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1995年まで高等学校で世界史/日本史を学んだ方に質問です。
私は1980年代後期の高等学校在学時世界史を学んだのですが、 何とか教科書の最後(第二次世界大戦後の現代史)まで学びました。 因みに同じ高等学校で日本史を学んだ人は、1951年のサンフランシスコ平和条約の経緯まで学び、後は大学入試の問題練習でした。 そこで皆様にお聞きしたいのですが 1.卒業した高等学校の日本史と世界史の授業でちゃんと戦後まで学べたか? 2.高等学校卒業後日本史と世界史の第二次世界大戦後の歴史知識が問われる場面があったか? について確認させてください。
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1980年代終わりから1990年代初頭ぐらいに高校生でした。 1. 世界史の授業はどこまでやったんだか忘れました。 たぶんサンフランシスコ講和条約で終わりだと思います。 印象に残っているのは、ベルサイユ条約(1919年)とかサラエボで皇太子が殺害され、とかやっぱり第二次大戦より昔。 しかもよく分かっていない(^^; 日本史は、幕末から駆け足で何だか分からず、あれよあれよという前に明治になり、教科書や図表?には原爆のキノコ雲の写真が載っていて終わり(そしてサンフランシスコ・・・)、みたいなのが大まかな印象です。 平安時代とか鎌倉時代とか室町などは印象に残っております。 あくまでも自分の中に残っている印象ですが・・・・。 2. 海外旅行するときに「この国の歴史って?」と少し興味を持つと、戦争に行き当たります。 あとは、本や雑誌を読んでいて、予備知識がないので話がよく分からない、など。 日常生活で歴史知識の必要に迫られる場面はなかったと思います。 現在60歳代前半だと戦後すぐなので学校であまり教わっていないらしい? その反面、戦後にまだ米軍が近くに駐留していた思い出があるようです。 40歳代ともなると興味を持っている人以外はあんまり知らないんじゃないでしょうか。 さすがにアメリカと戦争をしたのは知ってるでしょうが・・・・ 私は30代ですが、オーストラリアが敵だったのをかなーり長い間知りませんでした。 歴史の授業や教科書はわりと好きだったんですが、この程度です。 吉本隆明さんだったと思いますが、どこかで「教科書問題を真面目に考えている人はきっと学生時代に真面目に勉強していたのだろう。一般の生徒はそんなに影響されるほど覚えていない」というような発言をしていました(^^;
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- easy_all
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1970年代の終りに高校で日本史・世界史を学び、この2科目で大学受験しました。 1.について 高2の世界史の先生は、学識が高くてインテリジェンスあふれる授業がとても面白く、当然ながら西欧史の専門家でしたが、イスラム史も丁寧に教えて下さいました。 だが高3の世界史は、組合活動に熱心で(それとは関係ないが)授業が無味乾燥で、というか言葉の端々に現れる人間性に耐えられず(ごめんなさい。私が未熟だったのです) 授業は殆どさぼって、図書館で勉強したり、近所の喫茶店で悪友とダベッたり、1時間目のときは、まるまる遅刻して睡眠時間を確保していました。 高2の先生の影響で、世界史で受験する事は早くに決めていたので、 いやな先生に当った事を嘆きながら、授業を無視して、ひたすら受験用の勉強をしました。 日本史の先生は、すばらしくて、今も授業で使ったプリントを、時々見直しています。第二次大戦の直前まで、プリントが残っています。 授業が進むのはおそくて、夏休みには補講が、かなりの時間ありましたが、 とにかく大人気で、教室はいっぱいでした。 2.歴史知識について 経済学部に進み、マルクス経済学の教授が半分近くだったから、世界史の知識は必須でした。 アメリカ流の、金融工学だけが経済学なら、何ともつまらない、モノとカネの数学で、格調ひくい学問になってしまう。 経済史で、アダム・スミス~フリードマンの学説を学んでも、 世界史の知識が無いと、話にならない。というか、背景が理解できない気がします。 また日本史は、名所旧跡・美術館・郷土史料館で、楽しさを深めてくれます。 よく『歴史で年号を記憶しても、役に立たない。受験だけのためだ』などと言う者がいるが、 歴史の楽しさを知らないから、というか、そんな考えでいるから、歴史の面白さを理解できないのだ、と思います。 近代社会への転機となった、フランス革命・二月革命のとき、日本はどうなっていて、その後どう影響されたか?などと考えると、年号はキーになります。
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有難うございます。非常に参考になる回答でした。 マルクス経済学だったら世界史は必須ですね(笑)。 社会主義思想がどのように発展していったかは世界史の流れが証明していますから。
- aburakuni
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1960年代に私立中高一貫受験校で勉強しました。 中学から日本史・世界史と言う形で授業があり、3年分の社会の教科書から歴史部分だけを取り出して教えられました。 カリキュラムとしては中学1年から3年1学期までは中学レベルで、その先高校2年までに高校レベルの歴史授業がありました。 従って中学時代と高校時代夫々に通史を4回習った訳ですが、4回共に第二次大戦前で授業は終了しています。 成績不良者は退学、教師の政治活動は皆無の学校でしたが、授業対象に外された理由は「試験に出題されない」と言う単純なものでした。 ただ私の世代は親が戦争を体験しており、実際に生の声が聞ける条件があり、当時の娯楽は読書であったので、大抵の歴史の本自体には当然詳しく書かれていので、自分なりの史観を持つ事が出来ました。
お礼
有難うございました。
1980年代前半に高校生でした。 1.については学べていません。 当時、なぜ現代史をさらっとでもやらないのか非常に違和感を感じました。 2.特にありませんでしたが、日常の中ではたまにありましたね。 ただ、大学ではその辺はある程度、自分で勉強しましたので、 知らないこともあれば、知っていることもあるということで、 特に困ることはなかったですが。
お礼
有難うございました。 私と近い年代ですから参考になりました。
- fumkum
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70年代前半に高校に在学していました。質問された方と15年程度の差があります。私が経験した範囲でお答えします。 1、日本史は概要、中学程度、詳細と3回繰り返す方式だったので、詳細以外は戦後史も学習しました。詳細は明治維新までは何とか終了しましたが、後は自分で学習しました。当時は世界史、日本史共に歴史は100年以上経たないと歴史と認められないような風潮があり、日本史では明治維新までで充分というような雰囲気がありましたし、大学入試でも出題が少なかったと思います。世界史も同様ですが、それでも第二次世界大戦の終了後までは学習しました。世界史はヨーロッパ、オリエント、インド、中国、そしてアメリカ程度の範囲でしたので、今よりは楽だったと思います。これに対して日本史は詳細を極め、教科書だけでは足りず、資料集や図録の読み込みも必要でした。また、現代史は政治経済の領域と見られてもいました。大学入試の社会は日本史・世界史の2科目だったので、2つとも受験しましたが、世界史に第一次世界大戦及び戦後史(第1次世界大戦)の出題があったように記憶しています。日本史は自由民権運動の出題があったように記憶しています。 2、一時法学部にもいたので憲法をはじめ、旧明治憲法や欧米の憲法との比較及び成立事情などのために日本史においては明治以降、欧米史においては市民革命前後からの歴史知識は必要としました。経済分野についても同様に産業革命以降は最低限必要としました。 大学卒業後も近現代の歴史知識に助けられたことも多くありました。 以上、参考まで。
お礼
1970年代に高等学校に在学された方の回答はありがたいです。 今とは学習体系や時代が違ってますから当時の雰囲気も分かり、 参考になる点多いです。 有難うございました。
- notnot
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1.時間切れで途中で終わってしまいました。 2.いくらでもありますね。ただ、常識のない人と思われても良ければ、知らなくても日常生活に支障は出ないと思います。他人と政治や国際問題の話は出来ないでしょうけど。
お礼
まさにその通りですよね---。 因みに1.ですが、日本史と世界史のどちらでした?また何年頃に高等学校卒で?
お礼
最後の吉本隆明の意見は面白かったです。