- ベストアンサー
「子供」は複数か
子供はそれ自体複数でしょうか。「子供達」というのは実はおかしいのではないかと思います。 子(単数)子供(複数)子供達(矛盾) ではないでしょうか。
- みんなの回答 (4)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
確かに不思議なので私も調べてみました。 ヤフーさんの辞書には こども 【子供】 《「ども」は接尾語で本来は複数であるが、今では多く単数に用いる》 〔補説〕 「ども」は複数を表す接尾語 [1] 自分の得た息子や娘。古くは複数をいった やはり時代が進むにつれて単数化してしまったんですね。 日本語は英語と違って「a」「~s」のように単複をはっきりさせるような言語ではないた「子供」ではどっちの意味でもとる事が出来るので、「達」をつけなくても複数で通じると思います。 でも 今では「達」をつけたほうが複数であることを明確にあらわせてる気がします。
その他の回答 (3)
- code1134
- ベストアンサー率20% (703/3370)
"子供達を寝かしつけてね!!"等の言い方がなされるのですから、私は(2007年3/17)現時点で子供=単数で子供達(or子供ら)=複数で差し支えないと思います。 http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BB%D2%B6%A1&search_history=%BB%D2%B6%A1&kind=all&kwassist=0&mode=1&all.x=27&all.y=6
お礼
字義からいうと複数ですがね。変化してしまいましたね。
- kyouzaiya-k
- ベストアンサー率66% (199/301)
以前、別サイトで、関連した事柄について調べて解答したことがあります。下に貼っておくので参考になさってください。 「ども」は、人を表す名詞や代名詞について、主として複数を表す接尾語です。同じようなものに、「ら」「たち」「方」などがあります。 「ども」は、もともと「たち」に比べて敬意が低く、主に目下、あるいは蔑視する対象に向けて使われました。 現在では、「この小役人どもが。」のように上記の意味で用いるほか、「私ども・手前ども」など自分がたの人間につけて、謙譲語としても用います。 「子供」の「供」は、「お供」のような目下の意味を表す言葉(漢字)だと言うことで使用が忌避され、「子ども」という書き方が広まったのではないでしょうか。 しかし、上記のように「ども」はひらがなであろうと、もともと目下を表す意味なのです。 「供」と書こうが、「ども」と書こうが、意味に何の変わりもありません。 そもそも、今では「こども」という語に「目下」という意識を持つ者は少なく、「供」に「お供」の意味を感じることも一般的ではないと考えます。 昭和23年に告示された「当用漢字音訓表」では既に「供」に「とも」の訓が示されていましたが、教育現場では、「子ども」という表記がしばらく一般的でした。それは、「私たち」の「たち」を「達」と書かないことからの連想が原因ともされています。 「達」の音は「タツ」であり、上記のように和語である「たち」にはあてられない(「友達」は熟字訓=例外)。よって「私達」は誤りであり、「私たち」と書くべきである、ということです。この考え方は現在まで踏襲されています。 「こども」の場合も、この「ども」はいわゆる、「供」や「共」の「とも」ではない。つまり「子ども」を「子供」と書くのは当て字なので、「子ども」と書くべきだ、ということです。 しかし、昭和61年内閣告示「常用漢字表」の「供」の例欄に「子供」が掲げられたことによって、それ以降、「子供」という表記が採られるようになりました。この、常用漢字の判断自体には、私も何か割り切れない感じがします。 そしで、現在、公用文や義務教育で使う教科書(国語)では、「子供」という表記法をとるのが主流です。(「供」は小学六年配当の漢字なので、それ以前の教科書〈小1~5では「子ども」としています。もちろんこれは、社会の一部で「子ども」と書くのとは次元を異にします。) しかし、新聞や放送(テレビ)、あるいは国語以外の教科書、学校外の教育関連施設では、今でも「子ども」という表記が使われています。これには、前記のような「ども」や「供」に対する偏見や、昭和61年以前に「子ども」を刷り込まれたことが影響していると考えます。 国語では「子供」、国語以外の教育関係や人権意識に過敏な層は「子ども」、一般の方は各自それぞれの好みで使っている、というのが現状でしょう。 私自身は国語教育の末席にいることもあって、「子供」を使っていますし、それに違和感はありません。差別云々というのはナンセンスであると思います。ただ、上でも少し触れましたが、本来「供」をあてられない「ども」にそれをあててしまったことに対しては、スッキリしないものを感じています。 ウィキペディアの下記の記事では「教育の世界では」というところに事実誤認があるので、機会があれば書き換えたいと思います。上記の通り「国語教育」では「子供」の表記が使われています。 >教育の世界では「子供」ではなく「子ども」と表記することが、現在の慣習となっている。 ●追記● ウィキペディア編集しました。甚だ僭越ではありますが、国語教科書における状況を書いておいたので、よろしかったらご覧ください。
お礼
表記の変遷についてよくわかりました。ありがとうございます。
- YNi2B2C
- ベストアンサー率13% (21/156)
高校時代に、国語の授業で聞いたのを思い出しました。 昔は、確かに子「供」で複数形を表していたようですが、 最近では「子供」でも単数の意味として扱われる場合が あるようです。 従って、古文の文法的には間違っているかも知れませんが、 時代の変遷と共に曖昧になってきた、といったところでしょうか。
お礼
そうですね。慣習というのは字義を変えてしまうようです。
お礼
やはり、古語的には複数でしょうね。日本語というのは、どうもあいまいなところがあって、単複が時々わからなくなります。