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ヨーロッパのアラビア文化受容について
十字軍やスペインのレコンキスタなどがきっかけで、 ヨーロッパはアラビア文化に接することになり、 古代のギリシア哲学やアラビア数学などを受容していったという経緯はよく耳にするのですが、 そのようなことを扱った書籍を目にすることがなかなかありません。 なにかお勧めの書籍はなにかないでしょうか? 軽めのものでも専門的なものでも構いませんので、お勧めのものがありましたらよろしくお願いしますm(_ _)m
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十字軍は分かりませんので、レコンキスタについて。 イベリア半島(現在のスペイン、ポルトガル)の「レコンキスタ」は、既にイスラム勢力に占領されていた地域を、キリスト教徒側が再征服(reconquista)したのです。 この時はアラビア文化を受容するのでなく、むしろ排除しました。 (よく知らないのでアラビア文化と呼んでいいのかどうか分からないのですが、ウマイヤ朝はアラブでいいのかな・・・・必ずしもイスラム=アラブとも言えないので) 6世紀にイスラム勢力が地中海を越えてイベリア半島に渡って来て以来、約8世紀の間、イスラムの王朝がイベリアの大部分を支配しました。 それでイベリア半島にイスラム文化が入ってきたのですが、積極的に受容しようとして受容したわけでなく、攻め込まれて占領されたからです。 支配者側はキリスト教徒やユダヤ教徒を受容して、改宗を迫ることなく共存させたそうです。 でも中世コルドバのユダヤ人哲学者・マイニデスはユダヤ教徒ということで迫害されたそうなので、迫害もあったみたい。 http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/shinpi/maimonidesu.htm レコンキスタ以降、キリスト教勢力(カトリック両王)は、イスラム教徒やユダヤ教徒に改宗か国外退去を迫りました。全国的に。 レコンキスタ中の頃の話だったら、古本で買った『スペイン女王イサベル』(朝日文庫、小西章子)が面白かったのですが・・・。 http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%99%E3%83%AB%E2%80%95%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%A0%84%E5%85%89%E3%81%A8%E6%82%B2%E5%8A%87-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B0%8F%E8%A5%BF-%E7%AB%A0%E5%AD%90/dp/4022603119 グラナダやコルドバなどアンダルシア地方を紹介する本やガイドブックを読むと、イスラム時代について少し紹介されていると思います。 スペイン語や英語だと、子供向けに「アル・アンダルスの暮らし」みたいなイラスト入りの薄い読み物や絵本が出ているんですが・・・・ 行ったとき土産物屋で買ってきました(^^; 日本語で手軽な本があるのかどうか分かりません。 最後に陥落したのはグラナダでした。アルハンブラ宮殿。 コルドバにはメスキータ(モスク)がありますが、これは15世紀?いや13世紀?にキリスト教徒が征服し、改造してカトリックの礼拝所みたいなのを中に作ってしまいました。 臣下が良かれと思ってやったのが、カトリック側の王様には不評だったような話を読んだ記憶があります。 アルハンブラやメスキータは現在、観光名所&世界遺産になっています。 まだ読みかけなのですが『スペイン巡礼史』(講談社現代新書、関 哲行) に、イスラムの巡礼やコルドバのマイモニデスの名前が出てきたので、もしかしたら何か参考になることがあるのかもしれません?? 巡礼を観光の見地から考察したりしている本ですが、最初のほうを読んだ限りでは観光的側面を強調しすぎな気も・・・・ でも昔の巡礼宿を描いた絵があって面白かったりもします。 http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=1498207 ウィキペディアによると、 「カトリック両王は軍事的には確かにイスラムを征服したが、文化的には遂にイスラムを屈服させられなかった。」とも言われるそうです。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AB%E3%82%B9
お礼
挙げてくださったサイトを巡り巡って、 講談社学術文庫から出ている『十二世紀ルネサンス』という本を発見しました! 文化的側面からみると十字軍はあまり寄与するところがなく、 仰るようにレコンキスタのほうが重要みたいですね。 回答ありがとうございます♪