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南三陸の防災対策庁舎の保存、解体について
あの悲しい東日本大震災の復興のシンボルとして、 南三陸の防災対策庁舎の保存、解体について 『解体派』と『保存派』がそれぞれの立場で 意見が食い違って、地元も調整に苦慮しているようです。 あの現場で身内の方々を実際に亡くされた遺族の方々 の意見が分かれているようなので、私たちの立場では 何も言えませんが・・・ 何か防災安全祈念公園みたいなのを高台に作って 庁舎全体、もしくは一部を移設してシンボライズするのは どうでしょうか? 皆さんは何か良い解決策ありませんか?
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基本的に復興その物が停滞している。大きく動けば心理的に前向きになる可能性もあるが、それがないので解体して嫌な思い出を消したいという気持ちが大きいと思います。 シンボルとするには、その場所を復興を進める上で重要な場所にしないといけません。その建物を中心として復興イベントを行う。津波の怖さを伝えるためにも必要だと発信出来るものが必要。ただ有るだけの状態だから。 ただ、あの規模の建物も保存したとしても維持費が大変だと思う。全部を残す必要も無く、一部でも残す形では無理なのだろうかと。
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- mrst48
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今回の震災で、各地に「シンボル」と されている物があります。 広島の原爆ドームは、極端なことを言えば 世界で最初の原爆投下で唯一無二の場所。 原爆ドームと比べることは出来ませんが 震災を後世に伝えるシンボルとして 保存するか、しないかは、 地元の住民のみなさんの判断に 任せる他はないと思います。 メディアがそれぞれに、スポットライトを 浴びせすぎているのでは?と思う物もあるし それぞれの地域で生活習慣、環境等 違っているので・・・。
お礼
ご回答ありがとうございます。 おっしゃられる通りですね。 私もあまり大げさに報道せず、地元の皆様が 納得できる形で収まってほしいと思っています。 原爆ドームは敗戦国として、戦争という悲惨な過ちの 犠牲となった国民の悲痛な気持ちを形として残すことで、 過ちを二度と繰り返さない平和な日本を象徴したい・・という 気持ちが込められて残されていると思いますが、 南三陸の場合は天災による結果なので、思いが 人それぞれ違うと思います。 そういう意味からも、難しい問題だと感じます。
- onbase koubou(@onbase)
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その場所で、その状態であるから大きな意味があるのです。 一部を移してしまえばそれは単なる記念碑にしかなりません。 説明されないと実感できないものと説明されなくても実感できるもの違いは大きいです。 「妥協案」としては妥当ですが、それでは保存派も撤去派も中途半端な思いが残るような気がします。
お礼
早速の回答ありがとうございます。 『その場所で、その状態であるから大きな意味があるのです』 ⇒最もなご意見だと思います。 今、まさに対立している根本が回答者様が書かれている事ですので。 ですから、何か良い妥協案をご提示願いますか?
お礼
ご回答ありがとうございます。 そうですね、復興が進めば、あの場所は重要な位置づけとして 何らかの形でも残さねば! という気持ちが、地元の皆様の心の中に 共通の思いとしてあらわれてくるかもしれませんね。 今は周りに何もなく目立っていますが、復興が進みビルが建ちはじめると あの場所も建物の間に隠れ、静かに防災安全を祈念する碑が建立され、 全国から多くの人々が献花台に花を供えに訪れる場所となっているかも しれません。