• 締切済み

才能のない分野の勉強をする意味とは?

現在私は高校1年生なのですが、その後の進路を決めるにあたって思うことがでてきました。 私は国語と社会が得意で特に歴史なんかは周りの人に比べて優れてると自分でも思います。 しかし、数学や化学、英語などは本当に苦手です。 そして将来は歴史などの能力を生かせる職業か宇宙関連の仕事に就きたいなとゆめみているのです。 そこでなのですが、あくまで夢ということが前提だとしても宇宙関連のような職業というと数学などの理系科目ができないとなれないと思います。 だからものすごい頑張るのですが、私が100やってできることをその道の才能がある人は1でできてしまうということが出てくるはずです。 そしてもし才能のある人が100やったとしたら到底才能のない人の及ぶところではないと思います。 そのような状況ならばそういう職業なれたとしてもその先に居場所はない気がします。 それならいっそ潔く自分の能力に向いた進路を取る方が適材適所でよいと思います。 そこで皆さんの意見を伺いたいのですが自分の能力の及ばないことをあえてやる意義とはなんですか? 補足として苦手を放置するということではないということだけは言っておきたいです。

みんなの回答

  • ext1219
  • ベストアンサー率21% (27/128)
回答No.8

学門つながってるよ

回答No.7

 こんにちは。  いやいや きみは 才能がないなんてことはないんだよ だいじょうぶだよと言って欲しいのか。  それとも たしかにそれぢゃ だめだ はやいとこ あきらめてしまえと言って欲しいのか。  そんなことは 自分で考えて決めればよいことだよ。  いまはまだ まんべんなくそれぞれの学科をまなぶことに励んでください。基礎をつけてください。  たまには時間をみつけて 好きなことについて知ろうとすればよいではないですか。

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7193/21843)
回答No.6

そもそも、才能の有る無しはどうやって 確かめるのですか? DNA鑑定ですか。 才能の有無などはやってみないと判らない面が 多いと思いませんか。 高1レベルで得意だから、といってそれが才能の 証明などにはなりませんよ。 反対に、苦手だからといって、才能が無いなんて ことも言えません。 才能てのは、極限までぎりぎり頑張って、それで ダメだった時、あ、俺は才能が無かったんだ、 と判るものです。

回答No.5

100の才能を持った人でも あなたが加われば101になります さらに1の才能を持った人を 10人集めれば110になります ひとつの才能より いろいろな才能を持った集団が 集まることは最強です それは100の才能を持った人も 望むところです 1の才能の人が100人集まったっていいのです 100の才能を持った人は有名になりますが 1の才能しか持たない人は無名ですが しかしそれが集まれば大きな名前になります 社名にもなります 画家や音楽家などは ひとりで100の才能で充分ですが 組織としての社会ではそれだけではやっていけません 社会心理学者や統計専門の人が参加することがあります もちろんデザイナーも参加します 宇宙関連だからといって 数学者だけが集まっているわけではありません 一度アメリカのNASAをのぞいたことがありますが 一生懸命ロケットの外部をみがいているおっさんがいました (これを、宇宙関連と言っていいかどうかは別ですが) あの連中の専門はなんでしょうかね そのためには できないのではなく 他のジャンルも理解できなければなりません 理解するということは 考える力を持つということです まだ高校1年生 まだまだ未知の可能性があるはずです いまからしぼらずに 夢を見ながら いろいろなことに興味を持ってほしいですね

  • bari_saku
  • ベストアンサー率17% (1827/10268)
回答No.4

社会に出たら、たとえ一時的にでも全く不得手であることをやらなければならないことは、ままあります。 そういう時に、いかに自分のメンタルを正常に保つか、という訓練になると思います。

  • raiden787
  • ベストアンサー率37% (179/473)
回答No.3

趣味や楽しみのため、というのはとりあえず置いておきます。 1・最低限の教養や能力を身につけるため 自分は料理は下手くそだが自炊できる程度には料理は練習しているし、栄養バランスなども勉強していますし、ある程度の医療知識は勉強しています。 これらは自分や家族の健康を守るために必要なことであり、料理や医療の才能がないからとこれらの勉強を全くしなければ不便なことになります。食育や医療知識を一般人が知らない国では油ものばかり食べ過ぎると太るということすら知らない人たちがいますし、そこまで酷くなくてもアメリカなどには「ダイエットコークを毎日飲めばいくら食べても痩せられる」なんて本気で思ってる人もいます。当然健康に良い訳がありません。 日本でも健康食品だとかダイエット食品やらサプリやらがいっぱい出ています。 それらの大半は糞の役にも立ちません。でも中には有用なものもあります。それらを適切に区別するにはそれなりの知識が必要です。 2・自分の基礎的な思考能力を高める 私は数学があまり得意ではありませんが、それでも数学をある程度勉強してきたおかげで仕事で統計解析をしたり、実験の計測の処理だとかがそれなりにスムーズにできました。 数学者には到底なれないレベルですが、やる意味はあります。 文系の仕事でも数学的思考は役に立ちますし、必須な仕事も多いです。高等数学まではいりませんけどね。 数学の勉強を放棄した人は呆れるくらいに論理的思考ができない人が多いです。そういう人は社会に出ても重要な仕事は任されませんし、専業主婦や主夫になっても計画的な買い物すらできないことになりかねない。 理系方面の専門家になれるようなレベルでは全然なくていいですが、数学を通じて数学的な論理的思考を身につけられるようにはしておいたほうがいいです。 3・専門家になれるほどじゃなくても役に立つ 化学の高校レベルの知識を持っていれば、例えば接着剤はどの種類のものをどう使えばいいのかとか、ある程度は判断が付くようになります。無論工学の専門家には到底かないませんけど。 微生物の勉強をしておけば病気の感染を防ぐためにはどうすればいいか、論理的に考えられるようになります。 専門家レベルでなくても、考える糸口になる程度に知識があれば役に立ちます。 数学や化学は数学者や化学者以外は必要ないとか役に立たないとか思っていませんか? 大きな間違いです。 知識と技能は生きていく上で大切な武器です。専門家になるにはバズーカが必要かもしれません。でも刀剣や拳銃レベルでも持っているのと持っていないのでは大きな差があります。

  • KoalaGold
  • ベストアンサー率20% (2539/12475)
回答No.2

勉強を栄養として考えてみましょうか。 タンパク質が体を作るとはいえ、タンパク質だけを取り入れていいかというと、エネルギーとして燃焼する炭水化物、補給燃料となる脂肪もあります。 他にビタミンとミネラルが欠乏すると病気になります。ホルモン系統は消化にも成長にもに不可欠です。 つまりメジャーな要素だけで作られた物は木彫りのモデルと同じで、形は出来ても役に立ちません。 勉強主要科目だけで頭でっかちの優等生も使い物にならない事があります。そうです、人間性が欠如している事があるのです。 文系だけで理数系がゼロでは文系の学者にはなれてもビジネスは出来ません。世渡りもできません。 大人になる時点で目標に向かうのは大切ですが、嫌いでも野菜を食べなきゃいけないよ、と言われるゆえんです。

回答No.1

人が学習するのには、大きく分けて3つの目的がある。 1つは、学習する能力を鍛え、成績をつけるため。 2つ目は、社会人になった時に役立てるため。 (しかし思ったほど役に立たないものだ) 3つ目は、見えている世界をより深く感じ、生きる 上でより遠いビジョンに基づき、 その成果をより深く味わうため。 2の目的では、得意分野=専門とする職業の知識 だけで良いが、3の目的のためには、(取っ付き の分野はどこでも良いが、そこからの世界の理解 としての好奇心は、主要各分野に広く及ぶべきである。

関連するQ&A