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国際連盟で日本だけが批判された理由
国際連盟で日本が批判されたわけですが、なぜ日本だけが批判されたのでしょうか?他国も侵略行為をしていたと思うのですが・・・。
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まず日本が国際連盟を脱退したわけをおさらいしましょう。 全ての発端は1931年奉天郊外で起こった「柳条湖事件」がきっかけです。これは日本の軍部の独自の判断で起こした満州鉄道を爆破した事件です。ですが、これを軍部は「中国」の仕業だと主張して「満州」における権利を強めようとしたのです。 そして1932年、時の内閣は犬養毅内閣でした。日本は「満州国」を建国し、宣統帝の「溥儀」を執政におきました。これを承認させるために、斎藤実内閣のときに「日満議定書」を調印して、1934年に満州国帝政を実施したのです。 ところが、これに猛烈に反発したのは「中国」でした。当然といえば当然ですよね?自分たちは何もしていないのに、日本が勝手に「中国」の仕業だと主張して満州の権利を無理矢理奪い取ったのですから。そこで中国はこの日本の謀略を強く非難し、その不当を国際連盟に提訴しました。そして国際連盟から「リットン調査団」が派遣されたのです。 リットン調査団が調査したところ、ついに日本の策略によって「満州国」が建国されたということがわかりました。ところが以下がリットン調査団が提出した報告書です。 日中両国の利益に合致すること ソビエト連邦の利益尊重 現行の多辺的条約と調和し得ること 満洲における日本の利益の承認 日中間における新たな条約関係の設定 将来の紛争解決について効果的施設をなすこと 中国の主権および行政的保全と調和する範囲内で満洲に自治を許す 内部的秩序は能率ある地方的憲兵隊により、外部的侵略に対する安全保障はすべての軍隊の撤退および不侵略条約による 日中間の経済的提携の促進 リットン調査団「満洲における日本の利益の承認」といっているように、大まかに言っちゃえば「満州国」という国の存在を認めたのです。これにはいろいろな歴史的要素が絡んでくるので詳しくは説明できませんが、つまりリットン調査団の下した結論は「日本も悪いけど、中国も悪い」どっちもどっちだというようなものでした。 しかし、この報告書に大きく不満を持った国がありました。それは・・・「アメリカ」です。ではなぜアメリカがこの報告書に不満を持ったのか、それは実はアメリカも「満州」を狙っていたからです。満州をアメリカのものにできればアジアにおける事業も拡大できるし、国もさらに繁栄すると考えていたのです。ところが、日本に先を越されてしまい、アメリカは非常にあせっていました。そしてリットン調査団の報告書は日本の満州における権限を認めるといっているのですから、アメリカにとっては非常に都合が悪いわけです。そこでアメリカはこの報告書を自国の都合の良いように解釈をして、国際連盟に提出したのです。「日本は不当な方法で満州国を侵略した!」と。(リットン調査団は国際連盟からの派遣とされていますが、それは名義上なもので、実際はアメリカが派遣した調査団でした。だからまず調査団はアメリカに報告書を提出しなければならなかったのです。) 当然これには日本が猛反発したのですが、このような改竄された報告書は物的証拠にもなります。そして「満州国はただちにやめるべきである」という議論において、賛成42・反対1(日本)という結果になりました。そして、このままでは満州国を失いかねないと考えた当時の全権であった「松岡洋右」はその場で退場し、のちに「国際連盟脱退通告」を提示し、国際連盟を脱退します。これには国内世論も拍手喝さいだったのですが、この後日本は国際的に孤立する道を歩むことになるのです。 以上が満州国における実態です。だから、確かに日本も悪いことをしました。ですが、それ他の国も同様なことをしているのです。歴史・・・特に政治や戦争において「正義」など存在しない。あえて言うならば、勝利者だけが「正義」なのです。ここでは日本の策略より、「アメリカ」の策略が一枚上手だった。だから、日本だけが悪者にされて、アメリカやアメリカに賛同した国は「正義」という風に歴史的にはみなされたのです。 歴史というのは常に客観的でなければいけないところが、難しいところです。その人その人によって全然見方が違いますからね・・・だから、僕はあなたがそのような疑問を感じたのももっともだと思いますよ!気になさらないで!
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- kusirosi
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質問者様は、これまでの通説を否定し 「国際連盟で批判されたのは日本だけである」という新説を 主張されていますが、その根拠は何なのでしょうか? 質問者様の説である以上、説明できるのは質問者様しかいないと思いますが????? なお、通説(史実の常識)では、 国際連盟は、第一次世界大戦後、第二次世界大戦の激化で機能停止するまで、 様々な国際紛争の解決に貢献し、侵略国交戦国は総会理事会で非難されていました。 また日本には批判されたものの、結局、制裁は、なされませんでしたが、 満州事変と同時代の、チャコ戦争で休戦案を拒否したパラグァイには武器禁輸、 イタリーのエチオピア侵略に対しては包括的経済制裁、 ソ連のフインランド侵攻には除名措置と、日本より、厳しい批判と制裁を課せられています。 ※なお、連盟脱退の直前に採択されたリットン報告書は、 「日本軍の行動は、自衛行動の範囲を超えているから 現状は黙認できないので、満州国は無かったことにして、 満州は中華民国の一部と認め、関東州と満鉄付属地に、引き上げなさい」 と日本を批判すると共に、 馬賊軍閥の暴政と、それを鎮圧できず統治能力に欠く中国国民党政府も批判し、 結論として 満州人民のためには、満州を中国本土と別個の 日中ソ三国が安全保障し他に米英仏など有力な外国が連合して支援する国際管理の自治領とし、 (関東軍が国際連盟平和維持軍の中核となるのは暗黙の了解)、 お雇い外国人(顧問団)の多数を日本が派遣するよう求めるなど、 日本に極めて有利なものでした。まーリットン調査団の派遣を求めたのは日本だから当然だが。
お礼
すみません、新説でも何でもありません。ただの私の知識不足です。欧米の植民地保持がOKで、日本の行動が批判されたことが納得できずに質問した次第です。ソ連への除名措置など、また調べてみます。回答ありがとうございました。
今日(昨日か)のNHKの番組を観たのですか? 番組の中では、当時は帝国主義が下降気味で、植民地などでない民主的な(違う言い方だったかもしれませんが)方向に移行しそうな流れがあった、と言っていましたね。 実際のところ列強はまだ植民地を保持していましたが(植民地が独立するのは第二次大戦後で、アフリカはもっと後の1960年代頃独立した国も多い)、新しく植民地を作る時代ではなかったのかも。 番組以外でも以前にどこかで読んだことがありますが、日本はちょっと遅れてやって来たらしい。 アジアの国だからというのもあったかもしれませんね。欧米中心でしたので。
お礼
回答ありがとうございます。そうです、NHKの番組を見ていて、どうしても納得できなかったので、質問しました(ちなみに現時点で全てを観ていないです)。列強が植民地を保持していたのに、(正しいことかどうかは別として)日本が満州を植民地化?しようとしたことが批判され、脱退の道を歩むことになってしまったことが納得できませんでした。回答から個人的な解釈としては、欧米が間違っていた(自分勝手なルールで日本を追い詰めた)、という解釈に至っています。
- se4hguiyft
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別に日本だけじゃないです。 枢軸国は次々と脱退しています。 人種差別云々と書いて欲しいのでしょうか? それも批判の理由にあると思いますよ
お礼
回答ありがとうございます。質問が下手だなぁ、と実感しています。欧米の態度(対応)に納得できずに質問した次第です。
お礼
詳しく説明していただきありがとうございます。柳条湖事件が太平洋戦争の始まり、という感じがしました。その後、ソ連は除名されたけど孤立していない?、などの疑問が浮かんできますが、それは、また、調べます。 柳条湖事件は、侵略行為と批判されるのを避けるための謀略なのでしょう。「連盟を脱退した後、宣誓布告して満州を奪う」なら、まだ正々堂々とした行動ですかね。結局、太平洋戦争にはなると思いますが・・・。 また、アメリカの先住民を追い出しておいて、えらそうなことを言う米国も意味分からないし、中国がウイグル地区なんかを侵略しているのに制裁がない、のが納得できないし、ソ連も終戦間際に条約解消して、戦意喪失しているところへ侵略してきて、そこを我が物顔で支配していて、正々堂々とした行動ではないですね。そのほか、植民地を保持していた諸国も正々堂々ではないですね。自分にとってどこが良い国か考えようと思います。