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人間にとって花とは何なんでしょう?
人間にとって花との生物学的関係性といいますか、人間とっての科学的存在意味とは何でしょう? 花束をもらってうれしい人、喜ぶ人もいるかもしれませんが、何とも思わない人もいます。 心理的な科学的な効用など証明されているものですか? もし、地球上に一切、花の無い世界となってしまったら人間はどうなりますか?
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- Postizos
- ベストアンサー率52% (1786/3423)
花は実を結ぶために必要ですから花を大事にする事は人間にとって食料を増加させる事につながります。生物としての人間の先天的行動原理の深い所に人間の「心」として書き込まれていても別におかしくないというか充分合理的のように思います。 恋や愛のように生物として必要な原理を人間は独特の感覚で大事にしますが同じような事でしょう。 愛や花を大事にする心が生物としての人間に書き込まれているからメカニカルでくだらないと言っているわけではありません。逆なのです。 生であるとか死であるとか、そういうふうに人間の都合ではどうにもならない物の存在に直面し、触れた時人間は感動するのです。それは肯定するべきでしょう。
- Nouble
- ベストアンサー率18% (330/1783)
さて、質問が少々厄介なのですが 被子植物が既に存在し 其れがあって 当たり前な中で 進化した人類は 其の 「花」 と、いう存在に どの様な影響を すり込まれてきたか? 人類は、花から何を得たか と、質問を認知した の、ですが 正しいですか? 補足願います。
- Ligandable
- ベストアンサー率63% (371/583)
>人間とっての科学的存在意味 少なくとも、大脳原皮質の発達を証明するでしょう。 原皮質は情動・感情を司り、トカゲなどの単独行動する生物には未発達で、 ウマなどの集団活動を営む生物で発達してきたとされます。 情動・感情としたのは、既得的行動(本能)ではあり得ないし、学習・ 知能で考えるには、せいぜい「臭い消し」くらいしかロジカルに考え難い ものがあります もう少し、脳の発達に沿って屍体の意義を考えると、 餌>悪臭原・病原(ミアズマ説?)>畏怖の対象>(庇護者?・連れ合いの) 喪失感の対象>( ココナントイッテイイカ… )>尊崇等の対象と昇華します ( ココナントイッテイイカ… )の部分で 故人の好きな物。「天国」といった厄介な 概念が生まれれば、そこにおいてあるべき「故人」の(幸せそうな?)姿と 人の大脳の発達に応じてその意義は肥大します。 この先は「原風景」当たりで展開できるかもしれません >地球上に一切、花の無い世界となってしまったら人間はどうなりますか? 花がなかった世界か、花があった世界かでかわるでしょう まぁ、「食料がなくなる」かもしれませんが、芋食って頑張りましょう…
花は花屋さんに並ぶ花ばかりではなく 道端に咲いている草花も、とても重要 だったと思います。 ハーブなんかは薬になるし 花屋さんがなかった時代でも 好きな人の笑顔が見たい時 摘んでいって手渡したりしたでしょう 言葉がないラブレターです 悲しみを癒す力もある花です。 花がなくなったら地球もひとも滅びるでしょう
- eroero4649
- ベストアンサー率32% (11074/34517)
質問者さんが創造論を信じていらっしゃるなら話は別ですが、地球の歴史46億年を支持されるのであれば、人類が誕生するよりずっとずっと前から花は存在しました。花が咲くのは昆虫を呼んで受粉させるためであり、人間を喜ばせるためではありません。 そのため、花は虫のためにあるとはいえても、花は人のためにあるわけではないのです。人のためにあるわけではないので、人間にとっての科学的存在意味などないのです。あなたという人間が、私のために存在しているわけではないようにね。 >もし、地球上に一切、花の無い世界となってしまったら人間はどうなりますか? 少なくとも蜂蜜が食べられなくなりますね。
- oteramairisuki
- ベストアンサー率34% (511/1475)
花がなくてもちゃんと実が生って植物を食料とできれば何も問題はないと思います。 しかし、この先地球上が花のない世界になってしまったら、人類滅亡でしょうね。 種ができなくなってしまうでしょうしね。 花束をもらうこと=花が嬉しいのではなく、ちゃんと自分のことを考えて(思って)くれる人がいるということが嬉しいのでしょう。花束ってすごく高く付く割には対価が低い人もいます。もちろん一輪の薔薇でめちゃ喜んでくれる人もいますが。 花束にかかる金額を現金で渡せとはいいませんが、花束に変わるものを何かプレゼントできる世の中がいいという人もいるでしょうね。渡す相手が喜ぶものを知っているという関係はとても貴重だと思います。相手のことがわからないから花束でごまかしている気もします。
もし、地球上に一切、花の無い世界となってしまったら人間はどうなりますか」←普通に考えると 二酸化炭素を酸素に戻す事が出来ない・・ そして 心情面でも あなたの思ってる様に「花束をもらってうれしい人、喜ぶ人もいるかもしれませんが、何とも思わない人もいます。」←こうなりますよね・・ ならば 必要な人には必要 不要な人には不要・・ けれど 不要な人の事を考えて物を無くして行けば この世には何も残らない・・って事まで理解する必要性があるのです・・
- nekosuke16
- ベストアンサー率24% (903/3668)
あなたにとって花とは何ですか? 花束をもらってうれしいですか、それとも、こんなもの貰ったって意味はないと吐き捨てますか? もし、あなたが花をもらって嬉しいならば、それが花の持つ存在意義ではないですか? そして、あなたが花をもらって、ごみ箱に捨てるならば、あなたにとって花は意味を為さない単なる”もの”ということになります。 科学的効用もあると思われますが、それ以前に、人間として花の可憐さに対して何かしらの心の安らぎや、感動を覚えないものならば、そこには何か違和感を覚えます。 「地球上に一切、花の無い世界」と同様に地球上に一切の緑が無かったならばどうでしょうか? 花を愛でる心は、人間の優しさの表れの一つです。必要なことだと思いますよ。
- trytobe
- ベストアンサー率36% (3457/9591)
「花」の定義として、「花屋で売られる植物」を用いているならば、そりゃ「人間に需要がある植物」だけに限った議論であって、なんらかの法則が存在するのは自明です。 「すべての花に対して成り立つ」「すべての人間に対して成り立つ」という観測事実があるわけでもないならば、「科学的な効用」の存在を立証するまでもなく、反例となる花と人間が見つかってしまいます。