• ベストアンサー

人はなぜ別れを悲しむのか?

 たとえばチンパンジーの母は自分の子の死をしばらくは悲しむように見えますが、一日もせずにそれを他のごみと同様に放棄するそうです。人間以外の生物が夫婦の別離(死別だけでなく)を悲しむ場面を見たことがありません。 この人間特有の現象にどのような(進化論的?)説明が可能なのでしょうか? 自立できない頃に親が死ぬのは子供にとっては死活問題ですが、兄弟の死はむしろ自身にとっては慶ぶべき状況のようにも思えます。愛とか倫理が関係しているとも思えませんが、別れの感情は人類史でも最近のことなのでしょうか。悲しみとは不快とか不安に近い感情ですが、人間だけの特別なものなのでしょうか。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • raiden787
  • ベストアンサー率37% (179/473)
回答No.5

飼い主と死別した犬や猫などが精神異常のような異常行動を取ることはしばしば観察されていますね。 飼い主と引き離されただけで悲鳴を上げたりストレス性の胃炎や脱毛になる俗に分離不安と呼ばれる症状を見せる犬は珍しくありません。 もちろん心の中までは覗けないのでそれが悲しみによるものなのかは分かりませんけど。 別れによる悲しみはストレスによるものだと思います。 人間のストレス回避のシステム的な問題ではないでしょうか。 ヒトは生き抜くために集団行動を取る生き物であり、単体ではすぐ死んでしまうから仲間や群を求める性質があると考えられます。実際1人で閉じ込められた人間はストレスで様々な精神異常を引き起こし、時には自殺することもあることはよく知られています。 逆に言えば信頼できる仲間がいるとストレスは緩和され、時には幸福感(快楽)を覚えます。 その幸福感は仲間への信頼の度合いが高ければ高いほど大きくなります。 単なる顔見知りよりも遊び友達のほうがそばにいて幸せですし、単なる遊び友達よりもより深く信頼できる親友がそばにいるほうがもっと幸せです。 心から信頼できる家族や恋人、夫婦であればさらに幸福感、あるいはストレス緩和効果は大きいことでしょう。 そして人間の脳の性質として同じ幸福系の刺激が長期間続くとその状態が崩れた時に非常に大きなストレスを感じることが分かっています。 家族や夫婦、恋人を失うと、その幸福感が失われ、非常に強いストレスが発生することは脳の性質から考えると当然と言えるでしょう。 このストレスがいわゆる別離による悲しみではないかなと思います。 この悲しみに何か意義があるかというと、「親しい人がいると楽しい、親しい人を失うと苦しい」という条件付けが刷り込まれることで「親しい人を作りたい。親しい人を失いたくない」という感情が産まれ、結果的に群れやコミュニティの形成に役に立っているのではないでしょうか。 言うまでもありませんが、群れやコミュニティの形成は生存や子孫繁栄に大いに役に立ちます。 つまり、親しい人との別離を苦しまない人は群れやコミュニティ維持に積極的にならず厳しい自然界では生き延びる可能性が低下して子孫を増やせない。 一方、親しい人との別離を苦しむ人は群れやコミュニティ維持に積極的になるので厳しい自然界でも生き延びる可能性や子孫を増やす可能性が高まる。 まあかなり強引な論理ですが参考になれば。

kohichiro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >間の脳の性質として同じ幸福系の刺激が長期間続くとその状態が崩れた時に  非常に大きなストレスを感じることが分かっています。  家族や夫婦、恋人を失うと、その幸福感が失われ、  非常に強いストレスが発生することは脳の性質から考えると当然と言えるでしょう。  このストレスがいわゆる別離による悲しみではないかなと思います。  この悲しみに何か意義があるかというと、 「親しい人がいると楽しい、親しい人を失うと苦しい」という条件付けが刷り込まれることで「親しい人 を作りたい。親しい人を失いたくない」という感情が産まれ、  結果的に群れやコミュニティの形成に役に立っているのではないでしょうか なるほど。 人間の幸福感、生命感の持続が、親しい仲間を失うことで途切れてしまう、その状況の変化が人間に強いストレスを与える、それが別離と同等なのではといわれるのはまことに納得できる説明です。 社会動物としての人間を考えれば確かにこれは進化論的に見事な論理的説明になっていますね。 >まあかなり強引な論理ですが参考になれば。 いえいえ、よく理解できました。 ありがとうございました。

その他の回答 (5)

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7193/21843)
回答No.6

人間は独りでは非力です。 しかし、人間が集まり、組織化すると、神も驚く ほどの力を発揮します。 ヘーゲルは、これこそ神だ、としたぐらいです。 人間はこの集団としての力により、食物連鎖の 頂点に立った訳です。 逆にいえば、集団化できるDNAを持った人間が 選別され生き残ったのです。 だから、別れが哀しいのです。 別れは集団化に対してマイナスの作用を及ぼします。 だから、別れが辛くなる、そう人間はインプットされて いるのでしょう。 そういうことで、集団化する動物には程度の差はあれ、 似たような現象が報告されています。 仲間の死を悼む猿とか象です。 ただ、動物は将来を考える能力がありません。 類人猿の研究で有名な京都大学の調査によると、 最も人間に近いチンパンジーでも、それは同じで だから彼らには絶望は存在しないそうです。 絶望は人間だけの特権なのです。 だから仲間との別離程度では哀しまないが、死には 哀しむ、しかし、すぐに忘れる、絶望もしない ということになるのだと思われます。

kohichiro
質問者

お礼

へきゆ様、ご回答ありがとうございます。 >集団化できるDNAを持った人間が選別され生き残ったのです。  だから、別れが哀しいのです。  別れは集団化に対してマイナスの作用を及ぼします。 なるほど、人間は集団化して神のように力を得て生きるようになっており、そのご褒美としての悦びを得るような精神構造になった。なのでその真逆(別れ)の状況では悦びの真反対の生理的反応があらわれてそれを極力避けるように体が求める構造になっているのだ、ということですね。 確かにそう考えれば私の疑問は論理的に説明がつきます。 >似たような現象が報告されています。  仲間の死を悼む猿とか象です。 おお、そうなんですか。 >ただ、動物は将来を考える能力がありません。類人猿の研究で有名な京都大学の調査によると、  最も人間に近いチンパンジーでも、それは同じで、だから彼らには絶望は存在しないそうです。  絶望は人間だけの特権なのです。  だから仲間との別離程度では哀しまないが、死には哀しむ、しかし、すぐに忘れる、絶望もしない なるほど、絶望はない、というと、生き別れではその深刻さは理解しない、死はその深刻さがとりあえずその場だけでは単純に理解できるということですね。 結局、別離れの悲しみはやはり人間の優れた記憶力とか知性の結果ということなのでしょうね。 理解できたように思います。 ありがとうございました。

  • disaster
  • ベストアンサー率9% (16/163)
回答No.4

 卒業式で泣くかどうかは、国によって違うのかな?日本は仏教が多いですから、輪廻転生を信じているはずなのに、なぜ卒業式で泣くのか?実際にまた会おうと思えば、たぶん会えるのに。  これは、信じられる存在を失うかもしれない事を悲しんでいるのです。そうなることを理解できているから悲しむのです。同じ空間で楽しい時間を過ごした友達が別々の道に離ればなれになることで、あるいは信じられない存在になるかもしれない事を悲しむ。  悲しむことで、相手の事が好きであるという事を今だけでも伝えたいわけです。  親子の死別の問題については、これは教育や教養、人間の賢さによるものと思います。自分の親が親であり、子供が子供であり、その事が何を意味するのか、つまり血縁という概念や「親が自分を可愛がって育ててくれた」ということを理解できる、記憶できる、知ることができる、知能が備わっているから、人は家族の死を悲しむようになったのだ思います。  生き返らせることができるなら、嫌いな人でもたぶん生き返らせるでしょう。間違いを正したいと願うからです。無駄なものは一つもないと、知っている。  ある意味では野性動物というのは、輪廻転生の摂理の中にあり、ヒヨコが最初に見たものを親と信じこむのは、その証明なのかもしれない。  フランケンシュタインのように「私のただ一人の父親だった」と、人造人間だったにも関わらず博士の死を嘆いたという描写もありますが、それこそが知性の証であるという考え方の例ですね。  自分を信じてくれる存在、自分が信じられる存在。それがいなくなってしまったとき、悲しむのですね。  そして平和というのは必ず、自らを産んでくれた親を尊ぶ人々のなかにだけ、存在するもの。信じてくれる最初の存在が親だからであり、次に家族だから。

kohichiro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >卒業式で泣くかどうかは、国によって違うのかな?日本は仏教が多いですから、輪廻転生を信じているはずなのに、なぜ卒業式で泣くのか?実際にまた会おうと思えば、たぶん会えるのに。 そうなんですよね。理性で考えれば不思議なところもあります。 >同じ空間で楽しい時間を過ごした友達が別々の道に離ればなれになることで、あるいは信じられない存在になるかもしれない事を悲しむ。  悲しむことで、相手の事が好きであるという事を今だけでも伝えたいわけです。 そうかもしれません。毎日会っていた友人との愛情を、別れをきっかけに確かめ合うというサインなのかもしれません。 >血縁という概念や「親が自分を可愛がって育ててくれた」ということを理解できる、記憶できる、知ることができる、知能が備わっているから、人は家族の死を悲しむようになったのだ やはり、別れの悲しみとは、人間のすぐれた記憶と知性の産物なのでしょうか。でもひどく(知性とは別物であるはずの)感情が揺れ動かされることが不思議です。

  • KoalaGold
  • ベストアンサー率20% (2539/12475)
回答No.3

ハチ公のみならず、犬の忠義心は有名ですが。 子を奪われた虎や像が凶暴になるという話もありますし、飼育員を殺しかけたシーワールドのシャチは子どもと別のプールに入れられて気が立っていたといいます。

kohichiro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 犬と飼い主との人間的な関係は感動的ですらあります。 確かにそうですね。 でも、それは犬が非常に長く人間と一緒に暮らしているからではないでしょうか。いはば犬は動物の中でも人間化された動物なのだと思います。 犬同士が繁殖以外で愛情関係を持った例を私は知りません。犬以外でも親子の強い愛情は理解できますが、これは単純な本能からきているのだろうと思います。

回答No.2

動物にも夫婦愛や別離を悲しむ心理情景はあります。 人間と同等、いやそれ以上といえる場合もあります。 どういう根拠で、質問をおかきになっているか疑問です。 もっと動物に関する本や研究書を読んで下さい。

kohichiro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 夫婦愛は鳥にもあるようですね。それは純粋な繁殖本能のなすことでしょう。でも私は動物同士の夫婦が別離を悲しむという実例をまだ知りません。おしどりの夫婦もかなりの個体が毎年相手を変えているということだそうです。別れを悲しむ動物は多いのでしょうか。もっと勉強したいと思います。出来れば比較的ポピュラーな関係書をご紹介ください。

  • tpg0
  • ベストアンサー率31% (3785/11963)
回答No.1

こんにちは。 良い思い出があるから別れを悲しむのではないでしょうか? ですから、嫌な思い出しか記憶に残ってない場合の別れは悲しくないどころか清々として嬉しくさえ思います。 実際、毎日のように喧嘩ばかりして顔も見たくないほど嫌いになった二度目の同棲相手の女性と別れた時は清々として嬉しかったぐらいですが、最初の同棲相手とは良い思い出があったせいか私の一方的な都合で別れることになった時は辛かったという経験をしてます。 恐らく、殺したいほど憎んでる人が死んでも別れが悲しいとは思わないでしょうけど、愛する人が死んだら別れが悲しいのは良い思い出が記憶に残ってるからと思います。

kohichiro
質問者

お礼

早速のご回答ありがとうございます。 そうですね、人間同士の個別の心象風景からたどれば、なぜそのとき悲しくなるのかがわかるかもしれません。でも良い思い出が残るのは基本的に楽しいことです。なぜそこで悲しみが突き上げてくるのか?そのあたりがまだすっきりしません。

関連するQ&A