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地球のあるべき姿、人間はどう生きるべきか
地球上の生物は互いを食べあい、淘汰しあい命をつないできました。食った者・食われた者、生き残った者・死に絶えた者、全てのその一生には、「よりよい地球をつくって(保って)いく」という意味が統一してあるのではないか、という考えに自分は最近至りました。 しかし、では地球のあるべき姿とはどういうものなのか、その中でわれら人間はどう生きるべきなのかということに迷いがあります。 このようなことについて書かれた書籍はご存知ありませんか?ただし、文系の私にも理解できる読みやすいものがいいです。同時にみなさんの意見があればそれもお聞かせください。よろしくお願いします。
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地球上の生物の一生に、「よりよい地球をつくって(保って)いく」という意味があるかどうかは、よくわからないことですよね。 そんな意味とを想定して、何か生産的なことがあるのならそれでもいいのですが、とりあえずそれは保留しておいて、 実際の生物同士の関係に目を向けたほうが「地球のあるべき姿、人間はどう生きるべきか」を理解するのには役立つのではないでしょうか、 ・・・と、哲学カテから生物カテに引き寄せる・・・ 人類はせいぜい数百万年前に現れましたが、生物は40億年近い歴史をもっています。 その新参者の人類は、大きな頭脳をもっていて、快適な生活を求めることに貪欲です。 今、地球上でもっとも大きな影響力を持っています。実際に多くの生物を絶滅に追いやっています。 地球の中の人類の立場を、私には「ちっぽけなタンパク質」のようには思えません。 頭脳を使って、未来を変える能力をもっているのだから、「地球のあるべき姿、人間はどう生きるべきか」については 真剣に考えるべきだと思います。 で、お勧めの書籍ですが、 三島次郎著『トマトはなぜ赤い』(1992年、東洋館出版社)ISBN9784491009858 の第17章「地球に何人住めるか」以降の部分 清水伴雄著『人間なしで始まった地球カレンダー』(2004年、ごま書房)ISBN9784341130879 ご参考になれば幸です。
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- abcdd
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40億年の地球史において、誕生した生命体は小惑星の衝突によって何度も大量絶滅を繰り返してきました。つまり人類もいつかはそうなってもおかしくありません。むしろ確実にそうなるでしょう。 だから、人間自身が人類の活動に善悪の判断を下したとしても、まったくの無意味です。そもそも善悪の概念は人間がつくったものですし。宇宙には善も悪もないのです。 つまり、すべての事象はただの現象にしか過ぎないのです。 自然に生かされていることをわきまえた上で、自由に生きましょう。
お礼
回答ありがとうございます。 自由にと言われると非常に困るのです…。 人間はとかく、生きる意味とか生きがいとか「美学」を見出したがるんですね。動物行動学者の日高敏隆先生のお言葉です。
”人間はどう生きるべきか”についてお答えします。 人間の歴史とは種の増殖、拡散であるように思います。 つまり、その目的に向かって、生きていけばよいことになります。 この地球上には66億人の人間がいます。増えることはあっても 減ることはありません。これからもますます増えることでしょうね。
お礼
回答ありがとうございます。 子供欲しくないですねぇw
- 雪中庵(@psytex)
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完全に生物学的に限定してみれば、地球上の生態系の本質は、日光によって励起された化合物の合成(光合成=植物)と分解(消化=動物)の連鎖反応です。 植物が成長(合成)するためには、二酸化炭素と水、窒素などの、化合反応の材料が必要であり、動物抜きの分解(紫外線による分解や大気中の酸素による酸化)より、動物による能動的摂食と生化学反応的酸化による、高速の分解の方が、有効なのです。 生命の進化とは、いかなる“強い種”の創出でもなく、地球に降り注ぐ日光が輻射によって再び宇宙に還って行くプロセスに於ける、生態系としての多様化=地球上の熱容量(物質循環量と速度)の増大だと言えるのです。 生物は、エントロピー増大に抵抗して、成長したり、増殖したりして、エントロピー減少しているように見えます。 しかしそれは、生物にしても、社会的な要素にしても、「開放系」だからです。 生物は、自分のエントロピー増大を新陳代謝するために、環境のエントロピーの低い物(食物、燃料)のエントロピーを増大させて放出(排便、廃棄)する事で、環境も含むトータルな閉鎖系におけるエントロピー増大を加速しています。 それでも、生態系全体の進化は、エントロピー減少だと言えますが、それも太陽の核融合というエントロピー増大の一環である、「日射>光合成>摂食>消化>酸化>輻射」という一時的な地上の熱滞留としての、開放系ゆえのもので、結果的にはエントロピー増大を加速するものです。 先にあるのは太陽光=植物による光合成であり、動物はその有機物の分解を加速して植物の光合成の原料にする(物質循環の加速)ための寄生的な存在に過ぎないのです。 一方、物理や社会に視点を広げれば、様相は異なってきます。 宇宙(認識)とは、無の潜在としての認識可能性の“断面”の移動=自我仮説に対する、相補的な時空仮説として生じています。 そこにおいて、宇宙の膨張=不確定性(h)の収束という、異なる本質=異なる認識可能性を一つの軸(時系列化)にするところに時間性は依拠しており、過去の自分も、空間的広がりにおける他人も同じです。 宇宙は、別の認識可能性を自己同一視するという、ある種の精神異常として発生し、実は他人も共通であるという愛に向かって進むと言えます。 宇宙が認識に於いて生じるならば、生きるのは楽しむためです。 その「楽しみ」の原因をつくる欲求は、遺伝子によって発生し、また我々の生きた結果が、淘汰として遺伝子に刻まれていきます。 もし、楽しくなくてイヤイヤ生きるならば、その個体は活性が落ちて淘汰され、その状況でもイヤじゃない個体が増殖するだけです。 それは短絡的な快楽主義を意味するのではなく、生きるのに反したり、認識を低下させる欲求は、人生を通算した充足量の総和の最大化に反します。 人の「生き方」には、認識性の発達(より深い認識的な目標の達成による充実感)や社会生命性の発達(社会的行動=助け合いによる喜びor社会的価値(お金や出世)の取得による喜び)といった、二次的な要因があり、人生を通算した“喜びの最大化”には、工夫が必要になります(短絡的な快楽主義には帰結しない)。 宇宙の発生に、異なる認識可能性(h)の時系列化が必要であったように、その補完(時空仮説に対する無の射影)としての存在性に於ける認識可能性の他我化=愛こそが、生理的な認識性の最大化とその充足の最大化を両立させるのです。
お礼
回答ありがとうございます。 動物は植物の寄生的存在に過ぎない、ですか・・・。そう考えると人間の生き方はあまりに傲慢ですね。
- strychnine
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ここよりも哲学カテが相応しいかと思います。 適当に考えを述べますと・・・ 人間やその他動植物は全て、地球の一部であり、生物にとっての細胞のようなものだと思います。それぞれが食ったり食われたりすることは、地球と言う母体が代謝しているのと同義です。 地球も太陽系の、そして銀河系の一部です。となると地球もその大きな系の細胞の一つとみなすことができるのではないでしょうか。 その小さな小さな細胞の、さらに小さな細胞小器官みたいなものが国家であり、さらに小さな分子が人間なのかもしれません。 たんぱく質や細胞が人間の生きる意味を考えられないのと同じように、地球のあるべき姿など、我々人間の思考が及ぶところではないのではないかと思います 精一杯ちっぽけな生を全うしましょう。人間がどう生きようが死のうが、どのような行動を起こそうが、それは地球の一部として必要な働きなのだと思います。それがたとえ戦争だとしても。 やっぱり生物カテじゃないですねw
お礼
回答ありがとうございます。 生物学的観点からの回答がいただきたかったのでこのカテにしました。 生を全うする仕方にも色々ありますよね。生きる上での指針がほしいのです。
- ADATARA
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こんにちは! 57歳の男性です。マラソンびとでもあります。 「人間はどう生きるべきか」 人生論や宗教の本が該当します。でも,読んでもつまらない。。。 私からの提案として,日曜日にでも近くの火葬場に行って,それなりの格好をして一日立っていれば,生きることはどういうことであり,どう生きるべきか分かります。死んだ人間が黙って教えてくれます。 「地球のあるべき姿」 そういうことは勝手に人間が決めることではないと思います。私の経験から毎年10月に奥多摩を舞台に開催される「日本山岳耐久レース」(制限時間24時間)に参加して,真っ暗闇の山中をヘッドランプ頼りに歩き,そして月や星☆を眺めると,地球とは何なのか悟れます。人間のために地球が存在するわけではありません。私がスタートして14時間後,疲れ果てて登山道に大の字になった午前2時ころ,目の前には満月の月と星々が広がっていました。そのとき約0.1秒である重大なことを悟りました。それは,地球は何かということでした。あとはご自分で身に付けてください。書物から知識を習得することはできますが,そこまでしかできません。
お礼
回答ありがとうございます。 自分も登山をやってますが、全然悟れそうにありません。謙虚さが足りないのでしょうね。
お礼
回答ありがとうございます。 そうですよね。人間は核兵器を使って地球を滅ぼすことさえできそうですからね。