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えらい人をえらい人と思わない部分があります
- 相手を軽んじる傾向がある一方、相手に敬意を持ちつつ必要なことは適切に伝えることが必要な能力です
- 相手を軽んじるというのは問題ですが、必要なことを言えることと無礼なことを言うことは全然違うことです
- 偉い人に対しても委縮せず対等に接するためには、自分のメンタリティーを伸ばす必要があります
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質問者が選んだベストアンサー
私と同じような感覚があるようです。 社長だろうが政治家だろうが何様だろうが、それぞれのポストにある人物というのは、それぞれにそれなりの重責と責務を抱えている。 ただ、そうした人物を見くびる必要もないけれども、とりわけ「偉い人」などと思う必要などはないと思いますよ。 身近にも偉いとは全く思わないが、たしかに凄い奴はいた。 その時点で、相手に対して敬意や羨望にも似た感覚があったとするならば、自然なかたちで礼節が備わるのではないですか? 相手が偉ければ偉いほど、凄ければ凄いほどに、落ち着いた礼節が必要なのだと思いますよ。 そして、相手は間違いなくその態度、対応を見据えている。
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- hue2011
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下男に英雄なし、と言う言葉があるんです。 どのような偉大なことをしているかなんて使用人には見えません。 家にいるときは衣服が乱れていてハンケツで歩いていたりするし、片付けないし、菓子ばかり食べているし、というところを見ていたら、その人間はろくでもないおやじにしか見えません。 そこで下男に英雄なし、というのです。 その主人が台風のなか川に落ちた子供を命がけで助けるところをみたら、下男でも、もしかしたらこのダンナは偉大なひとじゃないかな、と思うでしょうね。 人間の価値判断というのはそういうものなんですよ。 仮にノーベル賞をとったとしてもその研究内容が全くわからなかったら偉いとは思わず、ただのよれよれのじいさんにしか見えません。 だからあなたの見方は正しいし、あっているのです。 しかし、そう見えているということはあなたは下男なんですよ。相手がちゃんとしたことをしている場面を一度もみたことがないのですから。 もし相手を評価したいのなら、相手が本気でやっていることを見るしかありません。結果論として金持ちだとか大学教授だ、社長だ、を見たって価値があるようにはみえないんです。ごい車とかすごい時計、すごい鞄、すごい服、なんてたかがモノでしょう。 相手に委縮しないように、というような、もともと委縮もしていないのに無理なことを考えたって駄目です。 その人間が書いた本を読む、とかその人間について書かれたものを読む、ということをしていくと、スタンスは変わってきます。相手はただの金持ちじゃなく、ひどい地獄から這い上がってきたのだと理解するだけで見方はだいぶ違ってきますよ。
お礼
回答ありがとうございます。 参考にさせていただきます。
そりゃ状況によるでしょう。 業務とかなら許されることじゃないです。 肩書=影響力の強さですから…。 プライベートなら関係ないです。 利害関係は何も無いのですから。 プライベートの関係でそういう関係を持ち込む事自体が間違ってるんです。
お礼
回答ありがとうございざいます。 プライベートでも金持ちとかだと少しすげーなーとは思うのですが、 凄い人だと認識していても、適当な態度をとってしまうことがあります。 これは損なですよね?
- hoophen
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また言い訳ですか。 貴方は一般社会では通用しません。 今のような考え方では、誰に対しても失礼です。 其れに気づかないうちは、どうしようもない。
お礼
回答ありがとうございます。 参考にさせていただきます。
お礼
回答ありがとうございます。 自分には礼節が欠けているので落ち着いた対応を身に着けたいと思います。