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「泣く子と地頭には勝てない」という言葉の意味するところについて
いつもこのサイトで皆様のご意見を伺い勉強させて頂いております。 さて、泣く子と地頭には勝てないという言葉があります。 この場合に地頭に勝てないのは、農民なのでしょうか、それとも 貴族や寺社などの荘園領主なのでしょうか? またいつ頃からこの言葉が世間的に広まったのかをご教授願えると 大変有り難いです。 どうぞよろしくお願いします。
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- AUGQX-MAN
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両方です。 泣く子供にはどんな人が相手になっても勝てませんよね。 それと同じで、地頭にはどんな人が相手になっても 勝てなかったのです。 実質的に土地を支配していた地頭は 農民を脅迫的に使役したり、荘園領主には年貢を 納めなかったりと好き放題に現地で支配を固めて いったのです。 もちろん、荘園領主から幕府への訴えて裁判に なる事もありました。たいていこういう場合は 荘園領主の訴えが認められる事が多かった (御成敗式目でも地頭は荘園領主に年貢を納める 義務は明記されていました)のですが、 それにも関わらず現地を実質的に支配している 地頭は命令を聞かず力を伸ばしていきました。 つまり、武家の棟梁である鎌倉幕府ですら、 地頭を命令に従わせられなかったんですね。 時期についてですが、鎌倉幕府が朝廷に地頭の 権利を認めさせたのが1185年の事で、 1232年に施行された御成敗式目でわざわざ 明記するあたりその当時から地頭の横暴は 問題になっていたと思われますので、 世間的に広まったのはこの辺りだろうと考えて 良いと思います。
- 風車の 弥七(@t87300)
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地頭に勝てないのは農民です。 地頭は権力者で無理に従うしか有りませんでした。 鎌倉時代から広まったそうです。
お礼
早速のご返事有り難うございました。 勉強になりました。
お礼
詳細な解説有り難うございました。 なるほど両者にとって地頭は勝てない相手だったのですね。 それにしてもよく細かいところまでご存じですね。 新年早々感謝いたします。