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鄧小平

第二次天安門事件で 民主化運動が起きた時に もし、武力弾圧をせずに鄧小平が 中国の複数政党制や三権分立を認めて、 その後に共産党や共産主義を否定して 思想を捨てて転向して ブルジョア政党に移籍したり、 ブルジョア政党を自ら作って活動していたら、 卑怯だとか言われてますか? 鄧小平も中国共産党員として 国共内戦で国民党の人間を多数殺害したはずですし、 反右派闘争などでたくさんの人を 弾圧、処刑もしてるはずですし。

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  • ベストアンサー
  • gunsin
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回答No.1

革命には流血が伴うものです。 革命成就後は政策で国民を安堵させる事が重要です、毛沢東は 革命家としては超一流ですが、為政者としては無能でした、 大躍進政策の失敗で2000万人の餓死者を出して失脚して、 己の復権の為に文化大革命を興して中国全土の文化的施設が 破壊されました、鄧小平は毛沢東の尻拭いをしたのです。 鉄の女マーガレット・サッチャーと対峙して香港を返還させ、 自由市場経済を導入して、世界第二位の経済大国の楚を築いた 実績の前には、ブルジョアだの共産主義などのイデオロギーは ぶっ飛んでしまうと思うのですが。

o2b32
質問者

補足

鄧小平の実績は大きかったですね。 私が聞きたかったのは鄧小平が共産党員、 共産主義者としての信念や立場を捨てて 完全なブルジョア主義者となって ブルジョア的な政党に移籍したり、 自らブルジョア政党を作って活動してたら 彼の経歴からして変節漢とか、卑怯とか 言われていたのかなという事なんです。 過去に共産党員として国民党員を 殺害したりしてましたし。