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ネットは人間の攻撃性を極大まで増幅する?
報道によると先日の被害者加害者ともに小学生の女児でであったというショッキングな事件の動機としてあげられているのが、ネットへの書き込みであったとか。詳しくは報道されていないので断定はできませんが、こういった痛ましい事件に限らずネットへの書き込みは、パソコン通信の時代からとても過激なものが多いと感じます。 お互いに素顔をさらしての発言なら絶対に口にしてはいけない人格的攻撃がネット上どこかで日夜繰り返されているようにすら見えます。もちろん論理的な議論は批判する方される方双方にメリットをもたらしますし、有益だとは思いますが、のの知り合いになると、かくも強烈な攻撃性を誰もが身につけてしまうものなのでしょうか。あるいは、だれしもがどこかに持っている逆鱗を偶発的にも不容易にも触れてしまうということが原因なのでしょうか。おわかりの方是非教えて下さい。
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これはもう年代問わず個々の理性の問題でしょう。 >お互いに素顔をさらしての発言なら絶対に口にしてはいけない人格的攻撃がネット上どこかで日夜繰り返されているようにすら見えます。 顔が見えない分、本音が言えるというメリットもある分、逆に汚らしい中傷もしてしまう…というデメリットもあります。子供だけではなく大人でもありますよね? >強烈な攻撃性を誰もが身につけてしまう したの方もおっしゃってますがそんな事はまずありえないでしょう。 大人も子供に対してTVでやってることを全て鵜呑みにしないで、真実を教えてあげないとまた同じ事を繰り返すでしょうね。 やっぱり今回の事件は学校も親もネット業者ももう少し見てあげる面があったんでしょうね。 ネットマナーとか… ただ、能力をつけるだけの授業の前に「ネットとはどういうもので、多少の事を言われても我慢が必要だ」と言う事を教えてあげるべきではなかったのか…と思ってます。
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- dreamplaza
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あなたのおっしゃる『攻撃性』の理由が何も分かっていないただの親父です。 罵り合いは避けますね。 感情論だけで本質的な解決にならないことは避けています。 いくら怒れても、へらへらしながら流しちゃいます。 逆に言えば、本質的なことなら非常に頑固だということです。 これはこのサイトよりも私生活に顕著に現れていますね。 うちの嫁さんはこの頑固さを知っていますから、なだめるのに四苦八苦しています(笑) 実生活の柵の中をへとへとになりながら生きている男からでした。
お礼
>実生活の柵の中をへとへとになりながら生きている男からでした。 私も同じです。実社会が厳しいだけに、趣味でやっているネット上でより不快な思いはしたくはないですね。人間は誰しも曲げられない芯をもっていて、それをいかに上手に隠すかということが分かれ目になるようですね。私は仕事上では余裕がないことがあるので気をつけたいと思います。 ご回答いただき感謝します。
- yu-taro
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こんばんは。 匿名性もありますが、面と向かわないから、言いたいことが言えるという虚弱性、幼児性があるからです。 私も、PC-VANやNifty-Serveのパソコン通信時代からフォーラムも長年楽しんでいましたが、過激な書き込みをする人は偏向性な性格で、自分が正しいと頑固で他を受け入れないような人が少なくなかったです。 そういう一見危なさそうな人も、会ってみると意外と大人しい感じの人が少なくありませんでした。中には会ってもその論調は変わらずに、自分の主張をまくし立てる人もいました。周囲は病的でクレーマー、トラブルメーカー、病気だとして触れないようにしていたものです。 世の中いろいろな人がいるものです。まともに相手をせずに、高い位置から見るようにしていれば惑わされることはないと思います。 騒ぎたい、自分が何かの話題の中心になりたいだけの人もいますので、離れて高みの見物の方が良いと思います。
お礼
確かに人によっては実社会に適応できないフラストレーションをネット社会で発散しているかのように見える方もいらっしゃいますね。本人の状況が詳しくわかっているわけではないので、断定はできないのでしょうが、触らぬ神にたたりなしとは名言だと思います。 ご回答ありがとうございました。
ネットというより、匿名性の問題だと思いますよ。全く自らの姿を隠した状態でなら、人間はなんだってやってしまうということでしょう。たまたま、それをやりやすい媒体として、インターネットという環境が世の中に生まれただけで、それがハガキでの投書であっても、仮面をかぶっての討論会であっても同じだと思います。
お礼
匿名性の問題ですね。ある時期パソコン通信のニフティサーブだったかPC-VANのフリーだったか実名・実住所をあかしての討論がはやった時期がありましたが、現在はとてもじゃないけど危ないと思います。テロリストと呼ばれる人たちの多くは覆面をしている、という話と一脈通じるところがありそうですね。 ご回答に感謝します。
- kotoko
- ベストアンサー率33% (1142/3362)
こんにちは。 今回の事件はネットといってもチャットだったようです。 同じ学校の同級生で、チャットをしていたそうです。 メールでもそうですが、文字だけの会話には真実は伝えにくく誤解も生じるでしょう。 加害者の子は気性が激しく殺人までしてしまいましたが、メールやチャットなどで誤解を生じることは多々あることでしょう。 お互いに、目を見て会話をする事がどんなに重要な事であるかを思い知らされるようですね。
お礼
実社会における人間関係のルールを子供に教える前に、自己主張のツールにすぎないものを与えてしまったのではないかと思います。ネットの向こうには生身の人間がいて、どう対応するかはあくまでも実社会のルールによる、そういう当たり前のことが今の子はできないのかもしれないそう考えたりもします。 ご回答ありがとうございました。
- azicyan
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ネットが無くても、 手紙や、電話で誹謗中傷を「匿名で」 する人はいますよね。 確かにあなたの言うことも一理あるのですが、 ありとあらゆる危険性を排除しようとすると、 北朝鮮のような自由の無い、偏狭な国になるので、 どちらが良いかに関しては立場によると思います。
お礼
北朝鮮はごめんですが、子供が子供を殺す事態もこれ以上ごめんです。表現の自由の代償として、このようなことを我慢しなくてはならないとするなら、表現の自由とはいったい何なのかという話になるかと思います。私たちは北の社会よりも遙かにいい社会に住んでいて、何か問題があればみんなで考えどう防止するかを議論することができる、それだけは誇りたいと思います。すべての危険性を排除することは、おっしゃるとおり非常に難しいと私も思います。 ご回答ありがとうございます。
- sismoon
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人間の攻撃性というのは,場面を問わず存在すると思います. 私は5年位前に別のHPで「人間の攻撃性・残酷さ」を議論してそう思いました. それが表面化するかしないかではないでしょうか. sagaraaoさんも書いているように,ものを利用するための ルールというのが欠如しているような気がします. 「さっきはごめんね」って言葉が出てこなかったのかな?
お礼
加害者の子は結果の重大性を全く考えなかったのか、大人はツールを与える前にルールを与えることになぜ失敗したのか、残念でならないですけどね。 「さっきはごめんね」って話し言葉の暖かさを文字は含むことができない、悲しいですね。 ご回答に感謝します。
『ネットワーク』という存在そのものががそういうふうな目で見られやすいのは、「誰しもが誰しもの考え方に触れることができる」からそう見ているだけです。 というのも、 >お互いに素顔をさらしての発言なら絶対に口にしてはいけない 質問文中のこの記述が実はキーになっておりまして、この文は確かに正論ではありますが、『これはあなたの考えであり、社会の希望ではありますが、現実ではありません』。 人の悪口なんて、インターネットじゃなくても誰でも、どこでもやってます。 ただ、普通は人目につかないだけです。 もっとも――。 インターネットが、「人間のコミュニケーションの可能性を広げる」という点に関し、「もしかしたら悪いコミュニケーションかもしれない」可能性は否定しません。 たしかに、インターネットがなければ女の子は殺しまではしなかったかもしれません(可能性の問題でしかありませんけどね)。 しかし、インターネットがなければ、女の子の犯行は新聞の地方欄に小さく取り上げられただけだったと思いますので(分かりませんけどね)、あなたがそれを知ることはなかったでしょう。
お礼
やはり子供が子供を殺すというのは、ショッキングな事件ですのでネットの存在以前の問題としてセンセーショナルに報じられたと思いますよ。 私が感じるに悪口の元となったことが事実であるかどうかにかかわらず、いったんどこかで話題として展開してしまえば、その流れを変えるのは非常に難しいのです。 >お互いに素顔をさらしての発言なら絶対に口にしてはいけない これは、素顔をさらしたままだと結果の不利益が自分自身に及ぶ可能性を恐れるからで、だれしも他人に対する根源的な恐怖を持って生きていると思います(私だけかも)。それを克服するのは、自分が培ってきた人間性であり社会性なのではなしでしょうか。 ご回答を読ませていただきネットというツールの持つ危険性を過小評価はできない可能性を改めてかみしめた次第です。 ご回答に感謝します。
- beam
- ベストアンサー率24% (412/1678)
こんにちは 関係無いと思いますよ、こちらのHPのようなお互いの顔が見えないのに教え会うような所が存在しているのですから(^_^)v
お礼
ですね。私もそう思いたいところです。ただ、ここでも私は経験がないのですが、いきなり冷水を浴びせるような言葉のやりとりが散見され、不謹慎かもしれませんが興味深いと感じることもあります。 ご回答ありがとうございました。
- piyochun
- ベストアンサー率20% (69/332)
電話で話をすると喧嘩になることも、あって話をすれば解決するってことって多いですよね。 それと同じで文字になればそれだけ情報量が減ります。丁寧に事細かに書き込む人もいれば、簡単な言葉で済ます人もいます。 でも相手の取り方もさまざまですよね。顔は見えませんからどんな気持ちで書いているのかも伝わりません。 こうやって書いている私の文章だって冷たく感じる方も多いでしょう。 また、何処の誰だか判らないからあえて攻撃的に掛けてしまう場合もあります。 ま、みんなが気をつければいいのでしょうが、ある程度やむをえないのかもしれませんね。 いずれにせよあの事件は親の責任ですね。
お礼
事件の全容が未だに明らかではないので責任論に達するのはまだ早いと感じますが、おっしゃるように文字になってしまった言葉の冷たさというものを見てしまうという心理的な効果がどこかにあるのかもしれませんね。 ご回答に感謝します。
- aalext
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こんにちは。 このような事件が起きると、すぐに「ネットの影響」「ゲームの影響」が取りざたされますが、短絡的で何らかの責任逃れでしかないと思います。仮に多少の影響力があったとしてもあくまで二次的なものでしかないはずです。 私や私の友人は複数のネット上のコミュニティーを利用しています。しかし媒体が何であろうと攻撃性を増幅される事はありません。たいてい相手は顔の見えない二度と関係を持たないかもしれない他人の場合が多いですが、それが理由で >強烈な攻撃性を誰もが身につけてしまう 事はありえません。 この世の中には様々な人がいて、必然的にネット上にも様々な人がいます。ネット上でののりし合いのような事をする人は、ネット以前に人格に問題があるのです。 ネットの特性(匿名性)が、そういう人にとって攻撃性のはけ口にしやすい、という事はあるでしょう。しかしあくまで、”もともとそういう人”が、利用しやすいというだけであって、今回の事件のような事の”原因は、ネットとは関係がない”と思われます。 ネットのあり方を揶揄する以前に、実生活での人間関係、つまり家庭や地域のコミュニティーのあり方が、現代生活において破綻している事が問題なのだと思います。まともな人は、ネット上の不用意な発言に対して過敏すぎる反応をする事はありません。
お礼
>ネット上でののりし合いのような事をする人は、ネット以前に人格に問題があるのです。 そういう場合も確かに多いとは思いますが、フレーミング(ネット上の中傷、ののしりあい)の問題もクローズアップされていますね。私も今回の事件はネットとはあまり関係ないとは思いたいですが。 ご回答に感謝します。
お礼
子供たちは社会的自我を取得する前に自己表現としてのツールにすぎないネット環境を手に入れてしまう、ほんとうはその前に相手の痛みがわかる人間性というものを知らなくてはならないと、ご回答を読ませて頂き強く感じたところです。 ご回答いただきありがとうございます。