こんにちは。
「記憶の二重モデル」といいますのは、「記憶を作成するための作業」と「記憶を貯蔵するための機能」、我々の脳内ではこのふたつが「分離・分業」されていることを述べるものですよね。このうち「作動記憶」や「リハーサル」といったものは「記憶の作成機能・学習機能」として働くものです。
質問者さんもお勉強なさった通り、「前向性(順行性)健忘」といいますのは、この「記憶の作成機能」に障害が発生するため、発症後の新たな記憶の学習・獲得ができなくなってしまうというものです。これに対しまして、「逆行性健忘」といいますのは「記憶の貯蔵機能」の方に発生する障害によるものです。このため、それは記憶の獲得機能に障害がなくとも、発症以前のことがきちんと思い出せないといった症状として表れることになります。ですから、まず記憶の作成機能に当たります「作動記憶」や「リハーサル機能」といったものは、こちらの「逆行性健忘」には全く関係がないと考えて頂いて良いと思います。
二重モデルで表されます通り、我々の脳内では「記憶の作成機能・学習機能」と「記憶の保持機能(貯蔵機能)」は構造的に「機能分離」されています。どのように分離されているかと申しますと、二重モデルなどで扱われます「顕在記憶」といったものの場合でありますならば、記憶の「作成」に当たります「短期保持」「認知」「リハーサル・学習」といった作業を行っていますのは「海馬」を中心とする「側頭葉知覚連合野」であるのに対しまして、主に「前頭葉」などの「皮質連合野」では「長期保持」のための貯蔵庫としての役割を担い、「視床」や「乳頭体」などの機能がその「再生・再現」を補助しています。
「前向性健忘」や「逆行性健忘」は「器質性健忘」といいまして、脳の損傷によって発症するものです。ですから、脳の記憶機能は「獲得・学習」と「保存・再生」とに完全に分離されているわけですから、どの機能が損傷したかによってどちらが発症するのは自ずと決まっていしまいます。このため、「器質性健忘」といいますのは、損傷の発生した部位によって「前向性」か「逆行性」かの二種類にはっきりと分類することができるというわけです。
脳の損傷には、例えば外傷、脳卒中、腫瘍、高齢者障害などといった要因があります。このようなものが記憶貯蔵庫であります皮質連合野や、あるいは視床・乳頭体といった部位に損傷をもたらしたものが「逆行性健忘」でありまして、記憶を保持していた神経回路そのものが壊れてしまったり、知っているはずのものが思い出せないといった症状が表れます。如何なるわけか、このようなものは発症から順に過去の方に進行してゆくという傾向を持っているようです。
これに対しまして、作動記憶やリハーサルなどといった「海馬」の記憶獲得機能が損傷されますと、新しいことが覚えられない、あるいはきちんと整理して記憶することができないといった「前向性健忘」あるいは「前向性学習障害」になります。このような記憶は当然、そもそも覚えられなかった、あるいはあやふやに覚えてしまったということになるのですが、とは言いましても、これが既に脳内に学習・獲得されてしまっている発症以前の記憶情報に影響を及ぼすということはありません。これは、「器質性健忘」というものが脳の損傷に起因するものであり、我々の脳内では「覚える機能」と「思い出す機能」が構造的にはっきりと分離しているからですね。ですから、海馬などの機能損傷によって発生するのは飽くまで「前向性健忘」の方でありまして、「逆行性健忘」が発症してしまうということは、脳の構造上、間違ってもあり得ないというわけです。
因みに、私は英語が読めませんが、
「前向性健忘:anterograde amnesia」
「逆向性健忘:retrograde amnesia」
ということだそうです。
補足
詳しく回答していただきありがとうございました! この回答いただいた内容に関して参考となる文献あるいは基となっている文献などがあったら教えていただけませんか?