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なぜ新選組は戦い続けたのか?
新撰組はずっと新政府軍と戦ってました。 何回も負けたのに何故戦い続けたのでしょうか? 回答お待ちしております。
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新撰組は戊辰戦役は戦い続けた、というのは問題です。 新撰組は箱根戦役の時点で、甲陽鎮撫隊(こうようちんぶたい)に改称させられ解散したことになっていますし、 幕命としては奥羽越列藩同盟との共同戦線に正当性はありません。 従って、鳥羽伏見から箱根までの戊辰戦役までしか戦績はありません。 隊員自身も多くが脱退している現状をみれば、事実上、大政奉還によって新撰組の存在意義はなくなっているとも言えます。(解釈次第ですが) ただ、彼らは戦い続ける必要性があったと考えるべきでしょう。 逆上・逆恨みの激しい長州の被害妄想の維新志士は、 禁裏を犯し、国内を内乱状態にし、テロ活動に励んだ外道・野蛮人で、それを取り締まった新撰組に正当性は揺らぎません。 所詮は明治維新は暴力革命であり、しかも全く形式的正当性も踏まないものです。 長州の私怨の対象として、新撰組・会津藩は徹底的にイジメられる運命だったでしょう。 つまり、好まなくとも、長州の連中が攻撃してきたと考えるべきでしょう。 戦う意思がなくても、逆恨みで人の尊厳を傷つけるような行為ができる長州人が明治時代の主役だったという事実は、 「戦う気のない人間すら、戦いに追い込んだ暴虐無道の所業」 というべきものでしょう。 新撰組は新政府軍と戦ったのというよりも、暴虐無道の長州のテロリストと戦わざるを得なかった・・・という歴史観の方が妥当であり、 その暴虐無道の長州の明治維新を見つめなおすためには、新撰組は戦い続けることを選んだのかもしれません。
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- lions-123
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>なぜ新選組は戦い続けたのか? ↓ 私見ですが・・・ ◇中核となるメンバーが天領・幕府直轄地の農民出であり、当時の日和見大名や体面を保つのに汲々としていた武士よりも、幕府への忠誠心があつかった。 ◇武士に憧れ、武士らしく生きようとの気持ち・気概・覚悟が強く、さらには新撰組の内規の厳しさと、土方の指導力・人望が世の中の流れとは別に→幕府への思い、幕臣としての身の処し方を、選び、信じ、決めて、結果的には時勢に逆らい戦いに明け暮れた。 ◇農民の出自と言うコンプレックスとハンディを潜在顕在的に意識し、戦いに死すとも武士だが、逃げれば変心すれば農民に立ち戻るとの心理が働いたのではないでしょうか? 最後まで、多くの隊士は組織としても個人としても彼らなりの(武士道)矜持や武士らしさを求め守ろうとしたと、私は考察し思います。 その潔さ・忠節さ・純真さが、殺伐とした→朝敵であり、暗殺・勤皇の志士取締り軍団とも言える新撰組を、我々日本人がこよなく愛し伝えて来た所以・由縁だと思います。
お礼
様々な意見をありがとうございます。
- debukuro
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維新勢力に容赦のない弾圧を加えました 戦わなくても処刑されるからです
お礼
分かりやすく教えてくださって、ありがとうございます。
お礼
分かりやすく解説してくださって ありがとうございました!