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虐待の描写から目をそらせない私は?
テレビ、ネット等で幼児虐待の描写があるたびに、目が釘付けになってしまいます。 見ていると、吐き気もしてくるし、胸も痛み涙も出ます。 特に幼少時代虐待をされていたわけでも、今子供を虐待しているわけでもありません。 なのになぜこんなに目が離せなくなってしまうのでしょうか?自分が怖いです。 そういう心理状態はどういうことなのでしょう?
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日本では死・暴力・病気・障害なんかすぐ隔離して 健全に暮らしているように「錯覚」することもあるのですが、 生きている以上それらは当然あってしまうもので、 無くせるものではないですよね。 私的には暴力以外、 共存してもいいかなと思っていたりします。 私も戦争の映画や虐待の漫画を読んだりしますが、 戦地に行きたくはなりませんし(笑) 虐待したくなったりしてません。 死体が転がっていても 知らんぷりで誰もが通り過ぎる国もあります。 そういう感覚がマヒした状況でないことは 周囲も自分も健全に保てているからだと思います。 夢占いでは 人を傷付けたり、戦ったりするのを見るのは 「守りたい、悲しませたくない、もっと強くなりたい」 という潜在意識があるからということですよ。 恐怖を意識することと、 実際に行動するかは全然別ですよ。 natsu121さんの感受性の高さは 比例して「ささやかな幸せ」も大事にしている と思いますよ。
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- luune21
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激しく共感しようとするからです。共感の対象は、人によって被虐者、加虐者、またはその両方(リストカットする人なんかはこれ)であったりします。しかし、ここで、私や質問者さんが、いったい誰に共感しようとしているかは問題にはなりません。というのは、行為は違っても、それらはすべて同じ衝動からきているからです。 この衝動とは「生の実感欲求」です。つまり、生きている喜びを感じたいのです。ま、だいたいの赤ん坊のときから始まる人間の欲望の正体はほとんどこれなんですけどね。虐待された人に共感する-痛い、苦しい、でも私はあの子ではない-ということが快感なのです。一方、虐めたい側は虐めるという行為への共感が即快感につながります。しかし、虐めた本人は私ではない、そこで欠落感が生じて模倣したいという欲求がつのることになります。 よく残酷な映像にショックを受けた後は性交渉をもちたくなるといわれます。これは「生きている喜び」をもっと実感したくなるからでしょう。死への不安から子どもを作りたくなるのと説明する人もいるかもしれません。そこまでいくとちょっと迷信じみてきます。 虐められた人に共感する人は、落ち込んだような感覚があるかもしれませんが、しかし、実際は、虐める側への共感と同じ「ハイ」な状態です。これは、脳内物質が関係しています。「ドーパミン」なんかでgoogle検索すればいろいろ面白いと思いますよ。実際は、この脳内物質による科学的な説明のほうが心理学的な説明より合理的です。 残酷な映像をたくさん見れば痩せられる、なんてことも…
お礼
科学的説明をしていただけたことで、深層心理的なものでないと分かり、今の自分に納得することができました。 「難病からの生還」などからも目が離せないのとも類似しているということでよいのでしょうか? 下の方にも書きましたとおり、目が離せなくなったのは子供を出産してからのような気がします。独身の頃はまったくそのようなニュースに共感しなかったような気がします。 こういうことを質問することに迷いがありましたが、 的確な回答いただけたことで、心が安定しました。 回答いただいたみなさま、本当にありがとうございました。
- adaypajimy
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人がホラー映画を見るのは何故なのか、っていうのと似ているのではないでしょうか。怖いものみたさで、死とか血とか暴力とか…自分の生と対照になる、人間の興味あるモノのひとつだからこそ、見たくなっちゃう人がいます。 だから、そういう虐待サイトだったり、いわゆるグロ系のコンテンツのサイトが沢山あるんですよね。ついあると、興味をもって凝視してしまうのは、無意識のそういう衝動なのではないでしょうか。 新聞を読んでいて、視界におっさんの写真があっても、見つめないけど、対になる生命に直結する…例えば戦争で人が傷ついた写真があったら、普通はこっちの方に目がいくと思います。それと同じようなことでしょう。自分の興味あるモノを人は見たがります。
お礼
ホラー映画と似ているということで、なんとなく理解できた気がします。 ちょっと気持ちが楽になりました。 回答ありがとうございます。
お礼
夢占いの 「守りたい、悲しませたくない、もっと強くなりたい」というのを読み、納得できました。 質問のような状態は、思い返せば子供ができてから始まった気がします。 とても、心が軽くなりました。ありがとうございました。