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自身の過去の記憶が引き出された感じとは別の表現
- 自分の中で過去の記憶が思い出される感じ
- 自身の過去の出来事が思い浮かび、再現される感じ
- 自分の中に眠っていた過去の記憶が蘇る感じ
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ご質問文に何度も同じ語句が出て来て、説明調になっているので読みにくいです。 それとは逆に主語が抜け落ちていたり、最近も起きていることなのか、それとも全くの過去の出来事なのか時制が解りにくかったりするので、少し内容を整理した方が解り良い文章になると思います。 例えば、次の様にです。 *************************************************************** 他人の顔、文字、言葉などが勝手に頭に浮かんだ経験が何度もあります。 それは唯単に思い浮かぶのではなく、出来事を切っ掛けとして起こります。 例えば、幻聴と耳鳴り・テレビの音声・犬の吠え声を聞いたときや、あらゆるものが動くのを見たときなどです。 (※ご質問者へ回答者からの補足1:ご質問文の表現だと過去形で書かれているので、今はご質問にあるような出来事は起こらなくなった様にも思えたのですが、実際には、今現在も起きることがあるという解釈で現在形にしました。 しかし、これらは過去の出来事で、今はその様なことがないのなら、過去形に直して読んで下さい。 また、ご質問には、 >他人の顔、文字、言葉などが勝手に頭に浮かんだことが何度かあった とありましたが、そう頻繁にあったことでなければ、おそらく ご質問者は気にも留めなかったと思えたので、“何度か”を“何度も”と直すのが妥当だと思いました。 しかし、あなた自身が何度もなかったと思うのであれば、“何度か”のままで良いと思います。) 僕が喫茶店の控え室で休憩していて職員さんが厨房で働いていた時にも、同様の感覚がありました。そのことを僕は「発見された」と感じたのですが、大袈裟だという回答をこちらで戴きました。この件について身近な人に訊ねたら、回答者の方と同意見で「大袈裟」とのことでした。 (※回答者からの補足2:上記の件について、ご質問者が実際にここで質問をしたのか私には解りませんが、元のご質問文には主語が抜けているので、文面を整えるために “大袈裟だという回答を『こちら』で戴きました” と『こちら』の一言を付け加えました。 どこでどういった人に質問したのか記述したくないときは、“とある方に質問したら~”や、“とある場で質問したら~”と書くと良いと思います。) 「発見された」と僕が感じたということは、他人から見れば病的な解釈だと思います。 しかし、僕にとって「発見された」とは、「僕自身の過去の記憶が引き出された感じ」であり、それは強制的な感覚を伴った出来事でもあるのです。 *************************************************************** >「自身の過去の記憶が引き出された感じ」の別表現を教えて下さい。 “それは強制的に起こったと思う”との但し書きがある以上は、ご質問者自身が「第三者、または何か自分の意志や人為の及ばぬ不思議な力で無理矢理そうなった様に感じられてしまったのだと推測していますが、その通りであるのなら“~された感じ”と表現するよりなく、他に表現のしようがありません」。それは、あなたが感じたこと、感情の表現として間違っていないから、他人が直すことは即ち間違いとなってしまうからです。 「現実には自分の内部から湧き出た出来事や感情なのに、外部からの力が作用した様に感じられるので、“何かをされた感じ”が付きまとっている」 ご質問者がそう感じているのなら、その感情を言い換える言葉はどこにもないし、そのままの表現(~された感じ)で伝えるよりないのです。 「あなたに起きた出来事をあなた自身がどう感じているのか」それは、あなたにしか解らないことです。無理に言い換えても、おかしな文章になって、元の感情から掛け離れた表現になってしまい、気持ちを伝えることが更に難しくなるので、言い換えに拘るよりも主語や時制、心を伝えることに重きを置くことの方が、会話や文章においては とても大切なことだと思います。 「自身の過去の記憶が引き出された感じ」が好ましいもの、あるいは何らかの必要性・重要性・意味のあるものと感じたときは、「自身の過去の記憶が自然と湧き出た」という表現であっていますが、させられ感・無理矢理感・強制感が伴うのならば「自身の過去の記憶が引き出された感じ」と表現するのが正しい感情表現です。
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No.4です。お礼をありがとうございます。言い換えの回答ではなく申し訳ございません。 長くなりましたが、ご一読願えれば幸いです。 >「自身の過去の記憶が無意識に湧き出た」と言ったほうが良いかと思いました。 と仰っていましたが、でもこれだと、あなたの本当の気持ちからは掛け離れていて、正直な気持ちとは違っていると思います。 このご質問の私からの直接の回答ですが、ご質問者が私へのお礼の中で >また、自身の「発見された」という感覚は「暴かれた」感じではなく、言い換えれば「探り出された」だと思うのです。 と書いていらっしゃるので「探り出された」とするのが適切であり、これが正解だと思います。 他人と会話をすると言葉を訂正されたり、意見されてしまうことがあり、辛いときもあると思いますが、「今のあなたの気持ちを表す言葉は、あなただけにしか解らない尊いもの」として、「探り出された」という表現そのままで主治医に伝えてはどうでしょうか。 傷つくことは辛いことですが、本当に伝えたい大切なことならば、自分の言葉に誇りを持って良いと思います。 あなたの気持ちは他の人には想像は出来ても代弁できません。 この事実を受け止めていただきたくて再回答となりました。 ************************************************************************ 直接の回答は上記までですが、こちらも併せてお読み下さい。 >「~れる」「~られる」の助動詞が使われた表現で担当医師に自分の中だけで起きた出来事を言った場合、担当医師は全て統合失調症の症状だと答えると思うのです。 これでは満足しないと思い、どうしても「~れる」「~られる」の助動詞が使われてない表現に書き換えてもらいたいんです。 このことですが、「~れる」「~られる」が全て統合失調症の症状に繋がるということではありませんので、「~れる」「~られる」は必要に応じて使った方が良いです。 「~れる」「~られる」を使わずに、話者の思いや出来事を相手に正確に伝えようと思っても無理がある(まるで観察記録のような、心が抜け落ちた無味乾燥で血の通わぬ文章になってしまう)し、限界があることをご理解していただきたく存じます。 例えば、マラソンランナーが「観衆の声援に力を得て、見えざる力に突き動かされるようにゴールを目指した」と言ったとしても、統合失調症だと疑う人は まずいないでしょう。 見えざる力とは、観衆がマラソンランナーに与えた感動であったり、勇気であったり、ランナー自らが持っていた底力だったと解釈する人が多いのではないでしょうか。 「多くの人に支えられて今の私がいます」という表現に関しても同様です。 要するに妄想を疑うような要素がなければ、統合失調症を結びつけられてしまうことはないということです。 ご質問者自身も、自らの手で書いた文章が妄想を疑われる内容になっていると感じ、悩んでいらっしゃるものと思いますが、変にいじった文章(つまり、「~れる」「~られる」を使わずに無理に変換した文章)の方が、手を入れる前よりも意味の解りにくいおかしな文章になってしまうことがあるので、回答者の方々も回答することにためらいを感じてしまうのではないでしょうか。 また、担当医師は あくまでも症状を診ているはずです。 患者さんの心理状態を診る上で言葉の表現は重要な要素ですが、医師は患者さんの心の中でどんな出来事が起きていたのか、それを素直に自分の言葉で伝えて欲しい、そう考えているものと思います。ご質問者も医師に診て貰っている以上、気持ちを正直にありのままの自分の言葉で伝えることは、とても大切なことですよ。 このことは多くの回答者の方々も感じていることと思います。 統合失調症の症状に、自分の意思とは違った介入が外部から強制的に働き、本来なら何の支障もないことが思い通りに出来ないので、「何かをされたような感じ」がするというのがあり、ご質問者も症状を「~れる」「~られる」で説明したら、主治医からは「統合失調症」と診断されてしまったので、落胆してしまったのではないでしょうか。 しかし、ご質問者自身が思ったことをそのまま伝えることが、治療の邪魔になるとは決して思えません。 他のご質問も拝見しましたが、動作が突然止まってしまったり、意に反した動作をしてしまうのは、何も統合失調症に限った症状ではなく、てんかんなど脳波に異常がみられるときも起きてしまうことです。てんかんの患者さんでも、統合失調症の患者さんと同じように自分の意思と反した動作をとってしまうことがあるので、診て貰うまでは訳が分からず上手く説明が出来ないので、まるで外部から「何かをされたような感じ」がして、「~れる」「~られる」で説明してしまう方も、中にはいらっしゃると思います。 それでも、誰も彼もが統合失調症と診断されないのは、脳波を調べたり、他の症状やものの考え方など総合的に診るからなのではないでしょうか。 統合失調症の症状には、迫害妄想や被害妄想があります。 ご質問者が医師に症状を説明したときに、それらの感情が読み取れたので、統合失調症と診断されてしまったのでは?と思います。 *** 何となくですが数々のご質問は、ご質問者が統合失調症の診断を覆す説明を自らの手で主治医にしたくてしていらしゃる様に思えたのですが、診断に納得がいかないのなら、セカンドオピニオンを受けてはどうかと思いました。というのも、統合失調症でない方が統合失調症の投薬を受けることで、統合失調症の症状が現れてしまうことがあるからです。 もし、投薬が効かずに治療前よりも症状が重くなっているのならば、セカンドオピニオンは有効だし軽視できないものと思います。 ご質問者は、高機能自閉症だと自らプロフィールで明かしていらっしゃいますが、高機能自閉症があると、表現が独特であったり、他人からは妄想めいた考えに受け取られてしまうことが多いので、医師からも統合失調症を疑われてしまうのは充分に有り得ることだと思います。 また、高機能自閉症があると てんかんを併せ持つ方もいて、統合失調症とは関係なく動作が上手く行かないときもありますので、動作のことまで統合失調症の症状だと診断されてしまうことに納得がいかないのなら、一度脳波の検査を受けてみては如何でしょうか。 もしも、脳波に異常が見つかったとしても、即ち精神に異常があるということでは決してありませんし、生活が何もかも規制されてしまうということではありませんから、きちんと検査を受けることで、自分では説明の付かない出来事の原因が分かったり、適切な治療法で症状が抑えられるのなら、それに越したことはないと思います これは参考意見であり、もちろん診断ではありませんが、充分な検査のないまま医師から診断が降りているのが現状であるとしたら、問題があると思いましたので、僭越ながら意見をしました。この件に関して疑問があれば、主治医に直に相談するか、セカンドオピニオンを受けることをお勧めします(脳波の検査に関しては既に済んでいることで、問題がなければ、脳波の件に関しては読み飛ばしてください)。 医師やカウンセラーの中には、文章の体裁を整えずとも面倒くさがったりせずに、ご質問者の言葉をきちんと理解しようと向き合ってくださる方は必ずいらっしゃると思いますので、今の担当医やカウンセラーに、あなたのそのままの言葉で気持ちが上手く伝わらなくて困っているのなら なおのこと、セカンドオピニオンを勧めたいと思います。
お礼
再度ご回答ありがとうございます。 2月20日の水曜日に精神科に診察に行ってきました。 そこで担当医師に「自身の記憶が引き出された、探り出されたという言葉を使って訴えた例はご存知か」質問したところ、引き出された、探り出された、そのまま伝えた実例をご存知とのことでした。
- TANUHACHI
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こんにちは。講義の間での回答です。 先日も宿題をいただきましたが、正直なところ「この人は一体何を意図してこの様な質問を繰り返しているのだろうか、それも無意味で建設的でもない内容を」と考え、回答をためらっていました。幸いにも別の回答者の方が適切な表現記述をなさっていますので、僕からの回答はそれに沿った形であることをご了承いただきたいと存じます。 >ご質問者がそう感じているのなら、その感情を言い換える言葉はどこにもないし、そのままの表現(~された感じ)で伝えるよりないのです。「あなたに起きた出来事をあなた自身がどう感じているのか」それは、あなたにしか解らないことです。 これが結論の全てです。質問者様が「発見というニュアンスで言い換えて欲しい」とは言っても、それが「あなたが発見したのか」それとも「別の誰かがあなたのしている行為を発見したのか」では、それを描写する文章も本質的に異なります。「れる・られる」を使ったならば、それは「あなたのしている行為を他の誰かに見つけられた」ことですから、受動表現以外には成り立たないことになります。つまり「あなた側からみての状況」だからです。ですから、そうしたことを理解せずに幾度も同じ質問を繰り返していることに対して、他の回答者の方々からは「くどい」とのコメントがなされる結果を自らもたらしていることになります。 こうした状態は多分に質問者様のメンタル・ヘルスの状況が言葉と概念が一致しないことで「対話」が成立していないとの自閉症ならびに発達障害が改善されていない可能性も考えられます。 >要は他人の言葉を使って担当医師やカウンセラーなどに病状などを言いたいということです この問題は、その前にある部分とは全く関係のない話です。あなたの病状を主治医やカウンセラーに的確に伝えるならば、それはあなたの言葉で伝える以外にはありません。上手く伝えようと体裁を繕うことで相手は誤解してしまう可能性も多分にあります。「ありのまま」を「自分の言葉で」伝えることが困難であることが、この病気を診断する上での一つの指標でもある。こうした話を主治医から聴いたことはありませんか?。 最後に一言。回答者の方々からの適切な回答に対して、「妥当である」とは上から目線の姿勢とも受け取られかねませんので、そうした言葉遣いは慎まれた方がよろしいかと存じます。
お礼
再度有り難うございます! 実は同じような質問を繰り返すのは担当医師に質問してませんが、おそらく高機能自閉症の症状だと思うのです。 TANUHACHIさんが言う通りだと思うのです。 >質問者様が「発見というニュアンスで言い換えて欲しい」とは言っても、それが「あなたが発見したのか」それとも「別の誰かがあなたのしている行為を発見したのか」 : これに関しては勝手に起こった、意に反して起きたということなので、自分が発見した訳ではありません。 行為を発見したのでなく、言葉・文字・顔などを発見したと言うことだと思うのです。 No.6さんがおっしゃるように「探り出された」という表現で明日(2月20日)診察に行くので、その時に担当医師に質問しようと思ってます。 「昨年、暴かれた症状を先生からご存知だと聞きました。 では、記憶されたものが自分以外の何かわからないものに探り出された感じがした実例、報告例をご存知ですか? 教えて下さい!」 ―――と質問するつもりです。
補足
補足です。 >「ありのまま」を「自分の言葉で」伝えることが困難であることが、この病気を診断する上での一つの指標でもある。こうした話を主治医から聴いたことはありませんか?。 : そういった話は担当医師から聞いたことはないと思います。 1つ疑問に思ったことがあります。 TANUHACHIさんが以下の内容について理解できたか、知りたいです。 >「~れる」「~られる」が使われている言い回しまたは「~れる」「~られる」が使われてない言い回し”とは要するに助動詞「~れる」「~られる」が文中に使われている言い回しまたは助動詞「~れる」「~られる」が文中に使われてない言い回しのことです。 ↑に対する回答を再度してくださると助かります!
- TANUHACHI
- ベストアンサー率31% (791/2549)
簡単にいえば「呼び起こされた」「惹起された」ですね。けれどもこの言葉は必ずしも「強制された」とのニュアンスが含まれているとは言い難いともいえます。 それは質問者が「強制」と呼ぶ言葉の「内容」が示されていないことに起因します。「使役」に対して、肉体的あるいは精神的な暴力行為が伴うならば、それも強制と呼び得ますが、もう一つ「法的拘束力」も強制と呼ぶこともあります。 いずれにせよ、回答者である私たちはあなたの頭の中身を覗くことも知ることもできませんし、またそうしたことを好んで求めようとも思いません。そうする必要性などないからです。 【追記】 >(1)「~れる」「~られる」が使われている言い回し、(2)「~れる」「~られる」が使われてない言い回しを意味が同じままで書いて下さいということです この「受動」形式の文を「どの様に書き換えること」が可能でしょうか。文意を変えないならば、それは受動形式のままであるはずですが。何を書き換えるのでしょう。文型ですか、それとも語彙ですか。文型を「仮に書き換えが可能」だとするならば、文意は変わらないことになります。質問の意味がありません。
お礼
ご回答有り難うございます! >「呼び起こされた」「惹起された」ですね。けれどもこの言葉は必ずしも「強制された」とのニュアンスが含まれているとは言い難いともいえます。 : そうですか。では「強制された」というニュアンスが含まれている言い回しは何があるかどうかが知りたいです。 知ってたら教えて下さい! できれば複数知りたいです。 【追記】に関して。 “「~れる」「~られる」が使われている言い回しまたは「~れる」「~られる」が使われてない言い回し”とは要するに助動詞「~れる」「~られる」が文中に使われている言い回しまたは助動詞「~れる」「~られる」が文中に使われてない言い回しのことです。 例えば『制止が解除された』→『制止が解けた』、『頭の中の言葉が発せられた感じがした』→『頭の中の言葉が勝手に浮かんだ』、『牛乳を飲むのを止められた』→『牛乳を飲むのが勝手に止まった』という感じで書き換えてもらいたいということです。 同じ意味のままで書き換えたいのです。 でもこれは受身や使役の表現を能動態の表現に書き換えたことが自分では言えないと思うのです。
補足
TANUHACHIさん、お礼で質問があるので、再度回答頂けると助かります!
ある言葉を他の言葉で言い換えたい時は「シソーラス(類語辞典)」を使うと良いですよ ネットに無料のシソーラスがありますよ
お礼
類語辞典で「引き出された」を調べたところ、「顕在化」という言葉が出てきました。 さらに「顕在化」を調べると「表面化」という言葉が出てきました。 自分の「発見された」と認識した症状は勝手に言葉が浮かんだということで合っています。 自分なりに“身の回りに起こった状況及び幻聴・耳鳴りがきっかけになって、自身の過去の記憶の中から無作為に断片的な記憶が浮かんだ。要するに頭の中で言葉が勝手に表に出た。(=表出した)”という文でOKかと思いました。 類語辞典で調べても出てこない単語があるためにどうしても「~れる」「~られる」が付かない文が知りたいのです。
「塀の中の懲りない面々」は昔の有名な小説だけど、貴方のは、“OKWaveの中の懲りない質問群”となっています。 率直に言います。いい加減にしなさい! 貴方の くどい発言には、うんざり、辟易しています。
お礼
ご回答有り難うございます! okwaveで同じような質問をしないようにと他の方からも回答を受けました。 でも書き換え文がどうしても知りたいのです。 書き換え文を知ることで気持ちが落ち着くし、すっきりします。 類語辞典で調べても受動である語が出てくることが多かったです。 「引き出される」は「顕在化」、さらに顕在化を調べると「表面化」とわかりましたが、「止められる」だと「封じられる」「制止される」など受動の語が出てきました。 「操られる」を調べても「(~に)動かされる」「支配される」など受動表現ですよね? 僕は自分の知らない知識を得ることでスッキリします! 本を図書館で借りるのは身の回りの人から「一緒に借りに行きたくない!」と言いました。 自分で借りれるなら、借りに行っても良いとのことでした。
お礼
ご回答ありがとうございます! 文章の構成を変えたほうが良かったと思うのですね。 自分もそれは妥当に思いました。 >「僕自身の過去の記憶が引き出された感じ」であり、それは強制的な感覚を伴った出来事でもある : このことに関して僕は文中に「~れる」「~られる」の助動詞が使われてない表現に書き換えてもらいたいことを思いました。 要は「発見」というニュアンスを使った表現に書き換えてもらいたいのです。 「~れる」「~られる」の助動詞が使われた表現で担当医師に自分の中だけで起きた出来事を言った場合、担当医師は全て統合失調症の症状だと答えると思うのです。 これでは満足しないと思い、どうしても「~れる」「~られる」の助動詞が使われてない表現に書き換えてもらいたいんです。 また、自身の「発見された」という感覚は「暴かれた」感じではなく、言い換えれば「探り出された」だと思うのです。 余談ですが、担当医師さんは患者さんから「暴かれた」症状を知っているとおっしゃってました。 でも僕には公にされたとは思えません。 「自身の過去の記憶が無意識に湧き出た」と言ったほうが良いかと思いました。