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四神の図上表示

 四神の一、玄武は北方の神だそうです。  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%84%E6%AD%A6  四神を、南北東西を図示する図に配置する画像を目にしたことがあります。  そこでは、北の玄武は上に図時されております。  北が上方向だという画き方は、必ずしも四神観念とは関係ないことでしょうか?  言い換えれば、円盤をまわすように北を左に持っていくこともあってもいいことなのでしょうか?  参考:http://okwave.jp/qa5491932.html にて教えを頂きましたありがとう御座いました。

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  • tadagenji
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回答No.1

紙の上での表示で北を上とは明治以後の地図の表示に習ったもので、江戸切絵図では西を上にした地図などがあります。 四神図にも天井図では、方位の北に玄武を置き反対の南に朱雀としているが、衝立や壁画などには玄武が右に書かれたものがある。

krya1998
質問者

お礼

 あぁそうなんですか。  玄武が右というのもありますか。  玄武が上というのは、やはり原則ではなのですね。  ありがとう御座いました。  いつから、どういう理由で玄武が上になってきたのでしょうね。

その他の回答 (1)

  • tadagenji
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回答No.2

No.1です。   追加 西を上にするというのは、浄土宗では故人を西方浄土に送るというのがあり、阿弥陀経の経典に、 西方に十万億の仏国土を過ぎると極楽世界がある。そこに阿弥陀仏がおられ、現在教えを説いている。<中略>楽しみだけを受けるために極楽と呼ばれる。 から来ています。  北を上にするのは、ヨーロッパの大航海時代に船乗りたちの方位測定の必要から地図がそうなり、日本には江戸後期から伝わってきたものです。

krya1998
質問者

お礼

 うぅんそうでしたか。  江戸期ですか。文化や思想の侵略はいきさつを記録できないだけに不幸ですね。  やはり西方浄土ですか。  四神の玄武が北ということまでは、そうでしょうが、北を上に書いたり観念したりsるのは、四神の観念が必ずしも要求しているという理解はできませんからね。  寧ろ一種の中華思想であれば真ん中の黄色、熊ですよね。  西方浄土は上になるでしょうね。  やはり曼荼羅ではないから、大航海時代の引きずりですね。  私たちが、北面の武士、或いは何面して天下を治む。というのはまた、別の次元の事であり、ヒンドゥで北が梵天やブラフマの位置などとしているのも偶然かもしれないが、別ですね。気とプラナがことなるように。偶然の共通(一致ではない)ってあるのですね。  ありがとう御座いました。

krya1998
質問者

補足

 tadagenjiさん、  やはりtadagenjiさんのお教えが最終、究極の教えのようですね。  ありがとう御座いました。

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