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夜鷹の生活
わたしは鬼平犯科帳が大好きです。 さいきんそのスペシャルの「兇賊」という回を見たら、冒頭からすこし過ぎたところで平蔵と夜鷹の女のすごく素敵なシーンがあって、何度も見返してしまいました。 ところで、夜鷹というのは江戸時代の街娼の中でも最下層とのことですが、彼女らの仕事外の生活はどういうものだったんだろう?と疑問に思いました。 夜鷹という商売は、たとえば元締めがいて組織化され住居が与えられているというようにも思えませんし、長屋なり、それなりにちゃんとした住居に住んでいるとも考えられません。かといって、時代劇で見る彼女らの身なりはホームレスのようではないし、携えているのはゴザと(よくわからないけれど)ちょっとしたものだけで全財産持ち歩いているようにも思えません。 夜鷹の仕事外での暮らしについてご存知の方があったら教えてください。
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f23wgnさん 鬼平犯科帳をみて 夜鷹にいいイメージを持たれたのなら 申しわけない気がしますが・・・ 彼女達はホームレス同然と思っていいと思います。 夜鷹、これは江戸での呼び方で関西方面では 立君とか惣嫁といいました。 関西の惣嫁は河原に粗末な小屋を建てて、そこに お客を連れ込んだそうです。 江戸の夜鷹は 材木置き場近辺に出没。お客を材木置き場に連れて行って その上にござを敷き、仕事しました。昼間は関西の 惣嫁が住むような小屋に住んでいたのではないでしょうか。 副業は、持っていなかったのではないでしょうか? 夜鷹の多くはもとは岡場所とか吉原遊廓などでお客を 取っていたりした女性です。歳を取ったり、病気を持ってしまって どこも雇ってくれなくなったので夜鷹になったのです。 若く装っていても、歳がいっていたり、病気で容貌が変わって しまっていたりする人もいました。ですので、真っ暗闇の夜間にしか 仕事ができないのです。 ただ、まれにほんとに若くて別嬪さんの「夜鷹」もいて そういう人は浮世絵etcの題材になって話題になったようです。 元締めみたいなのはいなくて個人営業ですが、一晩の値段は安かったと 思います。
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- Pinhole-09
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No.2の答えに関連して、夜鷹の値段は時代などにより、変わるかも知れませんが、俗に1回24文と言われています。 有名な江戸川柳に 「四つ(四度)ころび、夜鷹はやっと百になり」があります。 客を四人とりやっと百文の稼ぎです。 95文以上あれば100文として通る慣習があり、96文=100文です。 当時大工の稼ぎが1日500文と言われ、客一人の稼ぎはその20分の1です。 大工の手間賃を1~2万円とすると、500~1000円という所です。 実際は客4人つかまえるのも、大変だったのではないでしょうか。
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ご回答ありがとうございます。 ご回答の中の川柳、初めて知りました。数字といいますか、金額でこのくらいだった、と示されると、彼女達が身分的にも経済的にもいかに底辺の人たちであったかがすごくよくわかりました。
- Pinhole-09
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橋の下や河原に莚壁(むしろかべ)の小屋を建て、そこで寝泊まりしていたようです。 ドラマなどで見られると思いますが。 ゴザは商売道具で客をとると、小屋に連れて行くかまたは、草むらにゴザを敷き商売?をしました。 昼過ぎまで寝ていて、それから商売に行くのでしょう。 兼業については不明。
お礼
ご回答ありがとうございます。 読んでいて、河原に小屋がたくさん建てられていて集落のようなものが形成されているシーンを見た覚えがあるのを思い出しました(頭に浮かんだのは「眠狂四郎」)。
お礼
ご回答ありがとうございます。 「鬼平犯科帳」を見ていて思ったのは、夜鷹の女の着物が(はすっぱな?感じはあっても)そんなにうす汚れた感じでもボロでもなかったので、彼女たちはたしかに最下層ではあってもそんなにひどい暮らしぶりではないのではないか?ということでした。 でもそこのところは、綺麗な女優さんを起用してもいるし、きっと演出上の「現代語訳」的な意味があってのことなんでしょうね(もちろん客商売ですから身なりはそれなりに気を遣ってたんでしょうが)。 「立君」「惣嫁」という言葉は初めて知りました。