「将軍」は、何人ゐてもいいのですか。
サナダムシがときどき、「狭義の哲学」といふ言葉を使用してゐます。いはゆる学校で習ふやうな分野の哲学のことです。これこそが、この哲学カテゴリの中心であると、私はおもひます。最近の投稿では、ニーチェとか、フッサールとか、カントとか、ショーペンハウエルとか、でてきました。もつとかうした議論が活発になることを、サナダムシや豚は、望んでゐます。むかしの人の声に耳を傾けることは、親や先祖を大切にすることに通じるとおもひます。
では、哲学カテゴリでそれを実践してゐるのは、だれか。宗教カテゴリとしてこの場を利用して、哲学に疎い豚には、たくさんはわかりません。しばしば目にする「将軍」は、urigadai2013さんや、atomonadosさんです。
今回の投稿は、冗談ではありません。このやうな「将軍」が中心になるべきです。「哲学」カテゴリである以上、当然のことのやうにおもへます。
お礼
plapota様、ご回答ありがとうございます。 >「「将軍」は、何人ゐてもいいのですか。」 「征東将軍」とか。 昔は、そんなの一杯居たんだ、でしょうね。