御回答し辛いかも知れませんが…
最近の男性が、やたら恋愛に詳しい素振り…
を見せるのは、意外にもこういう事が原因なのでしょうか?
俺は最近の女性より、男のほうがよく解らねえ(´Д` )
昔、俺が目にした森岡って糞野郎(かも)の論文だけど、皆さん、これどう思いますか? ちょっと読んで見てください。
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射精における男の原体験とは、射精するたびに繰り返されるところの、めくるめく快感や深い充足感からの疎外体験なのである。射精によって何かすごい快感の世界に入り込めると思ってしまうのだが、射精後にはつねにそれが裏切られ、何の深い充足感もないざらざらとした砂漠にひとり取り残されて、早くここから立ち去りたいと願わざるを得ない、それがマスターベーション体験の核心部分なのである。そして男は、これを性懲りもなく、定期的に繰り返してしまう。私は、このような原体験のことを「男の不感症」と呼んで、拙著で詳細に分析したことがある。同書のこの箇所は、女性たちからだけではなく、男性たちからも驚きと疑いをもって読まれているようだ。右記の本は生命倫理についての文脈で書かれているので、これをセクシュアリティ論の文脈に置き換えてみる必要があるだろう。同書から、ポルノに関する分析を引用する。このような疎外の感情を植え付けられた男たちは、「性交において女は、男たちが伺い知ることのできないような、うらやましいくらいの快感や充足感を経験するらしい」という思い込みを、女性に対して貼り付けるのである。この思い込みは、男性向けのポルノグラフィーにおいて、しつこいくらい繰り返し描写される。セックスにおいて女性は、はじめは嫌がっていても、やがて男のペニスによってめくるめくような快感に襲われ、何を失ってもかまわないほどのエクスタシー=充足感に至るというのである。このような女性観を、男たちは思春期から刷り込まれる。男たちは、その思い込みから容易には抜け出せない。その結果、男は、女性に対する二重の見方をするようになる。ひとつは、性的快感の面において男は女にけっしてかなわないという「劣等感」であり、もうひとつは、女は性的快感にのみ生きる非理知的生き物であるという「女性蔑視」である。 この「劣等感」と「女性蔑視」が、同じコインの両面であることは言うまでもないだろう。男にとってのポルノとは、射精において繰り返される疎外体験をもとにして、このような「劣等感」と「女性蔑視」を心の底まで刷り込ませることによって、男に偽の自尊心を保障しようとする装置である。男による女性嫌悪の問題はフェミニズムによって精緻に分析されてきたが、女性嫌悪の基盤には「男の不感症」があるという点を、しっかりと見据えなくてはならない。男たちは、みずからが不感症であるかもしれないということを、徹底的に隠蔽しようとする。それを隠蔽するときに活躍するのが、猥談であり、猥談メディアとしての週刊誌などである。男性向け週刊誌やスポーツ紙などには、どのAVがすごく良かったとか、どこの風俗嬢が最高に気持ちよかったなどの話が、あふれんばかりである。それらの射精産業利用レポートでは、まるで何かがばれてしまうのが怖いかのように、徹底的に射精体験の快感が饒舌に語られる。「すごく良かった」「最高だった」というこれらの言葉の羅列は、まるで悪魔を封じ込める「呪文」のように聞こえる。そこにおいて封じ込められなくてはならない悪魔とは、言うまでもなく「男の不感症」という原風景のことである。男たちが、いったい何を怖れているのか、冷静に見つめてみる必要がある。もちろん、ハヴロック・エリス以降の性研究は、男性の射精の不満足感や消耗感について言及してはいるが、「男の不感症」という視点からの掘り下げは見られない。ここで最初の問いに戻ってみよう。男は射精後にポルノをどうするのか。男は射精後に、みずからの不感症に直面してしまう。「あるはずのオーガズムが、ない」という事態に直面する。と同時に、目の前に開いている写真や映されているビデオのなかでは、「自分が得ることのできなかっためくるめく快感に浸っている」女性の姿が、強調されて存在しているのである。ポルノのなかでは女性たちがめくるめく快感に酔っているのに、この自分は、そういう快感から疎外されたまま、いま砂漠のなかに立ちつくしている。これが、射精後にポルノを前にした男の感覚であろう。このときに、男に残された道は、この状況から一目散に逃走することのみである。
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以上です。
これ、どれくらい合ってますか?
俺は中1の時、一度イッてから二分後ぐらいにまたイッた時あるけど、羨ましいなんて思った事ねえけどな。
ってゆーか、十代の頃なら連続で2,3回はイケてた男性も多いですよね。
だけどこういうのに劣等感持つ(一部の?)男が、やたら恋愛や風俗の事を知ったかぶりして、世の治安を(乱す?煽る?)んだろうか? よう分からんけどね俺も。
皆さんは意識した事ありますか? 俺は昔この記事を見る前までは無かったけど…、道理で俺の姉が、男なんか怖くないとか言ってた事思い出したけど、そういう意味合いもあったのかな?
最近の男性がこういう思考してるのか?それとも、この森岡って男個人の問題なのか… どうなんでしょうね? 世界の殆どの宗教聖書には、やたら女を不浄の生き物だとか書いてるけど、それって男の女性への嫉妬からなのでしょうか?
先日も、戦艦大和って凄く男らしい!って言ったら、船は女性名詞です!女性扱いしろ!って説教される始末だし(笑) なんなんですかね~一体…
もしこの森岡って男の言ってる事が本当なら、なんか最近の男って…(汗
ってゆーか…
いや、もうよく解らん…最近の男は…同じ男ですが…よく理解出来ません