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パンが食べたいとパンを食べたい
私は前者しか使いませんが、後者のほうが文法的には正しいようにも思います。よくある質問でしょうが、あなたの見解をお聞かせください。
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文法的には両方間違ってはいませんがニュアンスは違うと思いますね。 パンが食べたい、のほうが積極的選択 パンを食べたい、のほうが消極的選択 というニュアンスに感じます。 具体的にはパンとご飯を選択する場合 →パンが食べたい 賞味期限が今日までのパンがあり、他のものを薦められたとき →パンを食べたい まあ口語では「パン食べたい」でどっちもいけると思います。
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- kine-ore
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意志動詞「食べる」を、普通に遣えば「パンを食べる」であり、それに希望の助動詞「…たい」が付いた形では、何をしたいかといえば「パンを食べる」という、つまり「食べる」行為<を>したいという表現になります。 意志動詞「食べる」に希望の助動詞「…たい」が付いた形は、「食べたい」という情意性の強い形容詞に準じた形になります。その場合、他動詞としての「誰が何を食べる」という構文から「誰が」は話者(希望の発意主)との了解が立つことで消え、代わって対象格「何を」が対格化して、改めて「何が」という主格的な「取り立て」の強調度が高まった構文と見てはいかがでしょう。 この場合の「食べたい」は、従って意志と感情が合流したことで感情形容詞と同様の構文を取るわけだが、これが可能なのは他動詞の意志動詞でも、その対象格に変化を及ぼさないものに限るという点には気を付けたいものです。 また、主格化した対象としての「パンが」は「食べたい」の対格補足語的に親和性の高い関係となっているので、その間を引き離すと一般的な「パンを食べる」構文との交差が始まり出し、文意が乱れてくる点も要注意です。あくまでも「食べたいのはパンだ!」という希望の強調形なので近接こそが求められるのでしょう。 *そのおいしそうな匂いのせいで今や無性にパンが食べたいな。 ↓ ?パンがそのおいしそうな匂いのせいで今や無性に食べたいな。 ○パンをそのおいしそうな匂いのせいで今や無性に食べたいな。 ?今や無性にパンがそのおいしそうな匂いのせいで食べたいな。 ○今や無性にパンをそのおいしそうな匂いのせいで食べたいな。
お礼
いわゆる文法以外にもいろいろな広がりがあることがよくわかりました。ご丁寧な説明をいただきありがとうございました。
- hakobulu
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どちらも正しい表現です。 「が」の場合は、 http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%8C&dtype=0&dname=0na&stype=1&pagenum=1&index=02711700 2 希望・好悪・能力などの対象を示す。「水―飲みたい」「紅茶―好きだ」「中国語―話せる」 という用法に該当します。 ただ、いわゆる目的語としての対象を示すという意味では「を」のほうが広範に使用されるのは確かです。 「が」の場合のように、「希望・好悪・能力」という縛りがありません。 この両者が比較の対象に挙げられるのはなぜかというと、「希望・好悪・能力」のニュアンスの違いはどのようなものであるのか、という点が問題になるからです。 ということで、わたしの考えを述べてみます。 「パンが食べたい」 と言えば、食べたいという希望を強調的に現わしていることになるでしょう。 強い希望、と言っても良いかもしれません。 「パンを食べたい」 の場合も希望を現わしていることに違いはありません。 ただ、あくまで、「食べたい、と希望する対象物は何かといえば、それはパンである」と言っているニュアンスになります。 冷静な希望、とでも呼びましょうか。 本当に欲している、というニュアンスは薄れます。 非常にパンが好きな人が、何らかの事情で一年近くもパンを食べることを禁じられているような場合は、「ああ、パンが食べたい!!!」となるはずです。 ここで「ああ、パンを食べたい!!!」と言っても、その願望の度合いは低いと判断されることでしょう。 わたしがパンを持っていたら、前者にあげようという気になるのは間違いありません。
お礼
情緒までが言葉に込められているというのはほかの言語にはない特徴でしょうか。勉強になりました。
- marisuka
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情意と可能を表現する場合、目的語の助詞は「が」になる(そのほうが自然、それでも通じる)。 情意…「~たい」とか「好きだ」とか「いやだ」とかの場合です。 水が飲みたい リンゴが食べたい トマトが好きだ キュウリが苦手だ 可能…「できる」「~れる」「~eる」などの場合です。 水泳ができる 資金が出せる 問題が解ける ちなみに、情意でも可能でもない場合、「を」を「が」に換えると変になります。 水が飲む リンゴが食べる 水泳がする 問題が解く これは私の見解ではなく、辞書に載っていたことです。大きな国語辞典の「が」の項です。 調べてみて私も、こういうまとめ方があったのかと、目から鱗でした。すっきりしました。ご質問に感謝です。
お礼
情意と可能に共通な点は何かと考えさせられました。興味深いことだと思いました。
>パンが食べたい 不安定な文章です。パンが主格になって「食べたいよぉ」といっているようにも思えます(ぱんさんが(何かを)食べたいといっている)。 >パンを食べたい このほうが意味がよく伝わります。主格は他にあって、Aはパンを食べたいといっているのだなということがクリヤーに判断できます。
- dohedohe
- ベストアンサー率38% (48/126)
文法的にはどちらも正しいです。 「が」も「を」もこの場合、「対象、目的格の格助詞」といいます。 「私はパンが好きだ」の「が」です。
- thegenus
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パンが食べたくない。パン主役。 パンを食べたくない。パン脇役。 パンは食べたくない。パン悪役。
- SPS700
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僕は「パンが食べたい」を使います。 ただ長くなると「を」の『変さ』が少しずつ減るようにも思います。 「パンが食べたい」 「を」は絶対ダメ。 「今朝焼いたパンが食べたい」 「を」でも我慢する。 「あの赤いドレスを着ている人がおいしそうに食べているパンを食べたい」 。ま、いっか。
お礼
長くなるというのは話し言葉から書き言葉への変化と同じようなことが生じているのだろうかと思いました。興味深いご見解と思いました。
お礼
積極的か消極的かという区別は初めて伺いましたが、なるほどと思いました。また助詞そのものを省略するというのも立派な選択肢ですね。