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学校での勉強の意味と必要性について考えてみた
- 学校での勉強の意味について疑問を感じる高校2年生がいます。歴史の授業での暗記や難しい数学の計算には、実際の生活でどのくらいの役に立つのか疑問を抱いています。彼は自分の国の歴史を知ることは大切だとは思うが、それを自分の人生や考え方にどう生かすべきかということの方が本当に重要ではないかと考えています。また、留学生の友人からアメリカでは教科書に載っている英語の挨拶は使われないと聞いたことにも疑問を感じています。
- 彼は学校が「学校で教えられることを答えられるかどうか」が重要視されるシステムになっており、自分のためになることを学ぶことや考えることはできないのではないかと考えています。彼はレポート課題が多いアメリカの学校の方が自分の能力が評価されるように感じられるし、自分がどう考えているかを評価してもらえると思います。
- 彼は現在の「勉強のための勉強」をやめたら学校が改善されると考えています。彼にとって学校とは、もっと自分の能力を発揮し自分の考えを深める場所になるべきだと思っています。
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質問者が選んだベストアンサー
>毎日学校で勉強していますが、その内容に意味があるのかよくわからないことが多すぎると思います。 内容そのものに興味が持てれば、「ただ学んでいて楽しいから」という勉強する意味ができるのですが、内容に関して興味や勉強する意味を見い出せない勉強をやらされる、というのはちょっとつらいですよね。 >本当に必要な人だけが勉強するシステムにはできないんでしょうか? 同感です。今の教育システムでは学ぶ内容やそのやり方ついて、国や学校、先生などの「教える側」が全部規定してしまっています。人それぞれ生きていく中での目標や価値観などは違います。だから当然人それぞれ学びたい、または学ぶべき内容というのも違ってきます。 教育の場においても、「教える側」の意向よりも「学ぶ側」の意志が尊重される「学習者本位の学習」、というのが展開されるべきだと思います。その中で「教える側」というのはあくまで「学ぶ側」をサポートするような立場であって欲しいと自分は思っています。 >なんで学校はこんな場所なんですか?アメリカとかではレポート提出の課題が多いって聞きましたけど、なんでレポートは日本は全然ないんでしょうか?レポートにして、「自分はどう考えているか」ってことを評価してもらった方がその人の能力が分かる気がします。 実際今の学校というのが習ったことはなんでも、いちいちテストをして採点して成績つけて・・・という作業を経ないといけないのが現状です。だがらどうしても学ぶ内容というのは、テストを作ったり採点しやすい単純な知識というのに偏りがちになります。 その点で、レポートで考えを問うといった方法は、これといった絶対的に正しい答えというようなものを決められないため、人の能力を評価したりするのはやりにくいです。だから、単純に知識を「覚える」という勉強から「考える」という勉強というのを学校でやっていこうとなると、その分テストで採点して評価するということはあきらめなければならなくなります。 要するに質問者さんがおっしゃりたいのは「覚える」勉強より「考える」勉強の方がいいんじゃないかということだと思います。自分も確かにそう思います。ただ、社会や学校が点数化してわかりやすく評価するということを望んでいるため、なかなか「考える」勉強というのに移行できないのが現状というところでしょうか。 >今の「勉強のための勉強」をやめたら、学校はよくなると思いますか? 要するに、興味も必要性も持てない勉強を無理やりやらされる、という理不尽さが、学習者の学習意欲とを削いでいるということだと思います。その解決の手段としては質問者さんのおっしゃる「本当に必要な人だけが勉強するシステム」、自分が先ほど述べた「学習者本位の学習」というのが必要だと思います。「必要な人が必要なことを必要な分だけ必要なときに学べる」、教育の場というのはそのようなものであって欲しいです。 P.S. 現状の学校システムについて疑問を持たれたのであれば、現行の学校とは違った方向を目指しているオルタナティブ教育(代替教育)というものについて調べてみると、また世界が違った見えるかもしれません。少なくとも、教育のやり方というのは1つじゃないんだな、ということを知ることができるかと思います。
- 参考URL:
- http://altjp.net/
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- Kiritsugu_Emiya
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それを選んだのは質問者です。義務教育じゃないんだから、自分で選んで自分で学べばいい。 米大リーグも全体練習は最低限で、自分独自のメニューが凄まじい。それと同じことやね。学校に何かを求めるのはお門違いです。
補足
中学生に社会の成り立ちとかまで考えて進路を決めるのは無理です。スポーツは結果主義のプロフェッショナルで結果が出ないと首になる世界だし、すさまじくない人は首になってるんじゃないでしょうか。お金をもらってやるプロスポーツとお金を払って授業を受ける高校を比べるのはちょっとやりすぎだと思います。 麻布高校みたいなところに行けたらよかったのかなって思ってます。
>歴史の授業で何年に何が起きたとか、それを暗記して答えて、何の役に立つんですか? 大学の入試問題を解くのには役に立ちます。 関西大学 全学部 http://kaisoku.kawai-juku.ac.jp/nyushi/honshi/14/ks1.html 関西大学の世界史の入試問題は何年に何が起きたかというような問題があります。 >数学とかも大事なんだろうけど、難しい計算とか世の中に出てから使うんですかね? 例えば建築では数学を使います。 >僕にはわからないですけど、本当に必要な人だけが勉強するシステムにはできないんでしょうか? こういうシステムもできるとは思いますが、自分が数学を勉強しないで他の数学が出来る人に数学の事を全部頼るというのは、自分が無知なままなので、数学に関係している現実社会での問題があった時にそれを自分では解決できないリスクはあります。 >今の「勉強のための勉強」をやめたら、学校はよくなると思いますか? 「勉強のための勉強」をやめた後、その学校が何をするかによると思います。
お礼
ありがとうございます。アメリカは高校から選択授業らしいので、日本もそういう風にできるといいんじゃないかなと思いました。
補足
数学のところに関しては、建築とかで将来使う人はそれを専門的にやって、残りの日常生活に関わる範囲でしか使わなさそうな人はその範囲のことだけやればいいんじゃないかなと思ったんです。僕の母は学校の成績は別に悪くなかったそうですが、日常生活の中で計算が必要な時にその式をすぐに作れてないみたいなので、結局社会に出て生活の中で計算を使う方法を知らないと意味ないな、と思いました。
- jusimatsu
- ベストアンサー率11% (171/1438)
日本の場合は、「汎用性の高いパーツを作る」のが目的ですから。
お礼
ありがとうございます。汎用性があるのはいいかもしれないですが、作文とかテストでトゲのあることを書いたら的を射ててもとりあえず否定されるのはやめてほしいです。
- aokii
- ベストアンサー率23% (5210/22062)
そう思っている人は無理に学校の授業に参加せずに自己流の勉強をする方が将来の自分のためになります。 普通の凡人の高校生は、自分から勉強できないので、自分を授業で縛ってもらわないと勉強できないのです。 貴方のような人がもっと増えれば日本の将来は明るいです。他人に影響されることなく自己流で生きて下さい。
お礼
ありがとうございます。学校を出てなくても将来何とかなりますか?
お礼
真剣な回答ありがとうございます。学習者本位の勉強ってホントに大事ですよね。今の、考えることもせずにただ参考書の内容を覚えればある程度点が取れてしまうようなテストばかりでは考えない歯車が増えるだけです。世の中には余計なことを考える必要がない仕事もあるのかもしれないですが、そんな仕事も考えながらやれば質が高まると思います。 あと参考になりそうな情報もありがとうございました。