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高納税者以外が増えても地球にとっては悪なだけでは?
- 高納税者以外が増えても地球にとっては悪なだけでは?
- 鳩山首相さんが14日に行った発言によると、地球から見れば人間がいなくなるのが一番優しい自然に戻るという思いも分かるとのことです。また、地球を襲っている人間が犯している大きな誤りの一つが地球の温暖化現象であり、国益だけでなく地球益も大事だと述べています。
- 日本には国にとって利益性のない人間が多く存在しており、知らない他人よりも地球の多種の生物などの方が大事な宝であると指摘されています。また、少子化は歓迎すべき事であり、多くの評論家も適正人口は半数以下であると発言しているとのことです。
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アホ総理の発言はゴミのようなものです。 人間も地球にとっては単なる生物です。 アフリカやハイチ他先進国でも自力で生活出来ない人は 自然界の掟に従い自然淘汰されるのが一番好ましい姿。 一時の恵みを与えても後が続かないのが現実です。 世間は奇麗事を言っていますが冷静に判断するのが 人間たる知恵です。医療の延命処置も過剰です。
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- aburakuni
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この様な問題は極論を言うと、常識的には以下の様に明らかに間違いと言うゾーンに入ります。 人間原理に基づけば、人間の価値は他の生き物との比較には馴染まない、従って「人類は何をしようと、結果的には咎められない」と言う結論になります。 一方、数ある生き物の一員とすれば、「チフス菌も又生き物であり、絶滅させる事は許されない」と言う論も成り立ちます。 「牛は良いが、犬や鯨は駄目」「戦争は良いが、殺人は駄目」等々の、線引きは必要であっても、その線引き自体は「必要性」を於いてしか論理的に正当化はできません。 その狭間に政治があり、判断がある事自体は悪い事ではないと思います。
- iamyou
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あなたが誘導していた先のネット記事(産経ニュース)は短い記事ですのでそのまま貼り付けます。 ・記事より転載: 「地球から見れば、人間がいなくなるのが一番優しい自然に戻るんだという思いも分かる」と述べ、独特の世界観を披露した。 首相は「いま1日100種類の命が失われている」と指摘し、生物多様性の重要性を強調。その上で「人間が存在しているからこそ、このような地球になっていることを謙虚に認めなければならない」「地球を襲っている人間という生物が犯している大きな誤りの1つが、地球の温暖化現象だ」と語った。 これまでも「国益も大事だが、地球益も大変大事だ」「日本列島は日本人だけのものじゃない」などと“友愛発言”を繰り返してきた首相。イベントでもその精神を強調したかったようだが、さすがに「その結論(人間がいなくなる)はとりたくない」との言葉を補うことは忘れなかった。 ただ、これだけのことです。あなたの質問文の8行目「日本にも国にとって・・・」以下の文章のような意味の事はどこにも書かれていませんが?・・・ この質問(?)であなたは何を知りたかったのでしょう? ただ、鳩山氏の考え方には根本的に非常に大きな自己矛盾があります。 「地球から見れば、人間がいなくなるのが一番優しい自然に戻るんだという思いも分かる」 → 人間がいなくなると、「自然が優しいか、優しくないか」と言うことも無に帰します。そう言うことを判断する知能の存在そのものが消滅するからです。そうすると、如何なる状況の自然であっても何ら差し支えありません。月のような荒涼とした自然であっても、太陽のように原子の火が燃えさかる自然であっても、その現実こそが自然なのです。人間が存在するからこそ、自然が優しいのか、優しくないのか、と言うことに意味が生じるのです。 こういう考え方を「人間原理」と言います。 「地球を襲っている人間という生物が犯している大きな誤りの1つが、地球の温暖化現象だ」 → 人間が地球を襲っているのではありません。人間はただ自分の生息環境を自分に快適なように作り換えているだけのことです。その行き方がたまたま「局部適合」という事しか出来なかったために、「全体不適合」に陥りつつある状況になりました。要するに人間の知的レベルがまだその段階にしか成長していなかったと言うことです。そのことに気付いて今人類全体で「全体適合」の状態を作り出そうと努力している訳です。そして、人間も自然の一部です。従って、人間が行う行為も「自然」なのです。ビーバーは住み家を作るために山の木を囓り倒して集めますね。それと同じ意味の事をしているだけのことです。鳩山氏の言っている上の言葉は人間が自分の幸福権を求めることを放棄せよ、と言っていることです。彼はそれを率先実行するべきですね。 どうもこの人の言葉は軽すぎる、と言うのがジャーナリズム全般の評のように思います。この記事の発言も彼の頭の空虚さを示しているように感じます。自分は政治信条として「友愛」という感情を信奉している「優しい人間だ」という事をアピールしたいが為に、無理に背伸びしたパフォーマンスのように感じます。