- ベストアンサー
日本人と「新たなもの」
この質問が、このカテゴリであっているのかわからないのですが、 よく日本人は「新たなものを取り入れ発展させることが得意だが、自ら新しいものを想像したり発明することは転でダメ」という話を聞きます。また、いろんなところでそれを実感したりすることもあります。 これまで私は、江戸文化などは世界でも類を見ない文化であったりすることなどもあって、第二次大戦で戦争に負け、西洋文明を取り入れるかたちでひたすら経済発展に心血注いで来た中で、自ら新しいものを生み出すということが結果的に失われたものとこれまで思っていました。(漠然とですが) ですが、最近読んでいる「ゴードンスミスの日本仰天日記」という本の中に 「日本人は実際きわめて狭い心の持ち主で、他人のものまねと学んだことを記憶する能力にかけては驚異的な才能を持っているが、自発的に何かを考えたり発明したりすることはまるでできないのだ。」という一文が出てきます。 (この本は明治末期に日本を訪れていた、ゴードン・スミス(1858-1918)という人の日記が翻訳されたものです。) 元々、私の持っていたイメージは年代的にも結構幅のあるものですし、漠然としていたものなので、それが必ず正しいなどとは思っていませんでしたが、時代的にテレビも電話もないにも関わらず、明治時代末においてすでに現代の日本人と同様のかたちができあがっていたことに少し驚いています。 この「新たなものを取り入れ発展させることが得意だが、自ら新しいものを想像したり発明することは転でダメ」という文化?の様なものはいつ頃から日本に根付いているのでしょうか。また、現在を含め、その土壌はどこにあると考えられるのでしょうか? 歴史的、文化的な側面からこのあたりにお詳しい方、書き込みいただけたらと思います。
- みんなの回答 (3)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
詳しいはありませんが、恐らく、古代からそういう体質を持っていたのだと思いますよ。言うまでもありませんが、古代、この国の豪族達は外国からの渡来人でした。証拠として彼らが使っていたオンドル跡が発掘されています。日本は海に囲まれている為、また、歴史的に近隣には中国という大国が存在していたため、文化的、技術的にはどうしても近隣諸国に比べて遅れを取るという性質を持っています。優れた技術をもって海を渡ってきた人々が在来の日本人よりも優位に立ち、国を作り上げていったと考えると、外国人によって国が作られたわけですからオリジナリティーなど存在しようもありません。 そうした特質を踏まえた上で、どの点をもってしてオリジナリティーとするのか、実は途轍もなく難しい問題なのです。 日本神話も、固有とされる神道も、そして部落差別や天皇制度すらも、必ずしも日本に特有のものではないという事実をご存知でしょうか?少し形は異なるのですが、朝鮮半島にも部落差別に酷似した差別制度があるそうなのです。天皇制や神話に関しては有名な話ですので触れる必要ないでしょうが。 実はこれは日本に限った話ではなく、どこの国であっても、固有のものと考えられているものが、よくよく調べてみると、陸地・海路経由で伝わってきた他所の土地の生まれのものである、ということが多々あるわけです。 ですので、オリジナリティーについて本格的な議論をすると、ほとんどの国はオリジナリティーがない、というとんでもない結論に達する事さえあります。 そこで、外国から新しいものを取り入れ、自国風にアレンジしたり、さらに新しく発展させた場合、それを独自性として捉えてはどうか、という主張もあるようです。 土壌というのは、歴史的な経緯を探れば、日本の地理的な条件が関係している、という事になるのでしょうが、それ以前の問題として、国民の気質そのものに問題があるのではないかと思います。 今の日本は、昔と違って衰退傾向にあるとはいえ未だ強い経済力と優れた科学技術力を有しています。ですから、自国なりの文化を発展させる事は幾らでも可能な環境にあるわけです。ところが、事あるごとに内向的になり、歴史を振り返り、伝統や文化を振りかざして復古勢力が台頭してきます。 例えば夫婦別姓がそうです。社会で女性が仕事しやすい、女性がアイデンティティーを確立しやすくなるというのであれば、認めれば良いのです。ところが、復古論者は伝統的な家族論を展開して妨害します。新しいものを生み出すということは、時に伝統や文化を破壊する事でもあります。仮にそうであったとしても、伝統や文化が個人の生活に不具合や障害をもたらすのであれば、壊しても構わないのです。 どうも大きな勘違いをしている人が多いなと感じるのですが、伝統も文化も、人々にとって大切であり、守るべき価値があると信じられてきたからこそ価値があるのであり、時代に見合わなければ変えたり廃止したりしても構わないのです。人々が価値を感じなくなった時点で、文化や伝統は存在理由を喪うのです。
その他の回答 (2)
この命題を「歴史」に求めることが正しいのかどうか、私には疑問ですし、また「歴史」についての知識はほとんどないので、この回答は的外れからも知れませんが。 私はこれは「稲作文化」からではないかと思います。 まったく新しいことをやる=うまくいく保証はない、 そればかりか、もし失敗して、その地域全体で米がとれなかったら・・・ ということで「新しいことは厳禁」となった、ということだそうです。 一方「改良」に関しては、実験的にできる、部分的にできる、ということで、新しいことに比べると、容易にできたようです。 実際いままで、こんなに米が取れるようになったのは、日本の農業技術が世界で1,2を争うくらい優れているからなのです。これも改良のつみかさねの成果ですね。 文化=歴史、ではありませんが、あえて「いつから」ということになると「日本という概念ができたときには、既にこういう文化だったろう」ということはいえるので、ご質問の答えは「最初から」ということになります。
日本民族が自ら新しいものを創造したり発明することはてんでダメなどという話は日本が近代国家としてアジアンの隅に彗星の如く現われた時一部の欧米人の作った神話だと思います。特に優れた発明の素質があるとも思いませんが批判されるほど真似事で国が成り立っているわけではありません。真似事で世界第2位の経済大国が生まれるなら将来日本のような国が世界のあちこちに出現するでしょう。 このような見方、批判は何故日本(日本人)がアジア人でありながら急速に近代化し軍事大国(今は経済大国) になれたか理解できない人々が言い始めたことでしょう。メキシコのマヤ文明がどうしても究明出来なかった人々(考古学者)は、ムー大陸経由でエジプト文化が伝来したに違いないとか、宇宙人が来て先住民を指導したに違いないという説をまじめに唱えていました。考古学、文化人類学が発達した現在では当時のそのような説は一笑に付されています。 日本が特異なのは文明が海陸を経由して伝わるとき、通過点ではないということです。日本でとどまり特異な発展を遂げたものが多く、その源泉を韓国や中国に求め勝ちです。それも間違いではありませんが中国も韓国も新しい文化の通過点であり、全てが自国でまかなわれた訳ではありません。東西の文化交流の結果が今日の姿と考えるべきです。 欧州の文化はケルトに始まりケルトを征服したローマ文化の影響を強く受けていますが、そのローマはギリシャ文化の洗礼を行けるまでは地方の小国であり、ギリシャはエジプトの影響を強く受けています。エジプトはシュメール文化の影響を受けています。 このように一国で独自の文化を築いたケースは世界史上 存在しなく、強いて例を探せば新大陸のマヤ、インカ、アステカがありますが、これらの文明も先行する文明を持ち、たまたまヨーロッパ人が新大陸に到達した時に栄えていたに過ぎません(マヤは少し古く末裔と遺跡が残っていたが) 明治維新前後に当時としては多くのヨーロッパ人が日本を訪れ、雇われ外人技師が多数日本に住んで帰国後、日記や滞在記(旅行記)を発表しています。まじめな報告記事は忘れられ、ヨーロッパと違った点が強調され、優れたところは、その理由探しに躍起となったのだと思います。一般の日本人が信じている欧米観は50~80年前のものであり欧米人が100~130年前の日本観を抱いていても何ら驚くべきことではありません。 他の例をあげればマイアミには1930~50年代に温暖な気候を求めて全米から定年退職者が移り住んだことがあります。現在はすっかり変わっていますがアメリカ人も日本人もマイアミには老人が多いと信じている人がたくさんいます。 現代日本人の特徴は「他人のメガネを通して物を見る」 ということだと思います。人の目を気にする点においては世界一でしょう。