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遣隋使・遣唐使等で未帰国&帰化子孫で著名な人物は?
政治状況や海難事故等で派遣され中に、本人の希望というよりは外部要因で未帰国の僧・留学生・役人・労働者が多々いたと思うが・・・ それらの方々の、その後や子孫の中での活躍を知りたく存じますが、著名な人物としてはどのような方々が居られるでしょうか?
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百人一首にも選ばれている「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」 という詩で有名な阿倍 仲麻呂 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E5%80%8D%E4%BB%B2%E9%BA%BB%E5%91%82 陰陽師で有名な安倍清明も彼の子孫と言われている。
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- HAL2(@HALTWO)
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遣唐使の帰化人で私が思いつくのは「鑑真」ですね。 本人の希望で倭国に来たことや、子孫のいない御坊様であることから御質問者さんの問に対する回答にはならないかも知れませんが(汗)・・・。 私にとっては中学入試勉強で覚えた遣唐使の帰化人筆頭です(笑)。 阿倍仲麻呂も帰化人であることは習い覚えたのですが「何故、阿部? 阿部氏って遣隋使以前の古代から日本では名門の氏である筈。養子にでもなったのかな(汗)?」みたいな疑問が付き纏ってしまい「帰化人の筆頭はやはり鑑真」という刷り込みが行われてしまいました(汗)。 中学以降は考古学には興味があったものの (実際、考古学研究会に入りました) 歴史は苦手科目となってしまい(笑)、結局「何故、阿部?」の疑問は未だに解決を見ていません(滝汗)。 鑑真に付いての知識も「東大寺に住んだ」「唐招提寺を建てた」「宗派を興したわけではないが、後の仏教宗派を生み出す基礎となる戒律を日本にもたらした」ぐらいしか覚えていません(汗)。
お礼
ご回答を賜りまして、誠にありがとうございます。 鑑真(唐大和上:668~763年)は有名ですね・・・遣唐使船でやって来た2人の日本人僧の戒律の師を求めに応じ日本に渡来を決意。 しかし、渡海は危険と困難を極め、役人の出国阻止や嵐による難破にて何度も失敗を繰り返し、6回目にようやく薩摩の国の坊津にたどり着いた。 さらに、その渡海中の苦難と潮風で両眼を失明してしまうという悲惨な状況です。 翌年に、平城京に入った鑑真は東大寺の大仏殿の前に戒壇を造り、聖武上皇・孝謙天皇をはじめ400人以上の人々に戒を授けました。 その5年後、西の京に唐招提寺を建て76歳で世を去るまで日本にとどまり律宗の教えを広めたそうです。 本当に危険と苦難の渡海、さらに言葉の問題や失明にも挫けずに布教された情熱・気概・信念には驚嘆します。
お礼
ご回答を賜りまして、誠にありがとうございます。 私も、小さい頃に、「天の・・・」上の句の読みだしで、「三笠の・・・」下の句の札を素早く取る事で周囲の大人からホメられ、子供心に自信とやる気が生まれ、百人一首に興味を持ち、何となく暗記し得意札に成っていました記憶があります。 ※集計状況 阿部仲麻呂 1票