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年賀状の必要性とは?
- 年賀状の必要性についての立論、反論、主張をまとめました。
- 立論としては、年賀状が人々に感謝の気持ちや新年の祝福を伝える手段であることを主張しました。
- 反論としては、年賀状には手間と費用がかかることや、メールやSNSの普及によって手軽に連絡を取ることができる現代社会では必要性が薄れているという意見を述べました。
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質問者が選んだベストアンサー
ちょっと前に虚礼廃止とか言って年賀状を止めましょう的なキャンペーン?がありました。 しかし、ある時から突然、言われなくなった。 私はその背景には国の有力な資金源である財形投融資があるものと思っている。 つまり、多額の債務を抱える日本として郵政の力を落とすことは得策ではない、という判断があったものと思うのです。 。。。でも、 学校の宿題でいきなりこんな事を言ったら、熱を測られてしまうかも知れませんね。しかし、物事には今のあなたが想像もつかないような裏の事情がある場合もあるのです。 今はご挨拶の手段として有効だ、ということでO.K.ですが、はるか昔に、教えて!gooでヘンなことを言うおっさんがいたことと、そのおっさんが言ったことの断片を頭の片隅に覚えておいてもらえると嬉しいですね。
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- あずき なな(@azuki-7)
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礼儀だからです 日本人ほど礼儀にこだわる種族はいません お祝い返しにお中元 暑中見舞いに年賀状… まぁ日本人の誇りです 礼儀を知らない民族は軽んじられます 某共産国家のようにね 笑
お礼
回答ありがとうございます。 確かに、日本人はとても礼儀にこだわりますよね。 私もそこが日本人のいい所だと思います。 (日本人すべてが礼儀正しい人だとは限りませんが) 某共産国家とはどこのことでしょうか。 中国や韓国などにも年賀状のようなものはありますよね。
私は必要だと思います。人間が考え出した「季節の挨拶」という形式の中でも最高に完璧なものだと思います。 人間は社会的な動物であり、社会の中でのつながりを必要とする生き物です。そのつながりの中でも主要なものは個人的なつながりです。これは日々の生活に必須というわけではありませんが、そのひとの人格形成、更には生存の意味(幸福感)を深いところで支えるものです。歳を重ねるにつれて人間はその個人史のなかでの人間関係が如何に重要かということが判ってきます。その人間関係とはおおむね、血縁、幼馴染み、学窓仲間、いろんなシーンで心を通わせた友人、そして仕事仲間などになると思いますが、それらの関係を継続させ、絶やさないツールとして年一回の年賀状があるのです。 それとは別に、そのひとの外郭を形成する人間関係も存在します。いわゆる世間の義理というものですが、これもそのひとの公的な社会性を保っていくという意味で重要です。人生の中で様々な恩義を受けた人たちとのつながりを絶やさないということです。この面においても年賀状は必要最小限ながら大きな役割を果たしています。 年賀状とメール(の賀状)はあまり差がないと思います。しかし、パソコンや携帯を扱えない人を含めて、年賀状はオーソドックスな礼節の形を表すことができ、まだまだ日本では有効だと私は思っています。
お礼
素早い回答ありがとうございます。 なるほど、年賀状はいろいろな役割を果たしていますね。 とても参考になりました。ありがとうございました(^_^)
お礼
回答ありがとうございます。 年賀状やめましょう的なキャンペーン…そんなものがあったのですか。知りませんでした。 私はハガキやお手紙を書くのが好きなので年賀状は毎年書いています。 年賀ハガキが出回らなくなったら寂しいですね・・(「おとしだま」の当選結果チェックもひそかな楽しみです) 確かに、立派な理由にはなりますが・・・ですね(笑) でもとてもタメになりました!ありがとうございました(^_^)