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未遂の境界
ふと思ったんですが、例えば詐欺や恐喝など金目的で相手に悪意を向けその結果まんまと金をせしめた場合と、たまたま被害者が賢明だった為に金をせしめられなかった場合。 犯人の悪意は全く同じなのにこの罪が裁かれた時、その量刑に差が生じるのですか? 殺そうと意志を持って人を刃物か何かで刺した時、被害者が死んでしまえば「殺人」ですよね。でも同じ程度の傷でたまたま被害者が生命力の強い人だったとか、たまたま運び込まれた病院の医師の腕が良かったとかで命を取り留められたなら「殺人未遂」ですよね。 「被害者のおかげ」で刑が甘くなるって、ある意味理不尽じゃないですか? 「殺人」などはともかくとして、詐欺などの場合は犯人の刑をみすみす軽くしてやるのは癪に障るからと言ってあえて10円だけくれてやったりすれば今度は「未遂」じゃなくなるのですか?・・(笑)
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いくつか補足します。 >心の中だけで「思う」ことなら誰でも一度や二度はあるでしょうしね。 未遂罪のキモは「実行には着手している」ことです。 思うだけなら実行にも着手していないので、 未遂罪を罰する犯罪であっても罰することはできないです。 # どの時点で「実行の着手」があったかの判断は、刑法学の一大論点。 >でもそういう場合は >→>したがって、結果が起こらなければ、量刑どころか処罰されないのが原則。 >こうなってしまうのでしょうか? まずおっしゃる例について言えば、恐喝罪は未遂罪も罰せられるので、そうはならないです。 んで、一般論としては、 >なんか、理不尽。 「犯罪は既遂のみ罰するのが原則」という中で未遂罪も罰する場合がある根拠って つきつめれば、まさにその「なんか、理不尽」という価値観だと思いますよ。 立法担当者の中で、その価値観が働いた罪について 未遂罪が設定されている、ということでしょう。 他の方の回答に対して >人によって理不尽に思える場所が違うかも知れません。 と書かれていますが、その中で、それなりに支持されている価値観が 今の法律に反映されているわけですから…。
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- dracula
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障害未遂は、犯人の意思によらないで、犯行を遂げなかったときのことをいい、これに対し、中止未遂といって、犯人の意思により、犯行を遂げなかったときのことをいうのがあります。 障害未遂は、刑を減軽することができるとし、中止未遂は、刑を減軽、又は免除することとなっております。 殺人未遂や窃盗未遂、殺人、窃盗などなど、被告人に対する求刑からして、犯行の程度のよって差が有りますよね。 ですから、障害未遂に関して、どのくらい刑が減軽されているのか一概には言えないと思います。 10円くれてやるのならば、せめて千円くらい盗まれてあげて、窃盗にしておきましょう・・・(笑)
お礼
確かに「中止未遂」なら減刑も理かな、と思います。 加害者の意思によってますからね。 窃盗未遂っていうのも、状況によるけど許せる余地があるかな~。 大きなお屋敷だったから、金目のものが何かあるかと思って侵入したけど、 突然、自分が恥ずかしくなって何も盗らずにまたコッソリ退却した。とか・・。 こういうのは許せない、これなら許せるっていう感覚って個人的なものでしょうからね。人によって理不尽に思える場所が違うかも知れません。
- nep0707
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>ふと思ったんですが、 素朴な疑問ほど怖いものはないですよね~(笑) >犯人の悪意は全く同じなのにこの罪が裁かれた時、その量刑に差が生じるのですか? 差は生じます…というか、犯罪は「結果が発生して」初めて成立し、 結果が発生しなければ犯罪にならないのが大原則なんです。 (細かいことを言えば犯罪の種類によって「結果」の考え方も変わりますが) したがって、結果が起こらなければ、量刑どころか処罰されないのが原則。 しかし、一部の重大な犯罪のみ、結果が発生するに至らなくても 実行に着手するだけで処罰する規定を設けているわけです。これが未遂罪。 つまり、本来は既遂じゃなければそもそも処罰しないのが原則で、 未遂も処罰することこそ特殊なわけです。 たとえば殺人は (1) 人を死なせる意思のもと人を死なせるような行為を行い (2) 人を死に至らしめる …これがそもそも刑法199条にいう「人を殺」すことの定義ですから、 (2)まで達していなければそもそも199条の要件を満たしませんから、 本来殺人罪不成立なわけです。 しかし、殺人という犯罪の重大さにかんがみて、『特別に』結果発生に至らなくても =つまり上記(1)だけでも処罰するように刑法203条で定めているわけです。 これは突き詰めれば「(国家権力による強制である)刑罰をどういうときに発動するか」 という大きなテーマにもつながる難しい問題ですが、 「刑罰の発動はどうしても、というときだけ」という思想が基本にある近代国家では たいてい上記のような定義になっていると思いますよ。 >あえて10円だけくれてやったりすれば今度は「未遂」じゃなくなるのですか?・・(笑) 詐欺罪が成立するためには「だまされたことによる財産処分」が必要です。 財産処分がだまされたことによるのでなければ、詐欺罪は既遂とはなりません。
お礼
ありがとうございます。 >結果が発生しなければ犯罪にならないのが大原則なんです。 確かに軽い罪に関してはそうですね。 人の心までは裁けませんから、実行したら間違いなく犯罪になることでもそれを理解しているうえで心の中だけで「思う」ことなら誰でも一度や二度はあるでしょうしね。 でも殺人など重大な罪ではないとしても恐喝等は明らかに相手に対して行動を起こしてますし被害者はお金を取られなくても明らかに被害を受けます。 もし私が他人から恐喝されたり、詐欺と思われる文書などが自分に届いたりしたらお金は絶対渡しませんが、警察に相談するし、可能なら被害届を出して立件したいです。 でもそういう場合は →>したがって、結果が起こらなければ、量刑どころか処罰されないのが原則。 こうなってしまうのでしょうか? なんか、理不尽。
- merlionXX
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刑法第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。 「人を殺した者」ですから、死ななければ殺人とはなりません。 第43条 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。 つまり途中で犯罪を中止した場合、刑を減免するのに対し、結果として死ななかったということでは「刑を減軽することができる」の規定ですから、軽くしなければならないと決まっているわけではありません。 > 詐欺などの場合は犯人の刑をみすみす軽くしてやるのは癪に障るからと言ってあえて10円だけくれてやったりすれば今度は「未遂」じゃなくなるのですか? 相手が嘘を言っていると知りながら、あえて10円だけくれてやったのなら、だまされていないので詐欺になりません。 本人が騙されたと言い張ったら? 10円でしょう?「零細な反法行為」として可罰的違法性が無いとされるのではないでしょうか?
お礼
ありがとうございます。 なるほど、あくまでも「被害者のおかげ」だけの結果責任については減刑されない場合もあるのですね。疑問が解けました。
- walkingdic
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未遂に対する処罰...「悪意を持ったこと」に対する処罰 殺人(一例)に対する処罰...「悪意を持ったこと」+「結果責任」に対する処罰 業務上過失致傷に対する処罰...「結果責任」に対する処罰 と考えれば合理的ですよね。
お礼
ご回答ありがとうございます。 仰るとおり、大変合理的なご回答でしたので、回答者さまの言葉をそのまま引用させていただきますと、 私の個人的な見解では「結果責任」より「悪意を持った事」が最も重い罪と思えるんです。 ですから業務上過失致死(傷)と殺人(傷害)との間の量刑に差があるのは納得出来るのですが、殺人と殺人未遂との間に大きな差が出来るのはなんだかな、と思ってしまったんです。 他人に殺されそうになって大怪我を負えば、例え命が助かってもその後の精神的、経済的被害などは計り知れないでしょう? どうせ人を殺めようなんて考えを起こす奴はもともと損害賠償等にも応じない(応じられない?)場合が多いでしょうし、被害者は殆ど泣き寝入りでしょうからね。 日本の法律ではその辺のフォローはどうなのかな?と思いました。
お礼
丁寧なご回答ありがとうございます。 >「犯罪は既遂のみ罰するのが原則」という中で未遂罪も罰する場合がある根拠って つきつめれば、まさにその「なんか、理不尽」という価値観だと思いますよ。 立法担当者の中で、その価値観が働いた罪について 未遂罪が設定されている、ということでしょう。 この部分のご説明により全て疑問が氷解しました。 ># どの時点で「実行の着手」があったかの判断は、刑法学の一大論点。 そうなんですね。法律は厳密には完全ではないと思うけどそれを使用する人間の方が人間にしか出来ない「臨機応変」とか被害者を慮る気持ちの部分とか、上手く使える世の中になればいいと思っています。 ありがとうございます。