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人はどこまで存在したら人?

もしもの話です。 医療技術、科学技術が進歩し、人のパーツを造る事が可能になった場合。(指先~人工脳?) 最愛の人が事故で負傷した場合、例え手や足がなくなってもその人の事を愛する事でしょう。 ●それはどこまでが生きている?人として存在している?と考えるられるのでしょうか? 手足~下半身~首下~脳 脳もデジタル化され記憶や意識、感情もすべて対応できるとなると極論を言えばPCの中にデターだけでも存在している?状態になるのでは・・・ もしくは脳だけが人工脳だと人ですか?

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  • NAZ0001
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回答No.1

「人は?」というより。「他人とは?」で考えるのもおもしろいかと思います。チューリングテストで合格すれば、「自分以外の存在している人」として認識することには、無理はないかと思います。…もっともこれだと、脳関係に障害がある人は、人ではないとなりますが。こういう「人」が「人」として扱われるのは、「人」として認識してあげている「人」がいるというだけの事だとも言えます。 「人と同等の機械」と「人ととして機能していない生物学的な人」の境界を考えるのが、まず肝心かと。

helpshite
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 チューリングテストですか。ウィキでちょっと調べてみました。 中国語の部屋。なるほど、興味深いですね。確かに他がどう認識しているかが重要ですね。 >「人と同等の機械」と「人ととして機能していない生物学的な人」の境界を考えるのが、まず肝心かと。 確かにそうですね、単純には判断できないですね。

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