近衛とは、近くを護るという意味です。
近衛家の先祖は五摂家のひとつで、文字通り天皇を護る家柄として、天皇より苗字をもらいました。
近衛家は世襲の公爵で、天皇家との婚姻もあり、親戚関係です。
その家柄の近衛文麿は、内閣総理大臣も務め、結果は疑問ですが、天皇家を助け護りました。
一方、日本陸軍の近衛部隊とは、近衛師団の事で、天皇の護衛と儀仗を行いました。
その兵営は皇居の一番近くに置かれ、直ぐに駆けつけられる様になっており、皇居に週番衛兵を置いていました。また他の宮家にも護衛兵を派遣していました。
日清戦争の頃は、まだ兵役制度が完全に完成しておらず、東関東の兵が近衛師団に徴兵されていました。この頃の近衛師団は、編成定員が一般師団より小さくなっていました。
日露戦争の頃には、陸軍も拡大でき、全国から優秀な兵が選抜されました。
編成定員も一般師団と同様になり、軍服も、他部隊と違う赤いものを支給され、完全なエリート部隊になりました。
太平洋戦争の頃になると、それまでの業務以外に、関東の徴収検査、徴集召集業務も負う様になりました。
太平洋戦争中に、近衛師団は第1~第3までの3つが編成され、
第1は、従来の護衛、儀仗を行い、第2は外征、第3は関東の現役兵で編成されました。
天皇を含む皇族は『皇族親位令』により、軍人になることが義務づけられ、陸軍に進む皇族は、近衛師団に配属されました。
昭和天皇も皇太子時代に、近衛師団に配属され大佐まで進級し、その後皇位につき大元帥になっています。
エピソードとして、2.26事件の時に『朕自ら近衛師団を率いて鎮圧にあたる』との発言が出ています。
長くなりましたが、近衛部隊は天皇の為のものであり、近衛文麿とは関係ありません。
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