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馬(愛馬)と絆が強かった英雄などっていますか?
私は神話や英雄伝とかが好きなんですが、 私が知っている範囲ではなかなか馬(愛馬)と絆が強い英雄などの話が見つからなかったので、 誰かサイトなど、もしくはそのよう話を知っている方がいましたら教えてください。 ネットで検索などもしてみましたが、ほとんどが名馬とかの話ばかりでした。
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馬に人間の絆って極めて身勝手な話のように思えてならない 冷静に考えてみれば、馬の気持ちなどは分かるはずもないし、馬にとって労役を強制する人間に対する信頼の心などがあるとは思えないのだが・・・・・・ 創作小説の部類で人間側の身勝手な伝承を振りかざすのは、人間側のエゴとしか思えないのだが、そういう人間の醜さなどを思慮しないだろうか? 表現の自由と言えばその通りだが、主観的なものでしかも、根拠ない動物の感情を読み取っていると思える人間の感覚が理解できないし、独善的に気持ちが悪い。 本当に動物を愛護するなら、人間は感謝するだけが精一杯であって、お互いに意思疎通が出来ているような幻想を抱くのは非科学的だし、迷惑な話だろう。公共性に反するものではないが、アニマルライツ(動物の権利)から思慮しても、危険であろう 「絆」という美辞麗句が自己満足・一方通行で成立する、と思うのは勝手だが、 字義・原義・語源を踏まえない評論云々で、「馬からすれば迷惑な話」ではないだろうか? 史実無視の歴史小説を鵜呑みにする人間に史実を語られるとイラっとするのだが、そういう問題点を思慮しない人間が多いのは・・・・まぁ言うまい・・勘違いしているのは、それを指摘して恥をかかせればいいだけだろうし 正直、吐き気がする。
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- rabirabi88
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力は山を抜き、気は世を蓋(おお)う。 時 利あらず、騅(すい)逝(ゆ)かず。 騅(すい)逝かざるを、奈何(いか)にすべき。 虞(ぐ)や 虞や 若(なんじ)を奈何(いか)にせん。 故事の四面楚歌の一場面です。 漢楚の戦いの終盤ついに垓下に、劉邦率いる漢軍に包囲され、その包囲軍から自らの故郷、楚の歌が聞こえ、日ごろ詩を詠まない項羽が愛する虞美人と愛馬騅をそばに置き詠いました。 約は、「自分の力は山を抜き去るほどで、その覇気は世の中を覆い尽くすほどだ。しかし、時勢が私に味方をせず、いまは、愛馬の騅(すい)も進もうとはしなくなってしまった。騅(すい)が進もうとしないのをどうしたらよいのだろう。ああ、そして、愛する虞(ぐ)よ、虞よ、おまえをどうしたらよいというのだろう。」 数回歌い、虞姫もこの詩に応じた。 返歌 虞美人 漢兵己略地 四方楚歌声 大王意気尽 賤妾何聊生 項王は幾筋かの涙を流し、側近たちも皆泣き、仰ぎ見ることのできるものはいなかった。 二人はこの世最後の杯を交わし、虞美人は剣舞を舞い、剣で自分の首を突いたと言われる。 虞美人の流した血が、地にしみこみ、そこに可憐な花が咲きました。 それ以後その花のことを、虞美人草(ひなげし)というようになったとか・・・ この後、項羽は愛馬騅と残存の800騎を率い、数十万の漢軍の包囲を突破するも、5000騎の追撃を受け次第に数を減らし、ついに項羽に従う者わずか二十八騎となった。 追っ手に追いつかれた項羽は、配下の者に「ここでわしが滅びるのは天がわしを滅ぼそうとするからで、私が弱いからではない。これから漢軍の中に入ってこれを破り、それを知らしめよう」と言い、二十八騎を七騎ずつに分けて、それぞれ漢軍の中に斬り込んでいった。項羽は漢の都尉を討ち取り、兵八、九十人を殺した。配下が再び集結すると脱落したのはわずか二人だけであった。 この後、長江の渡し場で、迎えに来ていた亭長に騅を預け、項羽は部下とともに、漢軍へ切り込み吸う百人を殺した後、漢軍に旧知の呂馬童がいるのを見て、「漢はわしの首に千金と一万邑の領地をかけていると聞く。旧知のお前に施してやろう」と言い、自ら首をはねて死んだ。 項羽の遺体には恩賞が掛けられていたため、周囲にいた漢の兵士たちは項羽の遺体を巡って味方同士で殺し合いをするほどであった。取り合いの末、項羽の遺体は大きく5つに引きちぎられ、分割された遺体を持った5名に劉邦は領土を与えた。 項羽と騅と虞のお話でした。 ちなみに、騅とは葦毛の事で、白犬の事をシロと言うような物だそうです。 なんとも安直なネーミングですw
お礼
こんな話があったんですね!? いい参考になりましたw ありがとうございます。
- paddrink
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6番の回答者です。 確認不十分で、1番の方と回答がだぶりまして失礼しました。 アメリカインディアンの民話『The Mud Pony』 http://www.ehon-narabe.com/archives/indiv/253.php あるインディアン・キャンプの貧しい少年は、自分の馬が欲しいと強く思うのでした。少年は土くれでにせものの馬を作り、それを本物のように愛していました。あるとき少年がいない間に仲間のキャンプは移動し、孤独と空腹をおぼえながら悲嘆にくれていました。しかし、信じられないことに土くれの馬は本物の白馬に姿を変え、母なる大地のガイドに従えば彼は将来種族長になることを約束します 他の本では、ポーニー族の貧乏なおばあさんと孫が、年老いた栗毛の馬に出会い、痩せて眼の不自由な馬は集団の笑い者にされます。 孫が馬を大切にしていると、馬が人間の言葉で語りかけるようになり、馬の忠告に従い少年は狩りで成功し、酋長の娘と結婚します。 このとき年老いた馬に泥を塗ることで、馬は強健な肉体に変身します。 スー族が奇襲することを馬から教えられ、攻撃しますが、馬の忠告を顧みず、調子に乗って何度も攻撃したため馬はスー族の矢で撃ち殺されてしまいます。馬の特殊な能力を察知したスー族は馬を切り刻んでばらまきます。 悲しみに暮れる少年は、馬の骨を探し、かき集め、積め上げ、牛の皮のマントで覆います。 雨が降って来ても気にせず、馬のことを思い、涙に泣き濡れます。 雨は次第に強くなり、雷鳴が轟きます。 雨も強くなり、手の先が見えなくなるほどです。 3度目の雷鳴が轟いたとき、馬が立ち上がるのを見ます。
お礼
やっぱり動物関係は民話ですね!いい話です。 それに、クサントスやウラヌスもよっかたです! 私的にもう少しクサントスのことが知りたくなりました。 そこはまた検索してみようと思います。 三つもいいお話をありがとうございました。
- paddrink
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クサントス ギリシャ神話でアキレウスの戦車を引く馬、 人間の言葉が理解できた。 主人の死を知って、涙を流して悲しみ、他の主人に仕えるとこを拒み自害した。 ウラヌス 1932年のロサンゼルスオリンピック馬術大障害飛越競技の金メダリストである西竹一日本陸軍大佐の愛馬。 余生を過していたウラヌスに会いに行ったおり、ウラヌスは西の足音を聞いて狂喜して、馬が最大の愛情を示す態度である、首を摺り寄せ、愛咬をしてきたという。硫黄島で西大佐が戦死すると、後を追うように病死した。 西も硫黄島でウラヌスのタテガミを死ぬまで離さなかった。 http://www.geocities.co.jp/Outdoors/6952/H_story_B001.html http://hokudai-horse.xsrv.jp/monogatari/04.html
お礼
すいませんが、paddrinkさんもベストアンサーにできればよっかったんですが bismarks05さんのような考え方も大切だと思いベストアンサーにしました。 今回はベスオアンサーにはできませんでしたが、また次があればよろしくお願いします。 それでは、ありがとうございました。
先述の方にもありますが、三國志の関羽と赤兎馬。 競馬のシービスケットと騎手。 あと、 前田慶次と松風。 前田慶次と松風は、 マンガ『花の慶次~雲のかなたに~』 小説『一夢庵風流記』に登場するのですが、 松風には鞍を着けるだけで、 鐙(あぶみ)や手綱を着けなかったそうです。
- pixis
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歴史上といえば歴史上ですが教科書に載るようなものではなく 競馬馬とジョッキーの話です。 競馬界においては歴史上のものであり伝説となっている実話です。 ジョッキーはこの馬を信じ、そして馬も恩を感じていたとしかいいようのない 人と馬の絆の深さに感動できます。 下記you tubeをご覧ください。 http://www.youtube.com/watch?v=Q0NzdADbLQQ&feature=related
- 1582
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三国志演義(作り話)だと関羽の愛馬赤兎馬は 関羽が死ぬとえさを食べず飢え死にしたとか 劉備の乗っていた的盧は急に暴れて乗れなくなり 代わりに乗った龐統が劉備に間違われて射殺された 的盧が守ったとも取れる
- AVENGER
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硫黄島で戦死したバロン西こと西竹一。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E7%AB%B9%E4%B8%80
お礼
最もな回答をありがとう御座います。 確かに、人間と動物じゃあ会話も出来ないし、気持ちも理解出来ませんよね。 私の場合は他の人の本当の気持ちですら理解できません。それもまたある意味別の生き物だからなのかも知れませんね。 私も動物の感情を読み取っていると思う人は理解出来ませんね。 よく動物の表情を見て判断すると言いますが、私には元気があるか無いかしか分かりませんし 私は今、海外で暮らしています。この国で面白い鳥に出会いました。 その鳥は何故かいつも飼い主ではなく、その近所の男の人のそばにいました。 その鳥はどうしてか、近所の男の人が出かけるといつも後をつけていました。 さらにその鳥は、近所の男の人に誰かが近づくと飼い主でもすぐ噛み付きました。 一番不思議なのはその近所の男の人は餌も何もあげないと言うことです。 そのせいかいまだになぜその鳥がその近所の男の人のそばにいるのかは分からないままです。 それで私は思いました、これもある意味動物との絆ではないでしょうか? 確かに、お互いに感情を理解出来ていません。それでもいつも一緒にいる。 私はこれを絆と呼んでもいいと思っています。 他にも動物同士なら、全く関係の無い種類が親子関係を築いたりすることを意外とよく見ます これって人間とは関係の無いことだと思いますが、これもまた会話など何も通じてないだろう動物同士の絆だと思います 確かに、強制労働をさせられている動物とはそんな信頼など生まれないでしょうね けど、もし強制労働だけをやっているのならば、今頃は世界中の動物がストレスなどで死んでるでしょう 人間だって奴隷として扱われればストレスなどで死んでしまいます。ひどいところで一人の奴隷が1ヶ月も持たなかったとか それに基本的に奴隷はまるでしゃべれなかったとか。それでも奴隷にしっかりと休みや食事、自由な時間を少しでも与えていたところは奴隷から信頼があったらしいです 今私が住んでいる国はそうやって出来あっがった国なんですけどね 少々、話がそれましたが私はそう言うことなんだと思います。結局のところは人は感謝することが一番なんですね ついでに私も史実無視の歴史小説を鵜呑みにする人に史実を語られるとイラっとしますね。私の場合はそういった人の考えや求めているものを理解するために色々と読んでますけどね。 最後、に貴重なご意見ありがとう御座いました。