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英語は表現数が少ない?
日本語では母親のことを 〇お母さん 〇お母ちゃん 〇かあちゃん 〇かあさん 〇おかぁ 〇おかん 〇おっかぁ 〇かかぁ 〇お母様 〇母(かぁ)さま 〇ママ などと時代や地方によっていろいろと呼び名があります。 朝の挨拶も ★おはよう ★おはようございます ★おはようっス ★おはよっ ★おっは~ ★おはようさん などといろいろあると思うのですが アメリカなどでは 母親のことは ママとかマミーとか、朝の挨拶はグットモーニングだけですよね 英語って表現力が なさ過ぎですか?
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少ないです。 もちろん、おはようでも、 Good Morningだけでなく、Hi!でもHalloでもHeyでもHow are you doing?でも 同じようにニュアンスの違いで使い分けますが、基本的に表現数は少ないです。 それはそうでしょう。 アルファベットはたった26文字です。 対して日本語は、ひらかなだけで50文字以上、漢字数千、さらにカタカナもいれて 微妙なニュアンスを使い分ける言葉です。 日本語が世界で一番難しいと言われる所以です。 逆に、たった26文字で、世界に通用する映画の会話など作り出せる英語もすばらしい。
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- Yusura
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英語の物事を表現する数が、少ないとは思いません。 どのような言語でも同じですが、その言語の話し手が把握している物事の概念によって言葉は変わります。 たとえばよく例に挙げられるのが、英語の論理表現における数の多さや イヌイットの雪を表す単語が数百ある、ということです。 長年島国にこもって花など愛でつつのんびり暮らしていた…というと語弊がありますが、 そんな民族が産んだ日本語はウェットな、情緒的な表現が多いと言われます。 逆に、例えば英語では論理的な事柄に関して概念が細かく分類されています。 よく引き合いにだされるのは、英語において「責任」が十数語ある、ということでしょう。 和英辞典で引くと責任の対語としてResponsibility、よく出来た辞書で Accountabilityぐらいがせいぜいかと思います。 実際にはもっとたくさんの「責任」を指す言葉があり、日本人には概念の把握すら困難です。 しかも正確には「責任」という日本語が意味する範囲は、英語における「Responsibility」が指す範囲のうち、 ごくわずかをしか意味しないのはよく知られたことだと思います。 単語にはその言語が育まれたその文化的背景があり、 逐語訳が不可能な理由がここにあるのはご存知だと思いますけれど、 英語において「母親の呼び方」や「朝の挨拶」の語尾変化がないからと言って、 英語の方が表現が乏しいとは思いません。 ただ、ご質問を今一度読み返してみて、質問者さんが仰る「表現」というものを私が誤って捉えているのかと思いました。 例示とされている「母親」に対する呼びかけは様々ですが、 「お母さん」と「お母ちゃん」、「かあちゃん」と「かあさん」、 「おかぁ」と「おっかぁ」、「お母様」と「かあさま」はそれぞれほぼ同一の単語ですから 例示としては力不足ではないかと思いました。 ご母堂とか母上といった表現のがありますので、これを足して数えてみて、 (日本語の文化背景のわりに)多いとは思いません。 しかし、ここまで考えて思ったのは、ご質問は実は 「言葉の音便変化や語尾変化の多寡」についてのご質問なのでしょうか、ということです。 朝の挨拶についても、すべて「おはよう」の語尾変化についてのみ挙げられておいでで、 「朝の挨拶そのもののバリエーション」については述べていらっしゃいません。 その他に英語には「ただいま」「いってらっしゃい」「おかえり」や、 「いただきます」「ごちそうさまでした」に相当する挨拶もありません。 しかし、同時に日本語には英語におけるいくつかの挨拶に相当する言葉がありません。 というわけで、英語において「(単語のもととなる)概念が少ないのか 」とお聞きになっているのか、 それともひとつの単語を展開することが少ない、と仰っておいでなのか、 よくわからなくなりました。 できれば補足いただけるとさいわいです。 ちなみに私は、「論理的な概念、表現において英語は日本語を凌駕する」とは思っておりますが、 「日本語は論理的な言語ではない」とか、「日本語はあいまいな言語(でしかない)」とは思っておりません。
お礼
この場をおかりして皆様に お礼を申し上げます。 沢山のご回答、本当にありがとうございました。 全ての方に20ポイント差し上げたいです。 ありがとうございました。
- e-toshi54
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英語に「表現力がない」と断定するのは早すぎると思います。母親の呼称など、こちらは日本人なので、日本語の語彙、それも方言、スラングまでいれて数えられる。英語に関しては、間接的に伝わって来た、それも誰にでもわかる共通語しか数えられない、つまり、知らないだけ。 言語的に言うと、その人種に興味がある事象には語彙が多いと聞きます。敷衍すると、母親に対する呼称が多いのは、呼ぶ方が色々な母親像を描く傾向が強いということになりますが・・・、これは喩えです。 挨拶の種類が多いのは、それだけ相手との関係の差に関心が払われていることを意味します。日本では、目上・目下、上司・部下、先輩・後輩の区別をつけようとする傾向が強い国民性です。 アメリカでは、人間は原則的に平等という考え方がありますので、少なくとも外観上は平等にしようとします。ですから、挨拶など誰に対しても同じようにすることになります。 社長と社員が「ためぐち」を聞いていますが、それは表面的だけでも、平等にしようとしているだけです。権限、収入の格差は、日本以上です。 「表現」ということで言うなら、日本語に比べて、貧弱とはとても思えません。貧弱というなら、それはその表現しようとする人間の感性が貧弱と考えるべきです。もしかして、語彙が日本語に比べて多少すくないとしても、英語には、表情、ジェスチャがあり、語彙を補って余りあるものがあると思います。 元海外営業員より。
お礼
有難うございます。 たしかにそうですね。 でも 漢字、カタカナ、ひらがなと難しい日本語は使っているのに 26文字しかない英語は全然使えないなんて・・・ 恥ずかしい限りです。 ありがとうございました。