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レポートを書きたいのでできれば具体的に詳しく教えてください。まず日本の
レポートを書きたいのでできれば具体的に詳しく教えてください。まず日本の民主主義の伝統についてなのですが、その中の国民主権の歴史についてです。もうひとつは裁判員制度の意義と問題点についてです。よろしくお願いします。
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- jyun9999
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中学受験生のジュンです。小学生です。 実際の受験で、社会の時事問題で、裁判員制度に関連するものが出題されました。 裁判員制度については、小学生裁判員制度というホームページ http://daimaruclub.at.webry.info/ で、小学生向けの裁判員制度の説明がありましたので、そこを参考にしました。 ボランティアで、質問も受け付けてくだるようです。 私の塾の模試では、裁判員制度の目的、裁判員制度は何年に見直しをおこなうか(正解は2012年)、などが予想問題として問われました。 話は、ずれますが、この(2011年)1月の中学入試では、函館ラサールの時事問題で、「げげげの女房の舞台となった地名は?」なんてのが出ていました。見ていないので、東京と回答しましたが、バツでした。小学生に、「げげげの女房」の知識って必要かぁ?って、思いました。 それに比べれば、裁判員制度は、国民の義務なので、まだマシだと思いました。 「裁判員制度の意義と問題点」 についての小学生の私の個人的な感想です。 ・裁判員制度の意義は、「市民感覚の反映」です。 ・問題点は、裁判員への重荷になります。 しかしながら、今まで裁判官まかせになっており、他人事で見ていた一般市民も 重荷を負担するのに、協力するのは、間違っていない。(一般市民の声の反映は必要。) と思います。 ・問題点の2つめは、裁判員には、守秘義務が課せられるので、「王様の耳はロバの耳」の 御伽噺とおなじように、うっぷんがたまる可能性があることです。 ・表現の自由の観点では、裁判員がブログに今、自分は裁判員を やっていて、あーだ、こーだ、と書けないということです。 ---以下、関連する所感です。----- ・私の塾の先生が、「最高裁判所のホームページでは」 平成21年5月21日に裁判員法が施行され, 平成21年12月末現在で142件の裁判員裁判が実施されました。 その際のアンケートでは、なんと96.7%の人が 「よい経験であった」と説明してくださいました。 「裁判員制度は必要か?」について、実際に体験した人の 大部分が、肯定的です。数値的な裏づけになると思います。 ・少数ですが3.3%の人は不満であったとも言えます。 想像ですが、 裁判員の自分の主張が通らなかった、とか、 量刑としては、自分が判断したものよりも、軽くなった、 逆に重くなった、 とかだと思いました。(想像ですいません。) ・中学受験で、「新たな課題とはどんなものがありますか?」 という問題がでたら、なんて解答すれば良いか?を塾の先生に聞くと、 「くじで選ばれた裁判員が、もしも別の人だった場合には、 他の判決が出ている可能性があること。」 という旨を解答してください、とのことでした。 ・しつこく、もっと他に課題はありますか?と聞くと、 「女優の「酒井のりこ」さんが裁判員制度をPRするドラマに でたが、覚せい剤の事件があって、裁判員制度そのものが、 信用性を落とした。 裁判員制度をPRするドラマも、配信が停止されて、 「くさいものにフタをする」裁判所 という、ダーティーなイメージになってしまった。」 ことを、しぶしぶ答えてくれました。 さすがに、中学受験の解答としては、ふさわしくないですが。 なにぶん、小学生の考えですので、うまく表現できなくてすいません。
- 469437
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>まず日本の民主主義の伝統についてなのですが、その中の国民主権の歴史についてです。もうひとつは裁判員制度の意義と問題点についてです。 自分でやるべきという部分はNo1様に同意。これらを「できるだけ詳しく」説明すると、簡単にレポート1回分の枚数を超えます。 質問者様は、楽をしたいだけではないのですか。 とりあえず、どうでもいいアドバイスをしておきます 聖徳太子の、「和を以って尊し」とする理念を以って民主主義とするかは疑問が残ります。 法の概念を導入した貴族の合議制、という意味では評価するべきだとは思いますが。 あの時代では、民衆に政治に参加する権利があるという発想自体を、あの聖徳太子といえども、持ちえないと思いますので。 終戦までの日本について、よく誤解している人がいますが、 民主主義は明治憲法において、実現されています。(当時の常識の範囲で) 実は江戸時代においても、武士以外の民衆もそれなりの発言力がありました。 明治憲法は、欧米の立憲君主制に基づいており、天皇(君主)の権限は制限されており、事実上国政を左右できる権限はありません。 当時の日本政府は憲法を制定し、欧米列強から、法制度が整備され現実に適用されている文明国として、認められようと必死でしたし、事実文明国になろうとしていました。 当時は、法が機能していない国は、野蛮な二等国とみなされ、そんな国は文明国の植民地化となり、指導された方がその国の為になると思われていました。(少なくとも欧米列強はそう主張しています) そのような目的で作られた憲法が、君主の気まぐれで全てが左右されるような専制君主制をとるはずがありません。 天皇を神格化したのは、戦争の末期のみです。 戦争とは国の全てを動員し遂行しなければならないもので、情報統制や伝統の強調、国民の権利の制限等はどこの国でも行われるものです。(負けそうなときは特に) だいたい、完全な軍事独裁下で政治がコントロールされていたなら、あの時期に何回も政権が交代するようなドタバタは起こりません。 マッカーサーが行ったのは、占領下での統治を容易し、今後の冷戦の為に日本を親米にする為の、思想コントロールを行ったに過ぎません。これは、戦中の統制より悪いことだと思っています。 アメリカは、日本国民は政府と軍に騙されていた被害者であると教えました。 これにより、国民を苦しめていた悪い政府を倒したアメリカは、解放者という事になります。 日本国民は加害者意識から逃れられる為に、これを受け入れてしまいました。 左翼の政治犯も釈放され、GHQは彼等の活動を制限しませんでした。(アメリカでは、公然とアカ狩りが行われていました。) その為に日本は過度の戦争アレルギーと自虐史観を抱え込み、自分の国に誇りを失ってしまいました。 ↑の内容だと、先生が左だと点をもらえないとかもしれません。
- debukuro
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日本の民主主義は聖徳太子に始まり徳川慶喜、明治天皇、板垣退助らを経て現在に至る 国民主権はマッカーサーの指導によって実現しました 裁判員制度については昨今の報道によって明らかです 以上簡単ですがご報告いたします ツカ あんたが調べてレポートするんだよ 手を抜いちゃいけんぞなもし