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歌集「あやはべる」の一首の歌意を教えてください。
歌集「あやはべる」の中の下記の詠歌の歌意がどうしても分からない。分かる方におおしえながいたい。 ・ 食べさせたものから出来てゐる息子駅に送りて申し訳なし 食べさせた自分(作者/母親)が、何を息子に申し訳ないと思っているのか? 中・上流階級の作者の家庭が、十分な食べ物を与えなかった筈はないし。母親としての何を息子に呵責もしくは後悔の念を抱いているのか?鑑賞力のない質問者には読み解くことができません。
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- oignies
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直観的に高校を卒業して以後の話だとかんじました。 高校を卒業して、都会にでるようになると、さまざま な境遇で育った人材が一同に会することになります。 息子に関してひけめにおもうことがあり、そこを食べ させたものからできている、と表現したのではない でしょうか。 中流とはいえ、上流の家とはおのずと格がちがうこ とが知られて、申し訳ないとおもったのかもしれま せんし、十分な食べ物を与えなかったというよりも 食べ物の質などの点をここではいっているようにき こえます。 あるいは、与えた教育、しつけなどの質もふくめて 与えられたものについて申し訳なさを感じていると 考えます。
何に責任を感じているのか、具体的には分かりませんが、息子を駅に見送りにきて、今から自立して社会へ発とうとしているそばの息子がいかにも頼りなげであり、自分の育て方によるものか知らないが必ずしも世間の人間より優れているとも思えない、そんな息子が今から世間の中で苦労していくに違いない、その苦しみの一端は明らかに自分の責任に帰すものだといって間違いではない、その子供の苦労に対して申し訳ないことだと感じているのでしょう。世の子煩悩な親の一般的な(自分の)子供に対する悲しみ、憐憫のようなものだとわたしは思います。
私が歌集を読んだ時は、息子さんが大学受験に失敗して予備校に通っておられた頃の句か、あるいは大学に入ってから、実家に帰省して、成績が悪かった話とか就職で苦労しているとかの話を聴いて、少し落ち込んだ様子で下宿に戻っていく時の風景か・・・いずれにせよ、息子さんの苦労されている姿を見て、自分の育て方の問題ではなかったのか、と自問して、悩んでいる様子ではないかと思いました。 それにしても米川さんとか俵万智さんとか、歌人である母が息子に示す愛情表現って、うるわしいを通り越して、鬼気迫るものがありますねえ。 子を連れて西へ西へと逃げてゆく 愚かな母と言うならば言え 俵万智