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過去をひきずってしまう

過去に人の悪口、批判、嫉妬、文句、悪態など拒否的な感情を心にいっぱいありました。 でもあるときに願望実現するには上記の内容を捨てないと願いは叶わず、いつまでもマイナスを引きずるような生活をしてしまうと言うこと に気が付きました。 それでなんとか努力して、嫌な面を思わないようにしてきたんですが、 でも人や日常に対して少しでも嫌だなと思うと、悪口や文句のような 感情が出てしまいます。 そうすると「悪口や嫉妬など言ったりすると願いが叶わないなあ」と心に思ってしまいます。 少しでもマイナスを持つと駄目になるなとついつい過去の出来事を引きずってしまいます。 やはり過去に過ちを犯した人は一切思ってはいけないのでしょうか? なんか不安になってしまいます。 ありのままの自分でいなさいと言いますが。 詳しい方のご回答をお待ちしています。

質問者が選んだベストアンサー

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回答No.6

人は誰もが、失敗するもの、うまくいかないものを自覚するようにできています。それにとらわれすぎないようにしましょう。 すごくうまくゆくことは、当たり前すぎて気づくことさえありません。 傷が治ったり、風邪が治ったり、昨日のことを覚えていたり、話が出来たりすることはものすごいことなのです。 こういうことには無関心なのに、不快で後悔ばかりすることはいつまでも忘れられません。でも、この感情は、次にうまくいくようにするための動機と次の回避行動の原動力だから忘れてはならないのです。 とはいえ、それでしかありませんから、その感情だけを再体験するためだけに過去を思い出す必要はないのです。同じ状況に陥ったとき思い出せば十分で、自らのレッテルにしたり習慣にすることはありません。 ありのままの真の自分なんてどこにもありはしません。 自分を作っているのは自分であるのか、周囲や環境など外部がその自分を形成しているかは曖昧なのです。自分があるのでも、外部があるのでもなくて自分と外部との関係性こそが直接的な事柄なのです。そういう中で、自分自身が自分にありもしないレッテルを貼る必要はどこにもないということになります。 そういう意味で、自分自身がありのままでない自分に陥りやすいとは言えそうですね。

noname#60458
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 後で考えたのですが、マイナスのがんじがらめから軽減されたんだと 思えばいいのかなと思っています。 余計なことを考えると失敗することもありそうですね。

その他の回答 (6)

  • noname002
  • ベストアンサー率36% (97/264)
回答No.7

たいへんレベルの高い御回答が集まっていると思いました。 今さら私などが口を挟む余地もないようなものですが、実際的な解決或いは緩和の方法という面から一つ挙げてみましょう。 御質問者様の「願望」というのが、どういったものなのかは分かりませんけれど、確かに、悪感情で満タンになっているような状態だと、次の悪感情を招き寄せてしまうような連鎖現象を知らず知らず引き起こしがちだということは言えるかもしれません。内面に溜め込んだイライラや悪感情が自ずと表情や雰囲気に滲み出てしまって、周囲が敬遠するというようなこともあると思います。 ある年齢から先は自分の顔に責任を持て、というコトバがあります。 御質問者様が挙げられたところの「拒否的感情」一般、これらは普通人には自然にあるものでしょう。不自然になってしまうとしたら、自然にあるものを認めようとしないからだと思います。 ですから、やはり、まずは受容、よく混同されるようですが受容というのは決して開き直りや奨励のことではなくて、ごまかさずに認めるということです。悪感情を生じさせている自分がいることを。 自分にとっての自分をいつもキレイキレイなイメージにしておきたい人には大変な抵抗感があるでしょうが、生じているもんは、しょうがないのです。 次に大事なことは、その悪感情が生じている原因、妥当性、対処の余地、各方面での徹底的な検討です。 これについては、その悪感情が、まさしく自分一個に根を持ったものであって、そもそも不当なものであるという感覚が心底に潜んでいる場合、どうしても直視と分析から逃れようとしますので、非常に困難なことになります。 そこがクリアできているならば、いっそ、その「拒否的感情」に身を委ねきってしまうというのも有効性のある方法だと思います。 恥ずかしながら私などは、どう考えても「こやつは許せん!」と思うときは、それこそ朝から晩まで「このやろう、いっぺん死ねな!」「おまーのような不届き者はロクな死にかたをせんわ!」などと悪態をつきまくります。まぁだいたいは心のなかで、ですが;^^A そうやって徹底的に相手への憎悪、嫌悪を剥き出しにします。そうできるチャンスや必要性を感じたら、実力行使、報復行動に訴えるのを辞さないことさえあります。(これも一種のデトックス?) そうして或る日のこと、憑き物が落ちたみたいに相手に無関心になっていて、どうでもよくなっている自分を発見するのです。 ところで御質問の内容を拝見すると >なんとか努力して、嫌な面を思わないようにしてきた >少しでもマイナスを持つと駄目になる 強迫的な感じを受けます。ほとんど宗教的な感じすらします。 「引きずる」というのは未練がある、出し切れていないものが残っているからです。 こういう「引きずり」の根本には、抑えがたい願望欲望に対して自分の実力では届かない、「戦わずして負けた」という要するに「不完全燃焼」的感情があって、それが引きずらせているのではないかと思います。 ちょっとズレるかもしれませんが、いわゆる「すっぱい葡萄」の心理に共通したものがあるかもしれません。 たとえ勝てなかったとしても、やれるだけのことはやった、と心から自分に対して宣言できるときは案外サッパリした気持ちですよね。 となると、なぜ、やれるだけのことはやった、と自分に対して言えないのか、なぜ、こうもモヤモヤしなければならないのか、を自問しなければならなくなります。 そこでも逃げてしまう人には永久に解決はないでしょう。 自分自身から目をそらさないことが大切なのです。 これらのことを超えることができて、悪感情一般に対し大らかに突き放すことができるならば(そして、そうなれば悪感情を正直に表現することも恐れないはず)、それはそれで、りっぱなことだと思います。 でも、その前には必要な手続きがあるということです。それを、すっぽかして、いきなりオイシイ場所に辿り着くことは難しいということではないでしょうか。無理は禁物です^^

noname#60458
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 確かに他人の態度が明らかに違っていて、つっけんどな態度をしていました。でも今は70%ほど改善できたので、顔の表情も他人が私に対する態度もだいぶ変わりました。 確かに無理や抑えるはよくないですね。 あとで考えたのですが、今までがマイナス感情のがんじがらめだった のが軽減できた!と思えばよいのかもしれませんね。

  • ruehas
  • ベストアンサー率68% (816/1194)
回答No.5

こんにちは。 #4です。 取り急ぎ訂正をさせて頂き、限りなくお詫び申し上げます! 私は類似するニックネームを読み間違い、初対面の質問者さんに対して全く別人の行動分析を行なってしまいました。 話が最初からおかしいですよね。 すみません。 ゴメンなさい。 ご批判もありましょうが、回答の内容は一切の事実と関係がありませんのでご了承下さい。

noname#60458
質問者

補足

回答ありがとうございました。 もしよろしければ、私の行動分析もお願いしたいところです。

  • ruehas
  • ベストアンサー率68% (816/1194)
回答No.4

こんにちは。 そういうことでしたら私の話も聞いて下さい。 私の正体は良くご存知ですよね。 質問者さんは典型的な「内向性」の気質を持っています。 内向性の気質には、 「結果に対して慎重である」 「決して諦めず執念深い」 このような特徴があります。 出典は忘れましたが、これは比較的近年の心理学報告に基づくものです。 質問者さんは何事にも慎重であるため常に完璧を求めてしまいます。ですが、必ずやそうはなりませんので結果に満足ができません。そして、執念深いので結局それを引きずってしまいます。 では、過去に経験があるのにどうしてそれを繰り返してしまうのでしょうか。 それは、質問者さんが今すぐにでも完璧な結果を得ようと焦っているからです。焦っている限り、ありのままの自分は出せません。そして、きちんとした準備を行なわずに結果を出そうとするならば、これでは何時まで経っても堂々巡りです。 では、「慎重」「執念深い」この二つの特徴を活かすにはどうしたら良いでしょうか。答えはひとつです。 それは「常に完璧を目指し、目標を絶対に忘れない」ということです。 これにより、目標を設定して慎重な準備を行なうならば、質問者さんはその執念深さによって五年後、十年後には必ずや最善の結果に辿り着きます。 これが「内向性ならではの底力」であり、目先の結果に満足してしまう「外向性」のひとでは絶対にマネをすることができません。 ありのまま自分であるためには、自分がどのような人間であるかを知らなければなりません。自分の気質を知るというのもそのひとつです。ですが、質問者さんが「本当の自分」というものに巡り会うのはまだ十年も二十年も先のことになります。どうしてでしょうか。 ここで「内向性」と「外向性」では「自分の見付け方」が違います。 質問者さんが本当の自分に巡り会うということは、それは「自分を受け入れる」ということです。このためには、過去の結果の全てを受け入れなければなりません。果たして、執念深い内向性にとってはこれが最も困難です。 今現在の結果になどには絶対に満足できないのですから、質問者さんにそれが訪れるのはまだずっと先ということになります。これに対しまして、外向的なひとといいますのは何でも受け入れられますが、自分を見極めるということができません。 このように、自分というのは時間を掛けてひとつひとつ見付けてゆくものであり、誰にとっても一切の近道はありません。従いまして、現在の質問者さんに焦る必要は全くないです。 因みに私は驚くほど質問者さんと同じ気質であり、一応経験者であります。

  • hakobulu
  • ベストアンサー率46% (1655/3578)
回答No.3

>人の悪口、批判、嫉妬、文句、悪態など拒否的な感情を心にいっぱいありました :悪口と批判は別物です。 文句と悪態も違うものですね。 悪口と悪態は、誤解や非論理的な理由で相手を貶めようとする暴言。 批判や文句は、正当な理由があって相手の過ちをただそうとする行為でしょう。 他者に対する不満をなんでもかんでも抑えつけることが美徳ではありません。 吐き出して然るべきものを無理に抑えつけても、必ずどこかで、しかも関係のないところで噴出すことになるでしょう。 >過去に過ちを犯した人は一切思ってはいけないのでしょうか? :確かに「過ち」であったと自覚したならば謝罪するなり、気持ちを入れ替えればよいだけです。 しかし、正当な批判や文句までも撤回したり、それについて罪悪感を覚える必要はありません。 ただ、何が「>正当」なことなのか、という基準は人それぞれで違うかもしれません。 漠然としていますが、「可能な範囲でより多くの人々が幸せになれるような道」を目指すのが正当なことなのかな、という気はしますね。 >ありのままの自分でいなさい :というのは難しいですよね。 ありのままの自分でいても納得がいくように、常に自分を磨くことを忘れないようにしなさい。 というような意味に解釈するといいのかもしれないですね。 よくはわかりませんが・・・。  

noname#60458
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 悪口と悪態の意味ではなくてあまりよい感情ではないと言う 意味で書いたのです。 他の方にも書いたとおり、自分としては70%改善できました。 そのために顔の表情や自分に対する第三者の態度が変わりました。 確かに抑えるのはよくないですね。 後ほどで考えたのですが、やはり以前のマイナスのがんじがらめから 軽減されたんだなと軽く思ったほうがいいのかもしれませんね。

noname#84191
noname#84191
回答No.2

はじめまして・・ さて、 >>過去に人の悪口、批判、嫉妬、文句、悪態など拒否的な感情を心にいっぱいありました。 とありますが、今は無いと言う事なのでしょうか?? 私など、毎朝目が醒めた瞬間から、この様な感情など山ほどです。 もし、今はないと言うなら、その方法を教えてほしい位です。 >>でもあるときに願望実現するには上記の内容を捨てないと願いは叶わず、いつまでもマイナスを引きずるような生活をしてしまうと言うことに気が付きました。 それは凄いですね。 所で、上記の感情は捨てられましたか? あ、揚げ足を取っているのではないので、誤解なされないで下さいね。 >>それでなんとか努力して、嫌な面を思わないようにしてきたんですが、 でも人や日常に対して少しでも嫌だなと思うと、悪口や文句のような 感情が出てしまいます。 どの様に努力したのでしょうね?? 嫌な面を思わない様にするって・・・出来ましたか? >でも、やはり、少しでも嫌だなと思うと・・・ 問題はここですよね。 心に余裕がある時と言うのか、相手からの刺激がない時には、相手の良い面を考えたりできますが、少しでも刺激があると、その刺激に反応してしまう訳ですよね。 で、反応して悪口や批判が出た自分を責める・・・と言う事の繰り返し?ではないかと思います。 大抵の人がそうではないかと思いますが・・・ 何故、その様な事が起きるのかと、考えたことはありますか? >>そうすると「悪口や嫉妬など言ったりすると願いが叶わないなあ」と心に思ってしまいます。 その様な事はないと思いますが・・・ 安心しましたか? 願い事が叶うかどうかと、悪口や嫉妬心とは直接的には関係ありません。 全く別の問題で、願い事・・・質問者さんの、願い事と言うのがどの様なものかはわかりませんが・・・をかなえるには別の事が必要なだけです。 一寸考えてみれば分かる事ですが、世に名を残し成功者と言われる人達が皆、他人の悪口を言わないとか、批判をしない人ばかりでしょうか? それとも願い事が叶う人は皆聖人君子ばかり?? 質問者さんは、ここに二つの問題を書かれていますが、自覚はありますか? 一つは、悪口や批判・嫉妬が出てしまう事を何とかしたい…と言う事 もう一つは、願いの叶え方・・・ 願いを叶えたくて、悪口や批判・嫉妬をなくしたいのでしょうか? 願いが叶うなら、それらのことはそのままでも良いとお考えですか? それによって、これから先進む方向が替わります。 悪口や批判・嫉妬心の出る場所と言うものがあります。 これは、ご自分でも経験済みでしょうから、よく分かると思いますが、悪口は良くないと思っても、僅かの刺激があれば、直ぐにでます。 悪口は良くない・・・と考える部位と、刺激に反応して悪口を言ってしまう部位が違うので当然の事です。 これを解決するには、一寸思う位では出来ません、もっとも一寸の千倍万倍思っても無理でしょう。 心の仕組みを知って、あるアプローチを、長い時間しなければなりません。 それでも、悪口や批判・嫉妬心など幾らでもでます。 ただアプローチに取り組んだ人は、それらが出ても、出た自分をだめとか、出来ない私・・・などとは自分を責めなくはなります。 また、どうしてそれらの事が出てしまうのかを見つめることはします。 違いと言えばそれだけです。 願いを叶える事などは簡単です。 悪口を言わないと思おうと言う事よりは、と言う意味ですよ・・・ こちらは幾多の成功者と言われる方が様々なことを公開されています。 実効も上がっています。 さて、質問者さんは、どちらを望んでいるのでしょうね・・・ 聞きたかった事と違いましたか?

noname#60458
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 拒否的な感情は70%なくすことができたと自覚しています。 この否定な感情を軽減できたことで顔の表情も他の人たちの態度にも 変化が見られてうれしい限りです。今の状態でもよっぽど性格の悪い 世間で言います、感じの悪い人に接しない限りです(?) 今までは拒否的感情のがんじがらめでしたので、見知らぬ人でも嫌な 態度をされてきました。にらむ人、つっけんどな人です。でも今は 本当に普通の態度なのでよかったです。 少しのマイナス感情 誰でもあるんですよね。こんな感情がないのはお釈迦様くらいかも しれません。 年中口を開けば文句などのマイナス感情を軽減させるということが 良いのかもしれませんね。 言ってもそれを後々しつこいほど思わない、ことにすれば良いのかなと 思っています。 よく他人に言われたものです。口開けば人の悪口、文句悪態ばかりと。

回答No.1

相手の事が羨ましいから、言うんでしょう。 それだけ自身に魅力を感じていないのですよ。 だとしたら努力して自分を磨けばいいことです。 さすれば、マイナス思考も抑えられていくと思います。

noname#60458
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 確かに自分を磨けばいいんでしょうが・・・(苦笑)