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「春が来た」は明治の人間にとって翻訳調にきこえた?
「春が来た春が来たどこに来た」 これは安藤貞雄さんによると<スル的>な言語の発想(英語など)であって、日本語の伝統では<ナル的>な言語だそうです。それが証拠に「春になる」とふつう言います。 では、「春が来た」と言う表現は、いまでこそ違和感はまったくありませんが、明治のころの日本人にとって違和感のある、翻訳臭のある表現に聞こえたのでしょうか?
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- ANASTASIAK
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