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魔法の存在を社会に溶け込ませる理由とは?
- 世界中の人々は、童話やゲームなどの魔法を身近に感じる存在として受け入れています。なぜなら、魔法は非現実的でありながらも私たちの心に希望や夢を与えてくれるからです。また、魔法は人間の欲望を制限し、物語の展開をより興味深くする重要な要素でもあります。
- 童話やゲームには、魔法に関する独自のルールや限界が設定されています。これは物語の信憑性を高めるためであり、魔法の力が無限になることによって物語が狂気に至る可能性を制限する役割を果たしています。また、魔法には価値や制約を持たせることで、物語の展開やキャラクターの成長を促す手段としても利用されています。
- 魔法の存在は、人間の心の中にある幻想や未知への憧れを反映しています。童話やゲームを通じて、私たちは現実世界では叶えられない願いや冒険を体験することができます。魔法は私たちに希望や勇気を与え、想像力を刺激する存在です。
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個人的で申し訳ありませんが、あなただって『言葉』や『文字』と言う【魔法】を使ってませんか?? あなたの『意思』や『気持ち』を相手に伝えるのに、必要不可欠な【言葉】と言う魔法です。 私たち人類だけが使える魔法、それが【言葉】だと思いますが、あなたはそれに対して 『それっておかしいんじゃねぇか?』 なんて疑問符を投げても、誰も反応しないのと同じだと思います。 >なぜ人は魔法という存在を社会に溶け込ませているのでしょうか? 童話やゲームなどで、さも当たり前の様に扱われ、 それを否定し拒む人をほとんど見かけないのは何故でしょうか。 どこかのゲームでしょっちゅう使われていそうな定型句ですが、 『昔からあるのだから、あって当たり前』なのですよ。 あくまで創作であり、私たち『人類』にしか通用しない【言葉】です。 >童話やゲームなどでの魔法には、それぞれ独自のルール(限界) が定義されるのはなぜでしょうか。 言い方が悪くてアレですが、あなたにはコウモリレベルの【超音波】を発生させることが出来ますか?? そういう事です。それが【限界】であり、【到着点】と考えれば納得がいきませんか?? 実際どちらともに創作でしかなく あなたが現実社会で日常茶飯事に使っている【言葉】や【文字】に惑わされている。 (↑魔法にかかっている) 上記では、下記の >時間や貨幣や他人の感情など全てを万能に操れると 欲望だけが増幅され物語が狂気に至りそうだからでしょうか? ヒトはなぜ魔法という非現実の中にも束縛(制限)を見出すのでしょうか。 の答えとして不十分ですか?? 言葉や文字が無ければ、あなたは他の人類を操れません。 言葉や文字が無ければ、そもそも【時間】なんていう【不定形】な物は生まれませんでした。 言葉や文字が無ければ、あなたには【貨幣】なんてものは必要ないはずです。 言葉や文字が無ければ、そもそも『物語』だの『魔法』だのも生まれませんでした。 むしろ言葉や文字があるからこそ、あなたは【言葉】や【文字】に束縛され続けています。 あなたの現実世界で、その周りを取り囲む【常識】に疑問なんて投げかけませんよね?? 話せて当たり前であり、意思疎通が取れて当たり前。魔法なんて不定形な物は無くて当たり前。 人間が死んで当たり前。動植物も死んで当たり前。医者がいて当たり前。水が飲めて当たり前。 【魔法が使えて当たり前】 答えになってないかも知れませんが、魔法のあり方って、そういうものなんじゃないかと思います^^
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- negaspiral
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特に「科学が発展する以前の歴史」「各国の童話」「文化による差」など知識がおありの方に適合する訳ではないのですが、面白そうな質問だったので答えさせていただきます。 ・質問1について あなたはNo.1さんへのお礼の中で幽霊と対比させていましたが・・・ 現代世界においてなお「幽霊」は「存在する」という人がいます(心霊写真、霊媒師など)。 一方。ここでいう「魔法」は基本的に「ゲームや小説の世界の中には存在するが、現実世界には存在しない」ことが前提として共有されているから、拒否感を覚える人がいないのではないでしょうか。 いいかえれば、幽霊の場合は「存在しないとよく言われるけど、存在するかもしれない」と考えられているのに対して、魔法については基本的に「存在しない」と考えられているから、だと思います。 ・質問2について 人間は基本的に「何事にも限界や制約がある」と考えると思います。よって、もしそうした限界や制約がない設定に対しては、人間は疑問を持つはずなのです。 非現実とはいえ、人間は童話やゲームの世界の中に自分をある程度投射します。そのため、その世界の中で自分にとって理解できない(納得できない)設定になっていると、それ以上世界に投射できなります。 また、限界や制約があるからこそ、それを生かした形でストーリーが発展して行くところに面白味があったりする。だから、存在するんです。 ある意味でこうした限界や制約は、人間の合理性の産物、と言えるでしょう。 ちなみに、ですが。 「あなたは、魔法に対して拒否感を抱きますか?なぜそう感じるですか?」 「あなたは独自のルールのない魔法を使った童話やゲームが面白いと思いますか?それはなぜですか?」 これらの質問の答えが、おのずと今回の質問の答えにつながるでしょう。
お礼
ご回答ありがとうございました。 お礼を書いたりベストアンサーに入れている間に ご回答を頂いていたのか、 気付かずお礼を付け忘れておりました。 最後の2つの質問、考えさせられます。 後者は物語が全て滅茶苦茶に出来てしまい 抱いた感情が覆る事が起きたり凄い事になりますね。 前者は、拒否感を抱きませんね。 人は出来ない事を出来る様になりたいと 願うものだから なのかもしれません。 凄い人には出来るけれど自分には出来ない事なんて そこら中に膨大にあり過ぎますし。 ご回答ありがとうございました。
>> なぜ人は魔法という存在を社会に溶け込ませているのでしょうか? 現実世界で云えば、『魔』は「存在しないもの」とされています。 少なくとも、世間一般的な人達はそう思って生活しています。 実際に存在しているかしていないかは普通は知る術が無いし、 知れなければ、見れなければ、関われなければ無いも同然です。 >>童話やゲームなどで、さも当たり前の様に扱われ、 >>それを否定し拒む人をほとんど見かけないのは何故でしょうか。 それは『そういう世界(ゲーム)だから』です。そこに突っ込んではいけません。 >>童話やゲームなどでの魔法には、それぞれ独自のルール(限界) >>が定義されるのはなぜでしょうか。 そう云う『設定』だったり、『その方が楽しい/売れるから』だったり、 『そんな伝説(や記述)が残されていた』り、 『そんな事を実際にする事は出来ない筈だ、という考えから』だったり、色々です。 >>時間や貨幣や他人の感情など全てを万能に操れると >>欲望だけが増幅され物語が狂気に至りそうだからでしょうか? それも理由の一つではあると思います。 実際にとある作品の中でそう云う能力が存在していても、 その能力を使用するのは『一部の悪い人』だけですし。 皆がそんな能力を使っていたら秩序も何も無いカオスですよね。 そのときは逆に、『それらの能力に耐性のある一部の人』が出てくるのでしょうが……。
お礼
色々な箇所へのご回答、ありがとうございます。 >知れなければ、見れなければ、関われなければ無いも同然です。 確かに魔法ではなく技法として、一部の危険なものは 有るのに無い扱いにされ無いも同然になっていますよね。 >>童話やゲームなどで、さも当たり前の様に扱われ、 >>それを否定し拒む人をほとんど見かけないのは何故でしょうか。 >それは『そういう世界(ゲーム)だから』です。 >そこに突っ込んではいけません。 少し説明不足でした、申し訳ないです; 例えば、幽霊などの話しは存在しないと拒絶する人がかなり居ますが、 魔法に関してはああまで否定する人をほとんど見かけない と思えるのです。これは何故なのか と言ったニュアンスでした。 >>それぞれ独自のルール(限界)について なるほど。人は刺激を求め何かを求める生き物だから 話しには枝葉が付き、時に非現実になり、 時に理解を超えるとそれを魔法だと理由付けし。 コミュニケーション願望と刺激への欲求が大本なのでしょうか。 >>万能性について そうですね。 人は生活の安定性を望みそれが壊れる恐怖を抱えているから それを意味する万能性は恐怖し否定する だから広がらない という事にもなるのでしょうか。 もし実現可能ならば人間の脆い心がとっくに世界を破壊している と結論付けられ話しにもならない とも考えられるのか。 ご回答ありがとうございます。色々と参考になりました
お礼
けっこう言い方が気に障りますが、 鋭く予想外な回答ありがとうございます。 >『言葉』や『文字』と言う【魔法】 今まで考えた事もなかったので半分ぐらいしか理解できませんが、 なるほど と思わせられる部分が多くありました。 『言葉』や『文字』を廃した感情で考えると 自ずと色々な答えは出てくるものが多いですね。 それでも私は他者がどんな考えをしているか知りたいので 『言葉』や『文字』を捨てる?減らす?事はできませんが。 面白い視点、考え方を提供して下さりありがとうございます。 求めていた答えではありませんが、 かなり為になったと思います。