Mahāvastu
http://en.wikipedia.org/wiki/Mah%C4%81vastu
English translations[edit]
Jones, J.J. (trans.) (1949–56). The Mahāvastu (3 vols.) in Sacred Books of the Buddhists. London: Luzac & Co. volume1 volume 2 volume 3
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マハーヴァストゥの英訳はウィキペディアにリンクがありましたら
興味ある人はどうぞということで。
無量寿経との関係は浄土真宗の人にまかせよう。
知っていたら教えて欲しいところ。
それはそうと、
ウィキペディアの釈迦の項目に書いてあるこれがなんなのかわからなくて気になっていたんですが
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しかし、1868年、イギリスの考古学者A・フェラーがネパール南部のバダリア(現在のルンビニー)で遺跡を発見。そこで出土した石柱には、インド古代文字で、「アショーカ王が即位後20年を経て、自らここに来て祭りを行った。ここでブッダ釈迦牟尼が誕生されたからである」と刻まれていた。この碑文の存在で、釈迦の実在が史上初めて証明された
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%88%E8%BF%A6
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アショーカ王碑文も一応チェックしてみようかなと思って、
こちらのサイトにThe Ashoka Projectとかあったから
The Ashoka Project on the Bibliotheca Polyglotta
http://www2.hf.uio.no/polyglotta/index.php?page=library&bid=14
なんとなく見たら
もしかしてこれ、シャキャムニが生まれたとか書いていませんか?
ウィキペディアに書いてあるのと関係があるのかどうか知らないけれど。
7. Rumindei, Nigālī Sāgar minor pillar Edicts. (Māgadhī and English)
AkSāṃSār Rumindei mpill Mag - C
I. THE RUMMINDEI PILLAR AkSāṃSār Rumindei mpill Eng - C
...
(A) 1 Devāna[pi]yena Piyadasina lājina vīsati-vasābhisitena 2 atana āgāca mahīyite hida Budhe jāte Sakyamunī ti
(B) 3 silā vigaḍabhī cā kālāpita silā-thabhe ca usapāpite 4 hida Bhagavaṃ jāte ti
(C) Luṃmini-gāme ubalike kaṭe 5 aṭha-bhāgiye ca
(A) When king Devānāṃpriya Priyadarśin had been anointed twenty years, he came himself and worshipped (this spot), because the Buddha Śākyamuni was horn here.
(B) (He) both caused to be made a stone bearing a horse(?) and caused a stone pillar to be set up, (in order to show) that the Blessed one was born here.
(C) (He) made the village of Luṃmini free of taxes, and paying (only) an eighth share (of the produce).
http://www2.hf.uio.no/polyglotta/index.php?page=fulltext&vid=378&view=fulltext
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II. THE NIGĀLĪ SĀGAR PILLAR AkSāṃSār Nigālī mpill Eng - A
...
(A) 1 Devānaṃpiyena Piyadasina lājina codasa-vasā[bh]i[si]t[e]n[a] 2 Budhasa Konākamanasa thube dutiyaṃ vaḍhite
(B) 3 ........ sābhisitena ca atana āgāca mahīyite 4 .......... pāpite
(A) When king Devānāṃpriya Priyadarśin had been anointed fourteen years, he enlarged the Stūpa of the Buddha Konākamana to the double (of its original size).
(B) And when he had been anointed [twenty] years, he came himself and worshipped (this spot) [and] caused [a stone pillar to be set up].
http://www2.hf.uio.no/polyglotta/index.php?page=fulltext&vid=378&view=fulltext
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THE RUMMINDEI PILLAR で検索したら日本語でヒットしたのがあったのでそれも。
どうやらスッタニパータの古い層よりは古くないみたい?
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II 層においてはbuddha が複数形で現れる27。すなわち普通名詞としても使われ始める。これを穴埋め
するかのようにII 層以降ブッダの呼称として現れるのが釈迦牟尼sakyamuni28 である。なおsakyamuni
の呼称がアショーカ王碑文(Rummindei Minor Pillar Inscription, 3)に見えることは、同碑文がII 層
以降の制作であることを示唆すると言える。
RINDAS 伝統思想シリーズ 17
ブッダの認識論、
あるいはこころの可能性について
―「闘諍篇」中核部(862-874)訳注
中谷 英明
http://rindas.ryukoku.ac.jp/research/upfile/RINDAS%E4%BC%9D%E7%B5%B1%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA17.pdf
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お礼
びぢーえむ38489さん こんばんは。ご回答をありがとうございます。 ★ 知るは楽しいというより、知ることを楽しめるようになれば、勉強も楽しくなるということでしょうね。 ☆ 馬と人参といった言い方にこだわるなかれ。でしょうか。 たのしいを通り越したたのしさが あるのでしょうか? ● 其の意を悟り其の義を楽しむ ☆ こういう場面も ぜんぜん無いというわけではないと思うんですけれど。一般の場合にもです。 部分的な・一時的なものなのでしょうか。 そう言えば 《勉強》というものについて いろんな思いが現われてまいります。試験を抜きにすれば それほどはいやぢゃなかったのですけれど。