• ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:実は宇宙に存在しているもの、全てが自分自身?)

宇宙の謎について考える:全てが自分自身?

このQ&Aのポイント
  • なぜ、人を傷つけると嫌な気分になったり、人を助けたりすると良い気分になったりするのか?
  • 宇宙が最初は一つだったのに、何かの拍子でバラバラに広がった。しかし、広がろうが、元は一つだったのは変わらない。だから、存在している全ての物はバラバラに広がった自分自身である。
  • 他人を傷つけることは間接的に自分自身を傷つけていることなのではないか。物を大事にしたり、他人を大事にするととても気分が良い。全てが繋がっていて、間接的に自分を大事にしていることになっているからではないか。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
noname#194996
noname#194996
回答No.7

>宙が最初は一つだったのに、何かの拍子でバラバラに広がった。  しかし、どれだけ広がろうが、膨張しているだけで、元は一つだったのは変わらない。 これはそのとおりでしょう。もとはひとつだった。人間皆兄弟という言葉もあります。 >だから、他人を傷つけることは、回り回って間接的に自分自身を傷つけていることなのではないか。 これも上から導けます。 >だから、他人を傷つけたり、自分のことしか考えてない行動をすると、何か引っかかるようなモヤモヤした感じがする。 なるほど。一理はあります。他人のことも考えよ。孔子のいう惻隠の情、プラトンのいう愛の力でしょうか。 重力は一番弱い力だといわれます。 でも、その弱い力が宇宙を構成し、地球を作ったのも事実です。 貴方のいう万物皆兄弟、の愛の力がもっと強かったらどうでしょうか。 弱肉強食という言葉はありえない概念です。 食物連鎖がなかったら生物界は成り立ちません。 兄弟は他人のはじまり、という言葉があります。 他人は所詮他人、敵同士になる可能性はたかく、自分の子供だって殺すことが自分の保存、合理性に繋がることがある。自己保存行動はDNAのころからあるとだれかもいいました。 理由があれば誰だって何だって傷つけるのが肉食動物であり人間です。 でも、古来聖人や偉人は善を勧めました。いい気持ちになるからそうしろ、といった人はいませんが。 貴方の仰る「愛の力」が余りにも弱いので、せめて人間同士の愛の力は本来以上に強くあらねばならない、と彼らが考えたのかもしれません。 ところで、万有引力はすべての物体が惹きあう力なのです。 まさに愛の力。

その他の回答 (6)

回答No.6

全ての存在は、量子的な不確定性(確率波動)に基づいており、 無限に詰め込むと存在確率の山が平らになり、無と等しくなります。 この「絶対無=不確定性無限」において、その無限の闇に、 認識体の仮定断面の運動(プランク定数hの収束の時系列化)を 想定すれば、相対的に無の風は光になり、認識体はその光の向う に、自我仮説の補完としての時空仮説=宇宙を認識するのです。 つまり、現在(認識可能性=感受表面=量子相互作用=光速)から 仮説的(階層現象表面的非光速性)に過去(時間的流れ=記憶= 時間軸=自我仮説)と未来(空間的広がり=予測=空間軸=時空仮説) が対発生し、その仮設的延長における直交基底において、本質的 に無限不確定に発散するものを両軸への相補的不確定性化して 有限的存在性を可能にする、不確定性原理(位置(S)と運動量(St)、 時点(T)と質量(Ts)のそれぞれの対の不確定性が相補性を成す)に 基づく世界を派生させるのです。 量子論的世界像において、有限的存在性は観察において派生する =「全ては、あなたが存在するための(物理的根源にまで遡った) 補完」だと言うなら、宇宙は自己の必要として生じていると言えます。 そうして“自己の必要”として生じていながら、環境において思い通り にならず、物にぶつかり、人と争うのはなぜかというと、その場合の 「自己」は「物理的根源にまで遡った」ものではなく、現象表面的& 刹那的な「自己チュー」なものだからです。 いわば、「存在」とは自己矛盾であり、自己チューな意識に対する 「規制」なのです。 そうした短絡的自我意識から深まる認識は、“環境”の自己として 自覚化につながり、宇宙全体との相互作用による慣性質量、地球 環境との物質循環、社会における分業=助け合いといった他我 意識(愛=社会生命的自覚=自律的社会行動)において生きるなら、 自律的生において生産性の最大化が可能なだけでなく、その達成 感は社会全体で共通され精神的充足量の最大化につながるだけ でなく、その意志(愛)は信頼の限りにおいておいて、永遠の未来 や宇宙の果てにおいても、予め達成される事を信じられ、完全なる 自由と無限の幸福が約束されるのです。

  • kurinal
  • ベストアンサー率10% (128/1195)
回答No.5

こんばんは。 >「それは全てが繋がっていて、間接的に自分を大事にしていることになってるからではないか」 一面、真実だが、一面、バカを見る、という気がします。 「自分が大事だなあ、と思うものを大事にすると、巡って、自分がハッピー」ということは、あるのかなと思います。 >「他人を傷つけることは、回り回って間接的に自分自身を傷つけていることなのではないか」 心理学的には、自分自身に許せない!ことを、他者にも(無意識に)「適用」する結果、それは、「誰にも許されないこと」となる。・・・自分に許されなかったことを他者がしているのは、許し難いのですね。 そこから脱出するには、「自分(と化した価値観)が自分(自身)を許さない」を、見直す必要があります。

  • kh8491
  • ベストアンサー率6% (6/100)
回答No.4

質問者様のお考えは、自分が生きてきいる世界(宇宙)も自分自身も、 生きている間の全ての経験や知見で構成されていて、 死とともに知覚、思考が無くなるだろうから終了すると云う事でしょうか? 確かにそうすると自分自身イコール宇宙になり、そう云う考えもありだろうと思います。 一方、繋がっているから痛み帰ってくると言うのは多少の矛盾を含んでいるのではないでしょうか? 人間が生を維持していくには石などの無機物ではなく、 他に生を持つ動植物などの摂取が必要です。 むしろ、そう云った相関関係が理解できるから痛みが分かるのかもしれません。 そう云った理解は感情の原因になるかも知れませんが、 質問者様の時間はまだ続きます。 これからも考えていくと違う結論になるかもしれません。 今は、まず「気分の変化」について一つの予測が出来たという事でいいのではないでしょうか?

回答No.3

>実は宇宙に存在しているもの、全てが自分自身? 貴方がこの世に生まれるはるか前から宇宙は有ったと思うよ。 まずは、自然科学と認識論と落語の区別を付けることから取り組んだらどうでしょう。

  • tonimii
  • ベストアンサー率30% (185/607)
回答No.2

人間は不完全なるものだってことは知っていますよね? だからこそ失敗をして、時々間違いを犯したりして、成長していくと。 そして、人間は自分が不完全だからこそ、「決めつけ」をするんです。 自分はこういう存在なんだ。あの先輩は私の人生にとって大切な存在なんだ、と。 良い気分になったり、悪い気分になる説明なんて人それぞれ自由ですから、どうぞ自由な発想で「決め付け」てください。 宇宙は誰が作ったのか、地球は偶然の重なりなのか運命なのか。 神はいるのか、仏陀か釈迦か、天国はあるのか無いのか。決め付けるのは自由です。

回答No.1

自分を中心として考えれば、とても理にかなっているような気がします。 ただ、相手から傷つけられることだってたくさんあるんです。 とても嫌な気持ちになりますよね。 もしも、宇宙に存在しているもの全てが自分自身だったとしたら、他人に傷つけられたり、ひどい時は殺されたりなんてことの理由はどうなるのでしょうか? 自分自身に傷つけられたり、殺されたりしてる??? その辺はどうお考えでしょうか?

関連するQ&A