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勉強って将来役に立ちますか?
私は今中三です。 毎日勉強していて思うのですが、今勉強していることって将来社会に出て働く ようになったときに役立つんでしょうか? 例えば数学では、因数分解や証明などを学びますよね。 その知識って大人になったときに使うことがあるんでしょうか。 私にはその分野の専門家にでもならない限り意味が無いように感じるのです。 皆さんは、中学校や高校で習ったことが役に立ちましたか? 勉強していて良かったと思いますか? また、「こんなの習っても全然意味なかった」という意見や、「役に立たないと 思っていたけど、こんなところで役に立った」というような意見も聞きたいです。 よろしければ教えて下さい。
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必要ですね。中学までの知識はやはり、義務教育と言うだけあって、必要になる場面が多いです。 将来一人暮らしをするようになって、アパートを契約したとき、何と何と何のスイッチを入れればブレーカーが落ちるか、分からなければ毎日停電してしまいますね。 証明が分かるようでなければ、いくらでも騙されますね。また、自分で非論理的な意見を言ってバカにされるかもしれませんね(実は証明問題は国語の問題ですからね)。またちょっと論理的な文章を出されるとすぐ「自分には分からない」といって「バカ」を演じなければならないですね。 ローンを組んだとき、いくらをどれだけの期間払いつづければいいのか、また収入の状況が変わったときそのローンがどうなるのか、ぱっと分かりませんね。因数分解や微分積分なんて18世紀の産物ですから、それすらわかっていないようでは、今現在の科学は到底理解不能でしょうね。 化学を知っていれば、こないだの中国産の薬品の事件ではないですが、ニュースで名前を聞けば構造式がすぐに思い浮かび忘れにくくなりますし、次に同じ物質名を見ればすぐに思い出して「コレ、大丈夫かな?」と思いやすくなりますね。また、物質ごとの性質を覚えていれば、ニュースになる前に気づくことができるかもしれませんね。 お医者さんに言われた通りに薬を服用していても、お医者さんだって人間ですから間違いはあります。そうしたときに気づくことができますね。知識がなければ、政府の発表やマスコミの報道、エライ人の意見を信じるばかりで「自己判断」ができなくなりますね。 これに関しては、政治の話はもっと深刻で、「自己判断」ができないために自分の国が悪い方向へいくのを止められず、気が付いたら戦争をしていた、なんて事態にもなりかねません。 成人したら自己判断できるようになりたいですか?そうですね。あなたの周りの人だって、そのようになって欲しいと思ってますよ。選挙で誰に投票したらいいのかお母さんに聞くわけにはいきませんからね。 そのための判断の材料となる知識を、今、学校で習っているのです。高校ではもうちょっと高度な知識はもちろんですが、その活用の仕方を習います。 21世紀までの知識を得るということだけで言えば、現代文と英語は中学生でゴール、古典と社会は高校生でゴール、数学と理科は大学生でゴールです。つまり、センター試験では英語・国語・社会では6割くらいは取れなきゃいけないということですね。仮に高校生で勉強を終わりにした場合、数学と理科の知識は18世紀でストップします。 その後大きな発見があったとしても、それがどのような内容なのかは分からず、したがってどれだけ危険なものかも判断できません。原爆がどれだけ危険なものかは分かりますね。それは事例があるからですね。じゃあ、新しい爆弾ができたら、また実験しますか?そんなことはできないですね。 あなたの町に原爆を持ち込むという話になったら、賛成しますか、しませんか?それはなぜでしょうか?まずはそこから考えてみてください。そして、理由の部分を疑ってみてください。どこからその知識が出てきたのでしょうか。 それでは、長々とすみませんでした。
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- marimo_cx
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> 今勉強していることって将来社会に出て働く > ようになったときに役立つんでしょうか? 根本的に発想に問題があります。 そもそもbittersweet878さんは人生の目的が社会で働くためなんですか?普通社会に出て働くのは生きていく上での手段のひとつに過ぎません。『働く』の内容だって方法・手段は多岐にわたります。 勉強は将来働くためと多分学校で言われつづけているためにそのことに何の疑いも持っていないのかもしれませんが、学問なんてそもそも趣味の延長のようなもんです。そして、私の場合、中学高校で習う事なんて遊びのツールとして基本中の基本、無きゃ話にならんです、遊べもしない、なしで遊んでたら死にますよ。山を歩く、模型を作る、うまいものを作る、など。 学問は食いぶちにも出来ますが、それ以前に自分の都合の良いように、問題をいいように解決するためにいくらだって使えます。そもそもその『都合の良いように』も、実社会では“労働にも流用できる”ということであり、労働のための勉強と言う考え方は私は本末転倒であると考えています。『なんの役に立つの?』っていうのは大間違い、本人が『何に役立てるか?』です。 なお、大学って世の中では学歴のために行くのが一般的のようですが、私は趣味の延長として行きました。ですので教授との折り合いは悪かったですね。( ̄ー ̄)にや
お礼
回答ありがとうございました。 >そもそもbittersweet878さんは人生の目的が社会で働くためなんですか? いえいえそんなわけはありません。ただ、いま(これから)勉強している(する)ことは、「私生活」ではなく、 どちらかというと「仕事」で使う方がありえるかなーと思いまして。 「知識を詰め込む」わけではなく、知識+「考える力」を身に付ければよいのでしょうか。 そうしたら「何に役立てるか」というのもわかってきますかね? 少なくとも、今の私には(これに限るわけではありませんが)因数分解や証明は、 まだまだ役に立たせそうにないです;
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お礼
たくさんのことを例に挙げてくださり、ありがとうございます。 原爆のこと。もちろん賛成しませんね。 原爆は恐ろしいですから。 そしてその知識は勉強して得たものでした。 たしかに今当然のように「常識」と思っていることも、勉強しなければ 分からなかったですね。 もっと勉強、「学ぶこと」へのありがたみを感じたほうが良いと思いました。 回答ありがとうございました!
補足
まだそんなに時間が経っていないのに、たくさんの回答、アドバイスありがとう ございます。 「なるほどな」と思うことがたくさんありましたし、とても参考になりましたので ちょっと早いかもしれませんがここで締め切らせて頂きます。 一人一人の方へのお礼も遅くなるかもしれませんが必ず書きますので、もう 少しだけお待ち下さいませ。