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日本の自然破壊とナショナリズムの喪失
- 新ゴーマニズム宣言を読んで、日本の自然破壊とナショナリズムの喪失について考えています。
- 日本の近代化に伴い自然は破壊され、八百万の神の尊厳は薄れ、無宗教な日本人が生まれました。
- 自然を破壊したことでナショナリズムを失い、裕福な暮らしへの欲望がエスカレートすればするほど日本人はナショナリズムを失う可能性があると考えています。
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「個の確立」 の部分がもう一つわかっていただけないようなので、この点再度述べさせてもらいます。 職の話は例示と言うか、確立していないことの一つの結果として挙げただけですので、余り重きを置かないでください。 最も重要なのは、すべてを疑って見ることです。「昔からこう」 な内容が、本当に意味があることなのか、「みんながそうしていること」 が、本当に意味があることなのか、考えてみることです。本当に意味があることであれば、 考えれば考える程、「そうする」 ことが如何に大事か、明確になってきます。また、他の人から 「何故そうしなければならないのか」 と問われたときに、相手が納得できるように説得することも可能になります。 ところが、大して意味もない単なる慣習的なもの (極端な例を挙げれば 「女は不浄」) であれば、考えれば考える程、その不合理性が見えてきます。 このように、自分で論理立てて考えていくことで、そこに一貫した 「ものの見方・考え方」 ができてきます。これが 「個の価値観」 です。回りに流されず、「何故自分はそうするか」 を他者に説明できるようになるのです。 >日本の宗教は民族宗教である神道であって、それは日本人の精神に余りにも深く入り込んでいるために、日本人自身が全く神道的な物の考え方を自覚できないように思います。 と No. 6 の方が述べておられますが、何故自覚できないか、考えないからです。「いただきます」 は自分も言います。それは、神道とは関係なく、生きるための食を与えてくれる (中にはそのために生命を捨てている生物もいるのです) すべてに感謝する気持ちがあるからです。自分で食料作れますか、たとえ百姓であっても、大地の恵みなくては、一粒一穀すら作れないのです。その恵みが神道に由来する必然性は一切ありませんが、やはり大地の恵みはあるのです。「疑ってかかる」 ことから、得られた結論です。 ただ世間の風潮に乗って、自分の考えを持たずに来た結果が、今の状態を招いていると考えています。方法論は、疑ってかかることです。「何時までも不良のままでいる」 ことです。ただし、「不良って言うのは暴力じゃないんだ、体制に対する素朴な疑問を持ち続けることなんだ」 (by SAYAKA)。
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日本の宗教は民族宗教である神道であって、それは日本人の精神に余りにも深く入り込んでいるために、日本人自身が全く神道的な物の考え方を自覚できないように思います。 自然崇拝、御霊信仰、先祖崇拝、穢れの概念、言霊・・・ 日本では食事のときはいただきます、と言います。 【いただく】 頭にのせる、高くささげる、崇めて大切に扱う、「もらう」の謙譲語、「食う、飲む」の謙譲語・・・ 私が勝手に考えた説ですが、食事するのに誰に卑下謙譲しているのかというと「食材」に対してだと思います。肉や魚に対して、自分の肉を与えてくれて私を生かしてくれてありがとう、というような意味だと思います。こういうものが日本人が自覚できない神道的な物の考え方ではないかと思います。 キリスト教では感謝するのは「神(主)」に対してですね。 動物を簡単に捨てるのも「自然に還す」という発想があるからだ、とTVタックル(?)で誰かが言っていて、なるほどと思いました。 小林よしのり氏の靖国問題についての意見で 「無宗教の追悼施設」の建設というのは、国が新たな新興宗教をつくるようなもの、というのがあったかと思います。 私はむしろ非常に日本的、神道的な発想のように感じます。外国からの批判という、一種の崇り、呪いを鎮める為に神様をつくって祀るということですから。 日本は独特の価値観、宗教観をもった民族だと思うのですが、それが自覚できないということは他の国と接する態度に、良くも悪くも表れていると思います(靖国問題も)。 朝鮮、台湾等の植民地に対しても本国と同じように社会的なインフラを整備しようとしたのは良いことなのかもしれませんが、ODA等の援助で、高価な医療機器や豪華なオペラハウスで本当に現地の人が欲しいと思っているものではなかったりすること等です。 そこでまたもやTVタックルですが、ある官僚(?)がODAについての国際会議中、「我々はあなた方に援助をするが、我々もあなた方に援助をしてもらいたいのだ」という趣旨の発言をしたそうです。 私はこの発想は、日本が国際社会でどのように行動すべきか、非常に重要な考え方を示唆していると思います。 具体的にはアメリカ一辺倒ではなく、よりアジア、アフリカの国々との協調を重視するとか、社会的なインフラ整備、病院や学校を建設するとか。対テロ戦争でアメリカの支援をするのなら、東南アジアの海賊対策にも積極的に加わってアピールすべきと思います。 あまり具体的でないかもしれませんが。
お礼
ご回答ありがとうございます。 神道という言葉はどうも右よりな風に聞こえてしまうのであまり使いたくありませんが、No.5の方のお礼に書いたように、日本人は雑種教徒ですからなんでも崇めるんですよね。 >日本は独特の価値観、宗教観をもった民族だと思うのですが、それが自覚できないということは他の国と接する態度に、良くも悪くも表れていると思います(靖国問題も)。 みなさん「個の確立」と少々抽象的なご回答をくださりますが、私はこの文がかなり的を得ている気がします。 ここを模索することが各々の自立心を宗教外で養うのだと思います。 >具体的にはアメリカ一辺倒ではなく~ 乳離れするにはやはり軍隊は必要なんですかねぇ。海賊の被害にあった人を物資を送ってそれが支援ともいえないですし、、宗教より軍隊・武装な流れに私の頭はなってます。
- kenojisan
- ベストアンサー率59% (117/196)
私も残念ながら新ゴーマニズム宣言は読んでないのですが、質問者の投げかけられた話題として個人的意見を述べてみます。 1.まず、資源に乏しい日本は...ですが、現在の先進国と呼ばれる国家の大半は、日本以上に資源が乏しい国土から発展してきており、この論で行くと八百万の神々は日本よりも、西欧諸国の方に充ち満ちておられることになりますね。香港や韓国、台湾、シンガポールなどは日本よりはるかに資源面では不利な新興発展諸国ですし。むしろ、国土に有る資源だけを頼りにしている国、例えば産油国などは資源の枯渇や国際相場の変動でたちまち国家の経済が傾く危険にさらされています。いま、もし、画期的な石油代替エネルギーが開発されたら、サウジなどは国家破綻でしょうね。 また、現状の浅薄な科学知識だけを頼りに安易に自然を破壊することは危険ですが、「現在の自然」を普遍の存在物と考えるのも間違いです。現在生き延びている動植物達も、激しい生存競争を経て古代の自然を破壊して生き延びて来たわけで、神々に守られて美しく平和に暮らしてきたわけでは有りません。 2.次にナショナリズムの必要性です。これはもうその人の生き方になってしまうのですが、No3の方もおっしゃっているように、私は個人の意識や知識が十分に頼れるものなら、そんなに必要性を感じないのですが。自分自身で存在感を確かめられないから、「国家」という集団に存在意義を転嫁している気がします。No3の方がおっしゃるような「個を確立」するには、各個人が常に物事を考えること、自分で判断する習慣を身につけること、判断できるだけの知識を身につけること、だと思います。今の日本なら、大半の人が高校教育を身につけてますよね?本来、高校教育を身につけていれば、たいていの世の中のことは自分で調べ、自分で判断出来る能力を有しているはずです。「神」に頼る必要は無いと思うのですが。 それに、日本のように孤立した島国で歴史的にもほとんど他国との統一併合を経験してないので、簡単に「国家」というものを定義できますが、例えばパレスチナ人にとっての「国家」は現在のイスラエルであって、彼らが出ていかない限り「国家」の存在はあり得ないでしょう。また、アメリカインデイアンにしてみれば、米国の国土はかれらの土地でしょうが、米国という政府は侵略者が勝手に作った組織かも知れません。私には「ナショナリズム」というものを追求すれば、紛争の種を作り出すことにしかならないような気がします。ナショナリズムというのは、かつての米国のように国家の歴史が浅かったり、紛争国のように民族的団結が最優先事項であるような国で、仲間をまとめ意識高揚させるための道具にしか思えないのです。 また、宗教というものも同様に、紛争のたねになる部分の方が多い気がしています。ただ、宗教-文化-民族の歴史というものが不可分になっている地域が多いですから、そう簡単に否定も出来ないのですが。たいていの宗教が、「奢るな、真面目に生きよ、他人のために尽くせ、争いをするな」と、大差ない教えを説いているのにもかかわらず、ユダヤ教とイスラム教の違いであれだけの人が死に、シーア派とスンニ派という同じイスラムでも僅かな宗派の違いで復讐が繰り返される。今の日本でもオウム真理教のような不可解な宗教行動が無くなることがない。 私には、理屈を抜きにしてとにかく教祖の教えを信じろ、という宗教的な教育方法は納得できません。 3.最後に天皇問題です。先祖代々脈々と血を受け継いで来た由緒正しい人間は、別に天皇だけじゃなくて、現在生き延びている全ての人間ですよ。だって、人類発生の古代より続いてこないと、今の私たちは存在しないんですから。逆に、古典的な直系の血、という意味では天皇家は何度も入れ替わっており、その時の権力者の道具にされてきています。 そもそも日本国家という統一的な意識は、そんなに古代からは無く、江戸末期の攘夷運動に合わせてわき上がってきたもので。それまでの「国」の意識は、藩程度の規模だったようです。従って、天皇というのも明治以降ほど強力な国家統合の象徴ではなく、時の権力争いの過程で、平気で退位、処罰、毒殺、暗殺されています。明治維新時に、早急に日本の国家意識を高めて西欧列強と争って行く必要が有ったために、強力な国家統合の象徴が必要だったのでしょう。そのための天皇尊重教育の結果として、戦前のような少々狂信的な天皇崇拝主義が作り上げられたわけです。 私には、今の象徴的存在ですら天皇家にとってはかえって迷惑な立場のような気がします。また、いつ何時血なまぐさい政争の道具に持ち出されるか分からないわけですから。早く、一般人に戻してもらって、元華族のような扱いだけで平和に気の休まる生活を送られた方が良いと思います。
お礼
ご回答ありがとうございます。 少々補足というか書き忘れなのですが、私が読んだのはゴーマニズム宣言戦争論2でした。 それ以外のゴー宣は全く読んでいませんでした。で昨日脱戦争論を読みました。順番違いますね(笑) みなさんが仰る「個の確立」がここいらで述べられているのですね(未熟な私には戦争論2でそこまでのことを読み取る力がありませんでした・・)。 日本独立のアドバイスを頂きたいのですが、いつも否定される八百万の件が、どうやら私が間違っているようなので、そこを修正しつつ、せっかく多くのご意見をいただいたので、それを参考に自分の中でまとめてみたいと思います。 時代劇とか見ても何かしらに手を合わせているように、目に見えない何かへの畏れが自然とそうさせているんだと思う。 それは人それぞれで仏像だったり地蔵だったりただの木だったり「目に見えない何か」は違う。それを八百万の神と脳内で勝手に定義してます。 明治以降それを禁止され、「天皇」が「目に見えない何か」の代わりとなり、それが敗戦で否定され、GHQの左翼的洗脳もあり今の日本は無宗教人というか雑種教徒になってしまった。 しかし、裏を返せば、雑種教徒ばかりの方が表面上平和だったりする。 宗教からくるナショナリズムは災いを生む方が歴史を顧みても多い。 と、なっております。 それを解決するには「個の確立」と「天皇大事に」に大体分かれてますね。 >早く、元華族のような扱いだけで平和に気の休まる生活を送られた方が良いと思います。 雑種教徒はすぐに新興宗教ができる側面があると思うので安易に平和で気ままな生活をされると担ぎだされる可能性があるので、みなさんの仰る「個の確立」ってやつができていない内は危険に感じます。 kenojisanさんのお礼欄でここまでをまとめてしまってごめんなさい!
補足
昨日読んだのは「脱正義論」でした。訂正します。
- cse_ri2
- ベストアンサー率25% (830/3286)
天皇家が存続する限り、けっこう日本は長持ちしそうです。 天皇は日本の歴史において、一時期を除けばずっと日本の 象徴的存在でした。 平時はほとんど飾り物ですが、いざ危機が起こると、 天皇の中心として日本人が一致団結し、国難を何度も 乗り切ってきました。 その天皇による最も偉大なサクセスストーリーが、 戦後の日本復興です。 それがウソかどうかは、下記のURLを読めば理解でき ると思います。 『天皇と国民との、新たなる契約を』 http://tanakanews.com/991119uchida.htm まさに戦後の焼け野原の中にあって、天皇と国民は心情的に 一致団結していたのです。だからこそ、あの奇跡的な 経済復興が実現したのでした。 天皇制(この言葉は左翼用語なので、あまり好きじゃ ないんですが)に反対する人は、サヨクを中心に未だ 少なからぬ人がいると思います。 しかし、私に言わせれば、歴代天皇ほど平和の愛好者 はいないと思います。明治天皇は日清戦争に反対でしたし、 昭和天皇も内心では対米開戦に反対だったと私は理解 しています。 別に国歌を強制唱歌せよなどとは言いません。少しだけ 理解を深めればいいんです。 天皇家や皇族の方々ほど、今の日本でいい人たちも、 いないんじゃないかと思います。 自称平和主義者の方たちこそ、天皇家のソフトパワーを 国際平和のために有効活用することを考えるべきでしょう。 そうやって天皇家さえ存続させておけば、いざ日本が 国難の危機に陥ったときでも、天皇家を軸として日本は いつでも復活できます。 残念ながら、あと数十年は日本はアメリカの後塵を拝する 立場であり続けるでしょう。 しかし、天皇家という軸さえしっかりしていれば、いつか 必ず、日本は飛翔できる時を迎えることができると、 私は考えています。
お礼
ご回答ありがとうございます。 「参考になった」が3件とは多いですね! 私は天皇は好きではありません。 サッカーやスポーツの前のあのスローな国歌も戦闘開始な気分にならないですし。 でも、ここまで脈々と続いた天皇の歴史をむざむざ壊すのはもったいないってのが正直な気持ち。 特に外国はこういうの好きですからね。外交で大いに活躍して欲しいと思ってはいます。 何より皇太子がなんかフレンドリーでいい感じですよね。今まで全く興味なかったけど・・皇族なんて税金の無駄とか京都帰れとか思ったりして。。 しかし皇太子が何かを日本人に与えてくれるような気がしてならない・・ 飛翔できる日ってなんでしょうね。未来のことなんで難しいですが、ここを具体的に聞きたいです。
- chicago911
- ベストアンサー率30% (213/706)
現物読んでいないんで、本当は書いては不味いんではないかとは、思いますが。 >日本は本書でも書いてあるように鉱物資源に乏しい国であり、四季が美しく自然だけは豊かであった。 これは古代から真実でしょう。しかし、「よって八百万の神が誕生した」 の結論への、論証多分ないと思います。氏の話が胡散臭く感じるようになってきた最大の原因が、この論証の欠如ですから。 従って、「しかし、日本の近代化に伴い自然は破壊され、八百万の神の尊厳は薄れ、よく言われている無宗教な日本人が生まれた」 の部分にも無理があります。 >本書でも 「敬虔な気持ちになったことがない人間は恐ろしい」 と書いているのがこれに当たると思う。 これは正しいですよ。しかし、「敬虔な気持ち」 = 「特定の宗教」 ではありません。各個人が、自分なりの宗教と言うか、この 「敬虔な気持ち」 を有していれば、「特定の宗教」 の信者になる必要はありません。 >あの意見がどーこーでなく、みなさんはこれからの日本がどうすれば他国の犬でなく、独立した 「日本」 を造れるとお思いですか? が本題でしょう。答えは簡単です。「個の確立」 と言えるでしょう。簡単に言えば、「自分のやることには自分で責任を取る」 と言う言うことです。日本にはこの感覚が欠如しているのです。このためには何が必要かといえば、 一貫した価値観、すなわち判断基準 その判断基準を、ある程度 (感情面、特に食物の好み等は証明不能なので) 客観的に説明できること 互いの価値観を、他者に迷惑を及ぼさない限りにおいて、互いに尊重すること の三点が必要 (十分ではありません) が必要です。ここへ論理性言い換えれば科学性を如何に持ち込めるか、が十分条件になるでしょう。 現在の日本を見ていると、余りにも 「個」 が尊重されていません。「らしく」 を強調され、また、組織に頼って生きています。現在中高年の失業が大きな問題になっていますが、はっきり言えば、組織の中においてのみ通用する能力しか持ち得なかった者が、その組織から排除されたときに、行き場を失うのです。これを如実に物語る言葉は昔からあります、「手に職があれば困らない」。組織に寄りかからない、一般に通じる能力があれば、今でもそれ程就職難ではありません。 政治体制にしても同じことで、何も考えず、単なる惰性、極端な場合は 「人に頼まれた」、「金を貰った」、「利益が得られそう」 で、投票する輩、何も考えず棄権する輩、が多い結果が、現在の日本の政治体制を招いているのです。 もっと日常的に言えば、何の科学的根拠もない健康法を持て囃す輩、それに便乗して儲けようとする輩 (この中には視聴率が稼げると、無責任な説を垂れ流す TV 等も含まれます)。 誰もそれが及ぼす結果を考えようとしないし、当然責任を取ろうともしません。単に 「昔からこうだから」、「みんながそうするから」 こう言った無責任な状態の原因は、「個」 を認めず 「ムラの掟」 を優先している現社会体制に最大の原因があります。 自分の価値観を確立し、その価値観によって自分で判断する、その価値観は互いに尊重する 「個の確立」 がなされれば、なんとでもなります。
お礼
ご回答ありがとうございます。 戦争関係の史実的問題は置いといて、日本人とういう人類学的見地からの小林よしのりの見方に私は共感したことを付け加えます。 でも八百万の神が怪しいと言われては困ったなぁ。 日本って独自の文化と言い張れる物があまり無いですよね。 どちらかというと、ユーラシア大陸からの文化の影響を昇華させたっていうか、地図上でも分かるように日本は文化の流れの最終地点でしたからね。 このことから、ももともと「個」の概念が希薄なのかな。なんて今考えました。 chicago911さんの仰る通り、「敬虔な気持ち」は宗教に頼らなければ得ることができないと固定観念を持つのはよくないです。 では「個の確立」の為にどうすればいいのか。 個人でそれぞれ確固たる「個」を持つ為に手に職を持つ努力をするのでしょうか? 誰かが「個確立運動」を始めればいいのか? 手に職がない人は「個」を持つに値しないのか? 人間何かの影響がないと考えって変わりませんからね。就職難がそれを手伝ってくれるのかな。 時代は高度経済成長が落ち着き、時の流れるに任せて仕事をしてきた人たちが今お荷物になって、その風潮が腐った政治・テレビ等に現れてますよね。 そんな人たちが居なくなって、手に職がないと就職できない中、就職を勝ち得た今の若者が大人になれば果たして時代は好転するのか・・ chicago911さんのご意見は賛成とも反対とも言えます。
- missile_man
- ベストアンサー率29% (25/84)
はじめまして。 少し気になる事がありましたので、一言。 ”日本がどうすれば他国の犬でなく、・・”ですが、 確かにテレビや雑誌などでは、自主性が無く米国の いいなりと見えますが、テレビや雑誌は視聴者の 食いつきを良くする為、「だめな日本」を主体として 書いてるだけだと思います。 その記事や批評を踏まえて、doanythingさんは ”新ゴーマニズム宣言”を読んで日本人は ナショナリズムを失ってきていると判断して、悩んで おられるかと思います。 日本はナショナリズムを失っているとしていますが、 実際の生活などで直接な被害や不便が起きていないのは、 日本は平和、利便性に向けたナショナリズムを 持っているからだと思います また、現代における日本のナショナリズムは 国粋主義から国際主義に変り複数存在する為、 ナショナリズムが失った様に見えるだけでは ないでしょうか?
お礼
アドバイスありがとうございます。 「犬」とは書きすぎましたが、確かに極端にあの本に傾倒しては危険ですよね。 missile_manさんの仰るとおり、失った様にみえるだけで、気づいていないのかもしれません。 国も人間と同じく、生きていく為には泥にもまみれますよね(これもテレビや雑誌の影響?実際にはまみれてない強気な国日本?)。 そして国際主義に移行して得た、平和と利便性を第一にしたナショナリズム。 しかし、アメリカが一緒に戦争しようって言ったらこのナショナリズムどうなるか・・ アメリカの一言で変わるようなものはナショナリズムはちょっと問題アリ。犬と私が揶揄してもしょうがない気がします。 まぁすでに自衛隊派遣で見せ掛けの平和主義は崩れ去ったと思います。 それとも協調性のあるナショナリズムを持っているので失っていない!だから大丈夫!なのかな。 もうなんでもありで混乱してきました。
- popesyu
- ベストアンサー率36% (1782/4883)
信仰がある人間は人間でまた怖い訳で。 現在最も残酷無比で凶暴な民族と言えば、ユダヤ人と中国人(漢民族)でしょう。 現代においても現在進行形でジェノサイドを平気で行ってのける彼らは 前者はユダヤ教が、後者は共産主義が心の支えとなっているからだからこそと思います。 節操の無さというのもそれはそれで一つの美点とも言えるでしょう。 で、信仰とナショナリズムが密接な関係にあるとすれば 信仰が育ち難い日本においてはナショナリズムも育ち難く その代用として天皇だったり、靖国だったりが必要であろうというのが小林氏の主張の一環でもあるかと思いますが、まぁ別に宗教的な信仰に頼らないナショナリズムがあっても良いのではと思います。 じゃあそれは何なのだと言われてしまうと具体的な返答に困るのですが。 ※ただ例えば左翼的なそういった構造を瓦解させて行って地球市民としての ※それを中心に置くのはまだ時期尚早だと思います。 ※宇宙人の存在でも実証されない限りはですが。 宗教的なシバリから解放されている日本でしか達成が難しいシステムというのを確立させて、例えて言うならばサバンナのオアシスとしての存在と言うか、そういったことです。 すごく抽象的でごめんなさい。
お礼
アドバイスありがとうございます。 ナショナリズムを決して良い意味だけでは言ってません。両方を含んでナショナリズムだと思ってます。 >宗教的な信仰に頼らないナショナリズム 面白いですね~。無宗教とも言える日本人くらいしか考えられない発想でしょうね。右にも左にもそれこそ左右されない何か。これが理想でしょうね。私はどちらにも傾きたくありませんし。 しかし先にも書きましたように、資源の薄い日本は多くを他に頼るので、地球市民とか名乗ってもみんなからお乳を飲ませてもらってる地球市民は説得力ないし難しいなぁと考えてしまいます。 私はやはり大統領制にして国民全体の意思で選出したトップをまず作ってみるのが第一かとも思います。 日本は現在天皇家の状態もいささか不安定な状態ですし今後の動向が気になります。
お礼
ご回答ありがとうございます。 バカな私もchicago911さんのご回答と脱正義論で「個の確立」が分かりつつあります。 「個」として何かを考えたり発言するとき、そこには何かの裏づけがありますよね。 その為に本や新聞読み情報収集する。 その情報源であるテレビが、新聞が、キャスターが、インターネットが、小林よしのりが言ってる。だから当然真実に決まってる!と洗脳されては危ない。 結局そこには何者かの右か左の意見があり、影響を受けることになるからですよね。 誰かが描いた斬新な絵があるとします。 しかしそれは誰かに知らずの内に影響を受けた上での賜物である。 赤ちゃんとして生まれた直後に書いた絵は誰の影響も受けていない中庸な絵だと思います。 小林よしのりや、皆さんの仰る「個の確立」は中庸でないとなしえない偉業。 皆さんはこの中庸が実践できると思ってるのかなぁ。凡人の私には厳しいな・・ 戦争論2を読んだだけでかなり先走った質問をしてしまいましたが、皆さんのお陰で「個の確立」を実現し、宗教に頼らない必要性もいいかな~なんて考え出しました。 自分に正直に言うと、私は皇族への税金がなくなれば生活がもっと楽になると思ってるし、アメリカや中国や朝鮮のずるさを戦争論に書かれている以前から知っており、やっぱりあの国は嫌いですから。 ちょっと最初の質問と得たい回答が変わってきたのでカテゴリを「哲学」に変えて(笑)再度質問させて下さい。 ポイントは得たい回答を変化させてくださったchicago911さんに差し上げます。 他の方々には申し訳ないのですが、どれも素晴らしく差異をつける訳にはいかないと思います。そんな理由でごめんなさい! 私の戯言に付き合ってくださる方、よろしかったら再度お願いします。