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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:日本人の英語は読み書きばかりと言うけれど)

日本の英語教育の意見と実態

このQ&Aのポイント
  • 日本の英語教育は会話の実践を軽視しているという意見があるが、実際には読み書きのレベルも低い。
  • 一般の日本人は知的レベルの求められる英文雑誌すら読めない。
  • 日本の英語教育は読み書きばかりが重視されており、海外で活躍できる人材を育てるためにはより厳しい教育が必要。

質問者が選んだベストアンサー

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  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15297/33016)
回答No.7

    #2です。補足です。 >>誤解のないように一応申し上げておきますと、私はどちらかというと「いわゆる右寄り」の人間でして、もっと正確に言うと愛国者であります。日本が英語圏による植民地化をすることには断固反対ですし、日本人が無条件に英語や欧米を崇拝することもよしとしません。    僕も全く同感です。 >>さらに言うなら、小学生からの英語教育なんかより、もっとまともな日本語教育をすべきと思っています。     なぜ小学校から外国語教育の必要があるのか僕も理解に苦しんでいます。 >>ただ、アメリカが大戦中にしっかりと日本語を解読する人材を育成したように、日本人の特定の分野の人間は大いに英語や中国語や韓国語を習得する人材が必要だと思っています。     同感です。今の日本に欠けているのは生徒が持っているエネルギーを外国語でも、基礎科学でも、実のある習得に効果的に使う組織で、その昔は有効であったかも知れない入学試験制度の形骸化を改善する必要があると思います。     外国語の読み書きを世界の先端の業績が読めるまでに伸ばすには、今までの古い船にくっついた牡蠣殻を取り除き、十○歳の時暗記力があった役人が一国の中枢に座って何もしない国柄を変える必要がありそうですね。

chibiarako
質問者

お礼

ご賛同いただきありがとうございます。 多くの部分でご賛同の意見をいただくことで、私の疑問の根底にあった考えを補強くださったという点で、あなたをベストアンサーとして選ばせていただきます。 他の回答者の皆様からも、大変貴重なご意見をいただき恐縮しておりますが、この場を借りて他の皆様にお詫びするとともに、あらためて皆様にお礼申し上げます。

その他の回答 (6)

  • umeco51
  • ベストアンサー率41% (35/85)
回答No.6

私が中学高校で英語教育を受けた当時(15年前)は、読み書きばかりでした。 先生(日本人)が英語を話せないので、 読み方と書き方しか教えられなかったのです。 ロンドンに留学経験がありますが、 スペイン語など母国語が英語に近い言語の生徒のスピーキングの伸び方は、それはもうすごかったです。 一方、ライティングスキルは日本人の方が文句無しで上なんです。 これは、日本の英語教育でしっかり文法を教えるからですね。 そして、リーディングはどうかというと、やはり日本人には難しい。 先にスペイン語と英語が似ていると書きましたが、「大学」はスペイン語で"universidad"。universityという英単語を見れば大学のことだと分かりますよね。 でも、日本語では「大学」。あまりにも違いすぎます。 だから、日本人は特に意識してたくさんの量の英語を読むことが必要です。 週に数時間の英語の授業ではとても足りません。 逆に、韓国語だと日本人はかなり有利ですよね。文法も言葉もとてもよく似ているので。1年も韓国にいればペラペラになります。 英語は良くも悪くも世界共通語なので、世界で孤立したくないならやはり英語教育は必要だと思います。 日本の素晴らしさを世界に伝えるためにも。 また、私も、もっと積極的に中国語や韓国語など、隣国の言語の教育をすべきだと思います。 言語から文化を学ぶこともできますし、言語の仕組みへの理解も深めることができるので。 また、最近、英語教育に関する興味深いデータを耳にしました。 群馬県には、国語以外の授業をすべて英語で行っている学校があり、その学校の生徒さんの国語力は、全国平均より上なのだそうです。 日頃から外国語に触れることで、母国語に対しても一定の意識を持って接しているためです。 長々と書いてしまいましたが、 個人的には英語の読解スキルと会話スキルを上げるための教育改革を行って欲しいと思います。

chibiarako
質問者

お礼

本当に、週に数時間の英語教育では足りていないのが現状だと思います。 しっかりした基礎力を「勉強」しなければ、外国語、特に日本人にとって英語の習得は容易ではないのに、世間ではあたかも「勉強なんかするより、どんどん外国人に触れて会話だけやればいい」なんて考えがはびこる風潮に危機感を覚えます

  • ucok
  • ベストアンサー率37% (4288/11421)
回答No.5

ご指摘の通り、「英語教育が読み・書きばかりで会話の実践を軽視している」という考え方は10年は古いと思います。 かつては確かに、会話に比べて読み書きの比重が圧倒的に多かったです。そもそも会話を教えられる日本人が少なかったうえに、外国人も稀でした。それで、高等教育は読み書き偏重型になり、そうでない人はそもそも英語をまともに習得せずにいました。 しかし、今は学校でも英会話学校でも外国人教師が増えましたし、街を歩けば外国人観光客や留学生がいるし、日本人の留学や海外への自由旅行も手軽になりました。それで会話の習得が「可能」になりました。 もちろん、今も英語ができない日本人は多いですが、「読み書きが抜群にできるわりに会話ができない」という人は圧倒的に少なくなったと思います。できる人は両方できるし、できない人は両方できないのです。 ただ、パンフレットが読めないのは、英語教育の質が悪いからとは言い切れないと思います。それは、教育自体が行き届いていないか、あるいは、その人個人が必要に迫られていないかが、圧倒的な理由だと思います。そもそも「一般の日本人」が英文パンフレットを読む必要に駆られることは稀です。日本語の情報だけで事足りるからです。 反面、例えば、海外アーティストを好きになって、その人の情報をもっとほしくなったり、英語圏の人とミーティングをする機会が多くなったのをきっかけに、驚くほど英語力を伸ばす人が大勢います。そして、この人たちは読み書きと会話を並行して伸ばしていきます。 まとめます。読み書き偏重型の教育はすでに希薄になったと私は思います。では、日本人の英語力を上達させるにはどうしたらいいかというと、その人にとって英語が必要であるという状況を作ることだと思います。

chibiarako
質問者

お礼

おっしゃる通り、結局日本人が英語が不得意な人が多いのは、英語を日常生活や仕事の上で必要とする人が発展途上国などに比較して少ないだけのことだと思います。 必要にかられ、もしくは英語を愛好してしっかり「勉強」してる人は読み書きに限らず会話もできるし、反面会話が出来ない人は、結局読み書きや文法も弱い人が多いと思います。

  • oignies
  • ベストアンサー率20% (673/3354)
回答No.4

読み書きばかりというけれど、かければ基本話せます。 読む練習だけだと英作文できるようになりませんが・・・ わたしは、30年前に高校教育を受けましたが、幸い 英語の教師が英検1級をもっており、高校卒業までに はなせるようになりました。 当時の英語は、ReadingとWriting,にわかれていました がそれだけで十分でhした。 もちろん、Readingの素材には、英語のテープがつい ており、それを最初と最後にきかされたので聞き取り もある程度できていました。 Writhinngの授業では、英作文がうまくできるとあてて よまされたりしたので、スピーチの練習にもなりました。

chibiarako
質問者

お礼

あなたの仰るとおり、それなりのレベルの読み書きができれば、全然話せないなんてことは無いし、仮に耳が慣れていなかったり、会話がスラスラ出てこなくても、そんなものは基礎英語力があればあっと言う間に習得出来るものだと思います。 それなのに、なぜか世間では読み書きだけでは会話が出来ないから、小学生とかから外人との会話を教えるべきだなんて主張する人が多いのです。まあ、えてしてそういう主張する人ほど英語が出来ないコンプレックスを抱えた人が多いのですが

回答No.3

こんにちは。アメリカの大学院に留学経験があります。 英語は得意なほうでしたが、高校の時に読解がどうしても苦手で、No.1の方がおっしゃった、まさに、全体を読んで大事なところを読み取れない、ということに陥っていました。 苦手意識は取れましたが、高校当時と留学後、読解の際に異なることは何かというと、英語での絶対量が増えたことと、日本語を介さずに理解している、ということでしょうか。 留学時代は他の学生と同じように、1科目に100ページ以上の文献を読む、という課題が毎週あり、日本での英語力では絶対量の不足からか、最初の頃は1ページを読むにもかなり苦労しました。一文一文の意味を確かめて読むような読み方だったのですが、全部を読むと時間が足りない、ということで、大事なところを探したという経験があります。 課題でペーパーを実際に書くとよくわかったのは、日本語での展開の仕方と英語とではかなり異なるということでした。日本語をそのまま英訳して文章にすると、論点がかなりぼやけた形になってしまうので、それがわかると相乗効果で、英語での文献が読みやすかったです。 逆も同じことが言えるのか、例えばある米系航空会社のHPで日本語版ができている、と思って読んでみると、英語をそのまま日本語にしただけのような感があり、顧客に対するそっけないイメージになっているような気がします。 私は在米ですが、小学生の低学年でも自分たちの少ない語彙力で、すでにそういう展開方法で2~3文書いたりというのをしているので、日本でも、日本語と英語の論点の展開方法を教える側が踏まえる必要があるかなと思います。

chibiarako
質問者

お礼

経験からのお話ありがとうございます。 アメリカの大学では膨大な量の講読が要求されるというのはよく言われることです。 日本人は元々英語が外国語なわけで、その意味でももっともっと読み書きの能力が必要だと思います

  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15297/33016)
回答No.2

1。本当に日本の英語教育は読み書きばかりが重視されているのでしょうか?     「日本の英語教育」は、今のところ少なくとも2種あると思います。     (い)  受験のため     (ろ)  実用のため    初め(例えば明治時代)は(い)で、(ろ)は1945年ごろから増え、毎年割合が変わっているように思います。 2。  もしかしたら、これから海外でガンガン活躍できる人材を、もっともっと育てなければいけない日本では、高校・大学レベルでもっと英語読み書きの教育を厳しくする必要があるのではないでしょうか。     はい。でも日本人全部が「海外でガンガン活躍」する訳ではないでしょうし、海外=英語の読み書き、と一口に言えないようにも思います。     何とか検の何級が無いと採用しない、というのは「英語圏による植民地化」を自主的に進めているようにも思えます。

chibiarako
質問者

お礼

ご意見いただき有難うございます。 誤解のないように一応申し上げておきますと、私はどちらかというと「いわゆる右寄り」の人間でして、もっと正確に言うと愛国者であります。日本が英語圏による植民地化をすることには断固反対ですし、日本人が無条件に英語や欧米を崇拝することもよしとしません。 さらに言うなら、小学生からの英語教育なんかより、もっとまともな日本語教育をすべきと思っています。 ただ、この愛する日本が世界で戦っていく上で、英語を必要とする分野が存在することも事実です。 たとえば、理数系や技術系の分野では、多くの海外の文献を精査する能力は不可欠なわけですから。 その意味で、日本の理数系・技術系の学生が大学生にもなって、いつまでも辞書や翻訳サイトに首っ引きにならないと、海外の文献もスラスラ読めないようでは不甲斐ないと思うわけです。元々英米圏で学ぶ学生に対してはそれだけで大きなハンデがあるわけですから。 日本の固有の文化を研究する人は、英語なんか出来なくても大いに古文に精通してほしい。 また、もちろん、日本人全部が海外で活躍なんかする必要もありません。 ただ、アメリカが大戦中にしっかりと日本語を解読する人材を育成したように、日本人の特定の分野の人間は大いに英語や中国語や韓国語を習得する人材が必要だと思っています。

  • sknuuu
  • ベストアンサー率43% (408/934)
回答No.1

>本当に日本の英語教育は読み書きばかりが重視されているのでしょうか? ご質問の方に同意する部分がかなり多くあるだろうなと推測しながらの回答ですが、「読み書き」という表現に何が含まれているかが重要かと思います はっきり言うと、"書く"ということはやっていないに等しいですし、実際「書けません」 "読む"ということに関しても、いちいち辞書や日本語訳を参照しながら"照らし合わせている"だけで、「読んで」いません もっと簡単にいうと、答え合わせをしているだけです 「読む」というのは、単語や文の意味を理解することは大事ですが、"文章全体"の意味を把握することができない人が多すぎます 別の言い方をすると、パラグラフ毎、もしくはトピック、エッセイなどの"全体"の意味を要約して、一文で語ることができない人が多いです それは、構文などの文法的事項にばかり目がいってしまって、一番肝心な"意味"というものをないがしろにしているからだと思います だから、読まなくてはいけないところ、読まなくてもいいところの区別ができない その"意味"という意味をしっかり理解している人も少ないと思います Aという単語の意味はこう、Bというフレーズの意味はこう、こんなことじゃありません 文全体の言わんとすることを、"自分の言葉"で語ることができないんです 日本語であってもそれができないということは、結果して意味を理解していないのと同じことです 文法的に不定詞を使うべきところを、動名詞を使っている英文があったとして、「それは文法的に間違い」ということだけで、『間違ってはいるけれど、文脈から考えるとこういうことを言いたいのだ』という理解ができない だから、知らないフレーズや構文が出てくるとそこで立ち往生します そして、自分の言葉で意味を語る場合でも、この意味を伝えるには「このフレーズ、いやいや、あのフレーズ・・・」「この構文だと違うニュアンスで伝わってしまうのではないか」など、"どーでもいいこと"にばかり考えてしまって、一番大事な"意味"を伝えることを忘れてしまっています SV,もしくはSVO,SVCの"単文"だけを並べるだけでいいのにもかかわらず、ここはwhichでつなげて、ここはbecause、いやいやasかなとか、"どーでもいいこと"に時間をかけて、結果してできあがった英文というのは、奇怪な構造の何を言いたいかがわからない英文だったりします 別の言葉では、"体裁"にばかり気をとられています ただ、こういう"どーでもいいこと"を気づかせるてっとりばやい方法は、実際に会話をさせて(書いて読んでもらうというのでも構いません)、「意味を伝えるのにはどうすればいいか」「文法などは二の次の話しなのだ」ということを気づかせることです それが近年の外国語学習で行っているCommunicative Approachというものです ただ、これは誰でもできるというものではなく、ある程度のレベル以上の人でないと難しいです つまり、基本的な単語やフレーズ、文法事項を知らない人はもとから英文など作れるはずがないからです この点では、暗記やドリル形式の反復練習をして基礎固めをする必要があります 日本の教育において悪い点は、それをある程度のレベルになってもずっと続けていることです そして結果して、ろくな英語能力がつかないという無駄な労力・時間の浪費につながっています ご質問の方の意見に賛成する部分が多いですが、もっと大事なことは"意味を理解する"というのはどういうことかを生徒に理解させることだと思います テストでいつも満点をとっている人が果たして"意味"をきちんと理解しているかどうか、それをきちんと判断できているかが問題と思います この点に関しては、教えている先生の技量も高いものが要求されます

chibiarako
質問者

お礼

詳しいお話をいただきありがとうございます。 文章を理解する能力の欠如という点からも、日本の学生の英語力における、読み書き力はとても不足していると感じます

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