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他人や異性への気配りができる人
気配りができる人はとてもうらやましいと思います。 自分はなかなかそういうことを気づかずにいます。最近人への気配りができたら自分にもプラスになることもあったりしてよいのではないか、と思うことがよくあります。 そこで、人への気配りはどのようなものがあるでしょうか?普段皆さんが気をつけていること、そのような具体的な事例、気配りについての意見等々ありましたら教えてください。質問がわかりにくくて曖昧かも知れませんがお願いいたします。
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こんにちは。 考え方が素晴らしいですね。あなたなら必ずそうなれます。 とりあえず簡単にまとめて考えましょう。 私は日常の五心を忘れないこと・・それただ一つ ご提案します。 1.ハイという素直な心 2.私がしますという奉仕の心 3.お蔭様という謙虚な心 4.すみませんという反省の心 5.ありがとうという感謝の心 この心と言葉が連動して、意識しなくてもごく自然に、対人関係の状況に使えるようになれば、かなりご質問の面では成長されることでしょう。 それに必ず笑顔を添えることをオススメします。 判っていても使わない・・とか、使えないでは、判っていることになりませんよね。 相手を幸せな気持ちさせるお金のかからない特効薬は、世界共通笑顔です。 ただ日常の五心にしても笑顔にしても、気をつけなければならないことは、それを打算的に使おうとすれば、逆に品性というか品位は、間違いなく逆に下がります。いわゆる 媚びへつらうこととなりますよね。 だから、あなたの言う 自分にプラスなるからということは、あまり実行する以前から意識しないことです。それはのちのち、結果として、人が評価してくれるものと考えたほうが良いのでしょう。 裏返しで言うと、気配り配慮の見返りを求めない気持ちであることが、大前提だと思います。 まぁ あなたなら大丈夫でしょう 自己改革の意識をがんばって高めて見て下さい。 では
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- katyan
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まず余裕を持つこと 常に会話する時間を持つこと などかな
- cafe777
- ベストアンサー率31% (15/48)
#1です。 tic2323さんは見返りを期待していないということで、 こちらもちょっとキツイこと書いてしまったことを お詫びします。 #2~#8の方、みなさんとても良いことを書かれて いらっしゃると思いますので、tic2323さんも ぜひみなさんの意見を参考に頑張ってくださいね。
お礼
いいえわざわざ申し訳ありません。 みなさん大変参考になりましたが、同性と異性には若干気配りの仕方が違うように思います。そのような例はないでしょうか。 例えば私は男なので自然に車道側にいくとか…何かものを取ってあげるとか…うーん。
- Harley-1999
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こんにちわ! 気配りって、おせっかいと隣り合わせですよね。 tic2332さんも、気配りが必要な状況で、絶対に気がついているとおもうんです。 飲んでいる状況なら『あぁ・・・あの人ビールが減ってるなぁ』とか。 でも、そこで一言でるか出ないかで気配りできるかどうかが違ってくるとおもうんですよね。 以前、わたしも『余計なお世話か・・・』っておもって、気がついていても、一言がでなかったんですよね。 ちょっと『次もビールでいいですか?』って聞くだけで、気配りできる人になっちゃうんですよね。 思い切って、一言をかけて、それに慣れればいいとおもいますよ。慣れないと突然サラリと気配りできる人にはなれないとおもいます。 今まで、『余計なお世話かもしれない』とおもっていたことを、ちょっとだけやってみるだけでいいともいますよ。 後は、慣れてくれば大丈夫じゃないでしょうか? 『それ、持ちますよ』『寒くない?』『こっちのお料理もとりましょうか?』とか、日常的な一言から、気配りって慣れていけばいいんじゃないでしょうか? やりすぎず、相手の立場になって考えれば、自然と体が動いてくれるようになるとおもいますよ。 というわたしも、只今勉強中ですけどね。
お礼
そうですね。気付いてもなかなかその一言が出ないときがあります。ただでさえ気付かないので、積極的にやってみたいと思います。相手によけいなお世話だと思われたら引けばいいことですもんね。ありがとうございます。
- U-more
- ベストアンサー率30% (81/266)
こんにちは。 ちょっとキザな意味に取られてしまうかもしれませんが、 「どんなときでも、どんな人に対しても紳士的に。」 他人に好印象を持ってもらうのに大切なことは、 まずは自分自身がどういう態度、心の持ち方をしているか、 ということではないでしょうか。 そのためには、自分自身を第三者的な立場で客観的に観る事だと思います。 そうすれば自然と人に好感の持たれる態度や接し方、話し方が分かるし、 身についてきますよ。 自分を客観的に観れるということはすごく大切なことだと思います。 人間関係だけでなく、仕事や勉強などなんにでも通じる事だと思います。
お礼
私の回りに一定の人に暴言に近い言葉を言う人がいますが、そのような人を見ていると自分ももしかしてそうなっていないだろうかと気になることがあります。 客観的に自分を見て反省していきたいと思います。
- Mizyu
- ベストアンサー率41% (245/593)
相手の立場に立って物事を考えることが一番大事。 そしてそのためには相手のことと相手から見た自分の立場を良く知ることが大事です。 相手の立場になってみてどのようなことをしてほしいかを考えれば自然に行動できるはずです。 ちなみに > 最近人への気配りができたら自分にもプラスになることもあったりしてよいのではないか、と思うことがよくあります。 自分へのプラスなんて基本的に皆無ですよ。 「100」つくして、「1」返ってくるか返って来ないかくらいの割合です。 見返りを求める行動は自分にマイナスです。 「こんなにつくしているのに、なんで相手はわかってくれない?」 と精神的にイライラしてしまい、損です。 努力が報われなくとも、相手の立場でつくせる人が、「気配りのできる人」ではないでしょうか。 そういう人は自分のプラスより、自分の周囲のプラスを目的に行動してますよ。
お礼
相手の立場…このような事って、普段の生活だけではなく仕事とかにも役立ちそうですね。頑張ってみます。 プラスに関しては下記に記したとおりです。申し訳ありません。その時眠くてつい表現を間違えてしまいました(^_^;)
- buzz_buzz
- ベストアンサー率29% (190/650)
確かに気配りの上手な人は素敵ですよね。 気配りというのは、何も難しいことではなく、「周りの人をよく見て」「言葉に出さない思いを感じ取る」ことです。 まず、周りを見てみましょう。 会話中に居心地の悪そうな人、駅でとても困っていそうな人、ちょっと見てみるだけで、色んな人がいることがわかります。 そして、一度そういう人を見つけてしまえば、普通の感覚なら、「何をして欲しいのだろうか」ということに気づくと思います。 困っている相手にとっては、どんなにささいなことでもうれしいわけですから、少し勇気を出して手を差し伸べてあげれば、 とても大きな助けをしたことになります。 気配りなんて言うと難しいようですが、「周りを見る」「ちょっと手を差し伸べる」と考えれば、 少しずつでも意識していけば、「気配り上手」になれると思いますよ!
お礼
そうですね。私には手助けをしてあげる行動力がたりないと思います。気付くけれども行動に移せないときがあります。頑張りたいと思います。
- uni-_-
- ベストアンサー率31% (26/83)
「相手に嫌な気分をさせないようにする」ことを心がければ、おのずと気配りが出来る人になるのではないでしょうか。 気配りと一言でかたずけてしまうと、「それをやらなきゃ」って思いの方が強くなってしまうかもしれませんね。何かテーマを考えて、そういう自分になろうと思った方がいいのかもしれません。 私の場合は「一緒にいる人に嫌な気分をさせないこと」です。 そういう自分になりたいと思ってます。 飲み会の席では、孤立してる人には話の輪に入れるように話しかけたり、誰かの発言で皆が嫌な気分になった時はすかさずフォローしてムードを明るくしたり… 無意識に周りをよく見ることが大事だと思います。 言葉使いにも気をつけてます。人を傷つけない言い方ってありますよね。 自分では気配りをしてるとは思っていません。でも友人は「上手に皆に気をつかえる人だよね」って言ってくれます。 自分がよければ周りはどうでもいいという考え方がなければ、それだけでもう立派に気配りが出来る人になってるんじゃないでしょうか。自分でも気づかないうちに。 気配りが出来る人になりたいと思う気持ち、私は素敵だと思います。そういう気持ちがあれば、異性からも同性からも他人からも好かれる人になると思いますよ。
お礼
私は気付いてみれば子供の頃から自然に「人が喜んでくれるなら何かしないと」と言う気持ちがありました。この年になって(二十歳)そんな人のことなんかかまっていられない、と言う考えの人が格段に増えた気がして悲しいです。少しでもそのくらいの心の余裕は持っていたいと思います。 私はもしかして人に気になる言葉遣いをしているかも知れません。意識して自己分析することから始めてみたいと思います。
- nes_
- ベストアンサー率25% (161/643)
自分だったらこうしてほしい、こうはしてほしくない、 ということを相手の身になって考えてやるのが大前提です。 要は、相手の気持ちを読み取るだけでいいのです。 私は、特に困っている人を見ると、まるで自分を見ているかのような気になるのです。 これを「気配り」と考えないでください。 なんであれ、「気配り」ということを意識すれば、 また、「気配り」であるということが相手にわかれば、 それは「社交辞令」です。「してやっている」という気持ちです。 「してやっ」ても、相手が嫌な顔をすれば、「してやったのに」になります。 「社交辞令」というのは、その人の「人格」に関わりません。 言ってみれば「悪人」でも社交辞令ができます。 悪魔でも聖書が引けるのと同じことです。 悪魔が聖書の1ページを暗記して聞かせても伝わらないが、 「アーメン」の一言でも、その人のホンモノの気持ちは伝わります。 ちなみに、健常者にドアを開けてやるとか、椅子を引いてやるとか、 などの行為はただの社交辞令です。してもしてもらわなくても、 何とも思いませんから(どう感じるかは人それぞれですが)。 会話の中で、 喋りたさそうな人を喋らせるとか、 言葉を詰まらせた人に言葉をつなげるとか、 なかなか輪の中に入れない人に質問するとか、 新入りならば「名前」を使って質問するとか、 緊張で凝り固まっている人の肩に手をかけるとか、 私は特にこういうコミュニケーションでの点を重視していますが、 何より素晴らしいと思うのは、 一声つなげるだけで、相手がワッと喋り出すことです。 たった一つ質問することで、相手の人間性があふれ出てくることです。 そっと肩に手をかけるだけで、相手の表情がほぐれることです。 しかし大切なのは相手の気持ちを読み取ることで、 この気持ちが、どんなに小さな行為も「ホンモノ」にします。 モノは両手で渡す、相手の手がしっかり握るまで、離さない。 こういう細かいことも、いやこういうことこそ強く相手に伝わります。
お礼
ほんの少しのことがされた人にとっては大きな力を与えることもあると言うことですね。参考にさせて頂きます。
- blueyellow
- ベストアンサー率16% (135/841)
「自分がされて気分いい事」をすればいいのでは? 例えば、ぶつかられた時、 「あ、すみません」と言われる・・・ 子供連れの時ドアを押さえていただく・・・ (重いドアなどのとき) はさみなど借りる時、刃側を貸主さんが持ち 持ち手の方を向けて渡してもらった時・・・ 些細な常識でしょうが 意外と出来ていない人も多いものです。 そういう「些細な日常行動」を 「自分の言動」を意識しながら 変えていけば良いのではないでしょうか?
お礼
「自分の言動」を意識しながら、ですね。参考になりました。ありがとうございます。
- cafe777
- ベストアンサー率31% (15/48)
とりあえず、あなたのまわりにいる気配りが できる人が、一体どんなことをしているか 観察してみるのが一番いいと思います。 でも、確かに気配りはいいことですが、 「プラスになることもあったりしてよいのでは」 という考えでは、本当の気配りはできないのでは…。 心から気配りができる人は、プラスマイナスは 考えていないと思います。
お礼
ありがとうございます。回りを見ているとこんなに気配りができていいなぁと思う人が結構います。 申し訳ありません。そのような意味で言ったのではなく、自分が人に何かしてあげることで役に立っているのだな、という実感がないかと思っただけです。これをやったから見返りを期待する、そのようなことはもちろん一切ないです。訂正します。
お礼
日常の五心って聞いたことありますね! 感覚的には普段接する人にも接客しているように接すればいいのですね。 笑顔は私は「いつもニヤニヤしてんじゃねぇ」くらい笑っているようですので大丈夫だと思います。ありがとうございます。