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朝鮮で儒教が重んじられる理由は?
朝鮮は今でも儒教が大変重んじられています。 単に民族的資質のみならば、特別な歴史背景があると思うのですが、どうでしょう?
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一番の理由は朝鮮王朝が儒教を事実上の国教にしたことです。 高麗時代の国教だった仏教を排除するため、廃仏毀釈も日本よりはるかに早い時代に行われていました。 http://wiki.livedoor.jp/crescent_castle/d/%BF%F2%BC%F4%C7%D1%CA%A9# ちなみに韓国の寺院が山間部にのみ残っているのは、そういう理由からです。
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- fujic-1990
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孔子は朝鮮族であり、儒教の起源は韓半島にあるから。 というのは、私的には冗談ですが、韓国の学者がそう言ったという噂が流れ、多数の中国人が怒ったのは事実です。 閑話休題 好むと好まざるとに関わらず、昔のアジアは中国を中心に動いていました。 隋や唐の時代に、日本が間接民主主義政治などやったところで、価値観がまるで違うのですから呆れかえられるのがオチ。中国と対等につきあおうとしたらどうしても、中国の認める土俵にあがって、その中で「すごい」と思われることが必要なわけです。 日本が、仁徳天皇陵などの巨大土木工事を起こしたのも、聖徳太子が四天王寺(当時の最先端思想の仏教を、最先端建築技術を集めたもので表現する)を建立したのも、上陸した中国使節がまず見てびっくりする効果を狙ったものだと言われています。 (それぞれの建設当時、その時々の上陸地点からすぐ見えた由) さて朝鮮ですが、その驚かせる材料が、当時聖賢の道と言われた「儒教」だったのですね。 日本と違って中国の武力をもろに浴び、国内でも日本と違って殲滅戦をやっていましたから、土木とか建築とかに力を注いでもあまり意味がありません(百済の遺跡でさえほとんど残っていない)。墓などでも、中国人は平気で掘り返しますから、仁徳天皇陵みたいなのを作っても数日で野原に戻るでしょう。 となると、思想しかないのです。思想は人間が残るかぎり、残りますから。 あの時代、思想というと仏教か儒教でしょうが、仏教は中国にとってさえ天竺からの渡来ものです。本場はインド。朝鮮がそれを極めても中国は驚かない、尊敬もしない。で、儒教しかなかったものと思います。 さらに、中国は王朝が変わります。元や清などは(朝鮮の認識によれば)蛮族が武力によって建てた帝国です。 冊封体制下、朝鮮の王様は代替わりなどに冊封使が来ると、王様(正式にはまだ王様候補)なんとか門の外で土下座しなければならなかったり、代々妻を押しつけられたり、名前に「忠」の字を押しつけられたりしながら (↑韓国人はこういう話を教えられていないので知らない、と言う話ですが、それはさておき)そういう状況下で、「実はオレたちのほうが偉いのだ」という民族的アイデンティティを維持し続けるには、 儒教的行動を実践し、「儒教(聖賢の道)を本当に歩いているのはオレたちだ」と思い続けるしかなかったのではないでしょうか。 これは、当然ですが、貴族階級だけの思いではありません。庶民だって、誰も自分が二等国の国民だなんて思いたくないですから、「儒教」ということに気を配ります。 その強固な習慣がこん日にまで及んでいるのだろうと思います。 ちなみに、ものの本によりますと、日本が江戸時代だったころの儒教研究は、朝鮮のほうが本場中国よりも優れており、朝鮮使節がやってくると、日本の儒家は、こぞって教えを受けに旅館などに押しかけたそうです。 そうなれば気分がいいですから、ますます儒教に磨きをかけますね。当然ですが。 そんな日本に併合されちゃったわけですから、気分がよろしいわけはないですね。 (^o^;