補足欄拝見しました。
対応できる領域なので良かったです(ホッ)。
私自身、詩の内容をよく理解しているわけではないので、説明を求められたらどうしようかと思っていました。
漢詩や短歌、俳句という形式はあっても、詩という形式そのものがそもそもなかった日本では、詩は、常にヨーロッパの詩人の影響を受けながら発展してきた、という経緯があります。
森鴎外や上田敏、堀口大学という優れた紹介者に助けられつつ、ヨーロッパの詩の翻訳を通じて、日本の詩が形成されていったのです。
数多くの詩人が紹介されましたが、中でも、最も大きな影響をあたえていったのが、明治大正期のボードレール、昭和に入るとリルケ、そして戦後になるとエリオットです。
日本でいまももっとも優れた詩人の一人としてあげられるのが、萩原朔太郎ですが、彼は処女詩集『月に吠える』で
「詩の本来の目的は寧ろそれらの者を通じて、人心の内部に顫動する所の感情そのものの本質を凝視し、かつ感情をさかんに流露させることである」
と言っています。
いわば、感情の発露たる叙情詩を、日本において高度に洗練させたのが朔太郎だったわけです。
現代詩はこうした叙情性を乗り越えるところから始まっていった。
このときの理論的な支柱となったのが、エリオットでした。
「詩人の仕事は、新しい感情を探して廻ることではなくて、普通の感情を用いて詩を書き、そうすることで人間が実際に抱く感情にはない気持ちを表現すること」(『聖なる森』 吉田健一訳)
朔太郎にあっては詩=感情だったのですが、エリオットは感情ではなく、表現方法が問題なんだ、と言ったんです。
エリオットの場合はことに、宗教詩が中心でしたから、彼の詩に描かれた非常に重層的なヨーロッパの歴史や宗教観を消化して、日本で発展させていくという方向には進みませんでした。
けれどもエリオットの表現方法、そして詩に対する考え方は、「荒地」同人(黒田三郎、鮎川信夫、北村太郎、田村隆一ほか多数)の枠を超えて、すべての現代詩人に影響をあたえたといって、過言ではないでしょう。
木下夕爾についてはほとんど知らなかったのですが、質問者さんが書いていらっしゃった「長い不在」、検索にかけてみると、その一部?を読むことができました。
>私はねじれた記憶の階段を下りてゆく
たしかにこの「階段」は、エリオットの『聖灰水曜日』第三節
「第二の階段の最初のまがりかどで
わたしはふりむいて、下をみた」(『エリオット全集1』 上田保訳)
と呼応しているもののような印象を受けます(あくまで私個人の印象にすぎません)。
木下夕爾の詩を読み込んでいらっしゃる質問者さんなら、さらによくわかるかと思います。
『聖灰水曜日』は、象徴的な意図がこめられた語句もあまたあり、キリスト教に詳しくない私には、わかりにくい部分が多いです。
それでもこれを読むことで、木下夕爾の詩が、より立体的に浮かび上がってくるのではないかと思います。
この回答がなんらかの参考になれば大変うれしく思います。
お礼
大変ありがとうございました。 木下の詩からは 宗教的のものは感じられませんが おっしゃるように エリオットを通して見ることによって 理解を深めることができるように思います。 その他の理解しにくかった詩も。 いろいろご教示いただきまして感謝いたします。