• 締切済み

どう思いますか?

今この世の中には様々なテクノロジーがすごい勢いで増え続けています。 テクノロジーの進歩や発見のお陰で私たちは快適な生活を送ることができており、その反面で常に危険と隣合わせの中で生活していると私は考えます。 私が皆さんにお聞きしたいことは、現在テクノロジーが進歩しすぎていることについてどうのようにお考えになるかということです。 この場合のテクノロジーとはテクノロジーに関すること全てのこと、つまり急速な携帯の市場競争やクローン技術の発達あらゆる事を指します。 そしてそのことがよいこと思うのか、それともよくないことと思うのか皆さまのご意見をお聞かせください。

みんなの回答

  • dahho
  • ベストアンサー率44% (68/153)
回答No.9

私は「進歩しすぎている」とは、もてあましているという意味だと思います。新しいテクノロジーができた場合、それを十分扱えるような社会システムが必要と思います。 自然科学が進歩しすぎているというのは、政治や経済などの人文科学や宗教・道徳などに比べて進歩しすぎているのだと思います。つまり、人間の活動のバランスが大切なのではないでしょうか? 解決策としては、2通りの方法が可能で、ひとつは自然科学の進歩と同じように人文科学・宗教も進歩させること。もうひとつは、少数民族やアーミッシュのような保護区や鎖国政策をおこなって、古い技術と古い伝統を守り続ける方法です。 少数民族やアーミッシュなどは民族的・宗教的な集まりなので現代人が溶け込むのは難しいと思いますが、都会での生活に疲れた人が集まって生活するような国や地域があっても良いと思います。 ただ、メインの文明として科学を進歩させ続けることは重要だと思います。 URLはウィキペディアのアーミッシュ

参考URL:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5
  • easylife
  • ベストアンサー率48% (64/132)
回答No.8

テクノロジー(技術)と一口に言っても、いろんなものがありますね。 昔の人が、休耕地を設けて収穫量を増やそうとしたこととか、天然痘のワクチンを作ったこととか、そういう技術が悪いこととは私は別に思いません。 しかし見方によれば、そういう技術が人間の数を増やし、人間が地球を破壊し続けるならば、地球上の他の生物にとってこれほど迷惑な存在はないかもしれないし。 それからそういう生き死にとはあまり関係なさそうな技術もありますよね。 ITの普及で、遠く離れた人とコミュニケーションできるようになった反面、それを利用したテロを恐れなければならなかったり。 要するに、哲学の問題というか、良いか悪いかはその人次第なんじゃないでしょうかねえ。 どんなものにも良い面・悪い面があるでしょうが、魔法は使えないので、人間はこれからも技術で問題を解決していこうとするんじゃないでしょうか。 人間は進歩し続けることを望む生き物のような気がしますから。 いろんな危険に対して安心しすぎるのは禁物ですが、それほど恐れすぎることもないのでは? NHKを始め、テレビその他のメディアは、やたら危険を強調して人々の不安を煽っているようですが。 百年後、千年後、一万年後にも人類が生存しているといいですが。 誰にも分からないですね。

  • tocoche
  • ベストアンサー率36% (65/180)
回答No.7

普通の人がテクノロジーと接するのは商品化されたあとでしょうから、「いきなりこんなものがあらわれた!」という印象をもつ人は多いでしょう。 以前テレビでココリコの田中さんが「10年前に、携帯電話にカメラが付くなんて考えた人がいましたか?!」と熱弁していましたが、「宇宙大作戦」の頃から必然的にそうなると思っていた人はたくさんいます。 最先端の科学技術を紹介する雑誌でも、掲載されるのは確実に裏のとれる情報だけ(たまには「大胆予想!」というのもあるけど)で、研究者も成果しか発表しませんから、最先端の研究からは10年から20年遅れているのはよくあることです。 また、研究者が「これはいける!これで世界が変わる!」と思っていても、企業がついてこなければ普通の人がテクノロジーに触れることはまずありません。 何年も前から知っていた人(少数派でしょうけど)にとっては、テクノロジーの進歩は遅いと感じるでしょう。  で、企業が何を見ているかというと、消費者を見ているのです。 テクノロジーと生活の関係を問題視し、関心をもってくれるのは良いことです。(先読み,深読み大歓迎です) オイルショックのときに、自動車のエンジンを開発していた技術者が「低燃費,低排気ガス,低騒音のエンジンを苦労して開発しても、売れるのは煙を撒き散らしバカでかい音のするものばかり。技術の見せようがない。」となげいていました。 実際には他社のCVCCだけは売れたので、これは消費者に対するイメージ戦略が重要であることを示しています。(逆にマツダのように「あくまで走りを追及する」と言ってしまうと、消費者から「燃費は考えないのか!」と反発をうけてしまいます) また、家庭用のソーラーシステムを開発していた人は「原子力発電に反対する人は多く、自然エネルギーに賛同する人も多いから普及するはずと思っていたが、本当に関心をもってくれた人は少ない。」と話していました。 今後も、テクノロジーがどのように生活に関わっていくかは、消費者の関心が鍵をにぎることになるでしょう。

  • michina
  • ベストアンサー率37% (68/179)
回答No.6

テクノロジーそのものが進歩するのと同時に、それを使う人間の道徳観や能力も進歩する必要があると思います。 車も使えば便利ですが、運転の仕方が悪かったり、運転技術が低ければ、事故を起こして人を殺してしまうこともあるわけです。 単に科学技術だけが進歩するのは危険だと思います。しかし、それを利用する人間の側もそれに応じて進歩していくのであれば、科学技術もどんどん進歩していった方が良いと思います。

  • gator
  • ベストアンサー率33% (159/480)
回答No.5

進歩自体は良いことです。速いか遅いかは別にして、進歩するに越したことは ありません。しかし、確かに良いことばかりではありません。私は3つポイントを 挙げます。 (1)環境問題 環境にやさしい技術を研究している所もありますが、技術の殆どは環境にやさしく ありません。最低でもエネルギを消費し、CO2か放射性廃棄物のどちらかを負の遺産 として地球に残し続けます。 環境にやさしい画期的な技術革新が起るか、開発を犠牲にするかどちらかしないと、 地球は住めなくなります。前者の研究はごく一部でしょうし、殆どは環境を犠牲に しながら開発を行っているのが現状です。 (2)ヒューマンエラー どんどん技術が進歩し、高度なことを自動で行えるようになっています。しかし、 それを作るのはあくまで人間です。そこにエラーが発生する確率はゼロではありませ ん。この確率がゼロにならないまま、システムは肥大化し、万が一の事故が発生した 場合のリスクはどんどん大きくなっています。フェイル・セーフといって、システムが うまく働かなかった場合を想定し、何重にも安全システムを作っても、エラーは起って しまいます。 (3)心の問題 なんでもかんでも自動になり、ネットで結ばれ、便利になっています。しかし、人間 の精神にとって、プラスになっているかというと、そうでない場合も多いような気が しています。今後、そういった心のケアはますます重要になっていくと思います。(2) とも関係しますが、機械の処理能力は技術の進歩と共にどんどん上がって行きますが、 人間の処理能力は限界があります。 以上

noname#11476
noname#11476
回答No.4

>反面で常に危険と隣合わせの中で生活していると私は考えます これについては全く同感です。 ただテクノロジーが進化しすぎているというよりも、中途半端に世に送り出しているという印象を持っています。 つまり逆にもっと進化して、その危険性までもが明らかとなり、その危険性を完全に排除して使う分には全く問題ないわけですから。 シックハウス・スクール・ビル、ダイオキシン、地球温暖化、ディーゼル排ガス、電磁波の悪影響(最近WHOでも高電圧線からの低周波電磁波が小児がん発生を引き起こすと認定しています)、化学物質過敏症、アレルギー、環境ホルモン、etc..どれも危険性はテクノロジー進化が利便性重視で中途半端だったから起きた出来事です。

回答No.3

テクノロジーが進化しすぎている、というのは質問者さんの主観に過ぎませんよね。 私は、もっともっと進化して欲しいと思います。少なくとも、病気で亡くなる方がいなくなってほしい。障害のある方も不自由なく生活できるようになってほしい。これが実現するまでは、どんどん進化してほしいです。 進化したテクノロジーを上手に使うのも、人間の知性でしょう? 今の日本に暮らしているのなら、幸い選択の自由はありますよね。テクノロジーに囲まれた生活が嫌なら、自分でそういう環境が作れると思います。 「無人島で自給自足しろ」っていう意味じゃないですよ。(^^);

  • unos1201
  • ベストアンサー率51% (1110/2159)
回答No.2

医学の発達から話を書くと、明治時代までは、肺炎や下痢、嘔吐で多数の人が命を落とし、伝染病の天国でした。 衛生状態が欧米や日本はよくなって、安心して食事したり、赤痢、コレラ、結核、その他の怖い伝染病や、シラミ、ノミ、南京虫、ダニなどからある程度縁が無い生活をできるようになり、私には貧しい東南アジアの一部の地域や、アフリカの奥地、南アメリカの比較的貧しい地域での生活は耐えることができません。 また、成人病の早期発見がある程度できたり、病気の治療が保険でできるようなシステムが無い場合、病気にかかっても医療を受けられないような地域では生活が怖いです。 ためしに、昔の状態に近い場所が現在もありますので、そこで数日生活してみると考え方が変わると思います。 スローライフもいいでしょうが、私は現在の生活を衛生状態の悪い場所で過ごす勇気がありません。 家電製品も便利で安くなりましたが、40年前は洗濯機も冷蔵庫も掃除機もある家がほとんど無かったのです。 すべて悪いかというと、安く、簡単に文明の成果を享受できる有り難味を感じない環境が問題かも知れません。 キャンプや電気も水道も無い場所での体験を子供も大人もできるようにすると、もう少し現代的生活を楽しめるように考えが変わるのではないでしょうか。 テクノロジーの進歩は開発する立場のモラルと使う側のモラル次第ですので、ダイナマイトも建設に利用すると善で、戦争では悪というように使用法を誤らないように教育し、危険なことは制限できるように工夫するとよりよい社会が形成されるようになると思います。

回答No.1

>現在テクノロジーが進歩しすぎていること  何と比べて進歩し過ぎている、と言えるのでしょうか?  文明というものが一度できてしまうと、大体こんな  かんじ(速度)で発達するものではないのでしょうか。  もしかしたら逆に遅いくらいかもしれないし、あなた  がおっしゃるとおりすごく速いのかもしれないし、  誰にもわかりませんよね~。  しかし産業革命辺りから地球環境をどんどん加速度的に  悪化させている現状からすると、科学がゆっくり進んで  さらなる環境の悪化を許すより、加速度的な科学の発達  を促し地球環境を急激に改善させるぐらいの科学力をも  ったほうが地球に良いようなかんじがします。  ちょっと楽観的過ぎますかね~。

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