揶揄した(?)風刺画が原因となって、フランスの雑誌社が襲撃された事件は記憶に新しいところです。 そこで、ご提案ですが、このような表現の自由と(宗教や民族の違いによる)対立紛争の問題などを主題(の1つ)に設定してみてはいかがでしょうか。これなら、確実に、 「ブラックユーモアと社会学を結びつける」ことができると思います。
- hhasegawa
- ベストアンサー率14% (56/385)
日本こそ「ブラックユーモア」大国だと思いますよ。 政治家がちょっとした失言をすればあげ足をとり うちわを買ったとか買わないとかで、非難し続けたり。 権力者やリーダーに対する批判をする というのが新聞、メディア、そして身の周りまで広がっていると思います。 特定秘密保護法だとか集団的自衛権だとか 本質の部分での議論をせず、また何のかということを告知しないで 「ダメよー」だけいってまわるという空気。 何がどうダメで、ダメでないのか、そういったことは 知らされません。
お礼
hhasegawaさん 確かに、イギリスと比較しても日本においてマスメディアからの政府等への批判は少ないとは言えませんよね。 日本とイギリスのブラックユーモアは質が異なるようですね。 参考にさせて頂きます!ご回答ありがとうございました。
お礼
Nakay702さん 表現の自由とブラックユーモアを結びつけることには考えが及びませんでした。取り急ぎ少し調べてみたところ、『自由の社会学』や『「表現の自由」の社会学』といった書籍や論文があるようですね。ひとまず読んでみます。 私の中に無かった新しい視点なので、検討してみようと思います!ご回答ありがとうございました。