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大阪城の石垣

今の大阪城は旅館みたいで魅力はありませんが、その土台の石垣を見ていると感動します。コロの原理で運んで来たのだろうと思いますが、実際の石の切り出し場はどこでしょうか? 全国各地ですか?四国もあると聞きましたが船への上げ下ろしはどんな道具で行ったのですか?石垣を積んでいるところを想像すると何だかすごくロマンを感じてしまいます。

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noname#155097
noname#155097
回答No.2

>実際の石の切り出し場はどこでしょうか? 「豊臣大坂城の石垣用石材は、小豆島・家島・御影・加茂などから運んでこられたと 推定されていますが、自然石を使用する「野づら積み」であったためか、 それを示す痕跡はほとんど確認されていません。 一方、徳川大坂城の総数280万石とも400万石とも推定される石垣を構築する石材は、 加茂・御影・小豆島・西国・北国・九州の採石場より切り出されたことが 古文書に記されており、伏見城の石盤も破壊して運び込まれたそうですが、 実際に、香川県小豆島や塩飽諸島、岡山県牛窓町前島など瀬戸内海地域の島峡部、 近くでは兵庫県の表六甲や大阪府生駒山西麓などでは、矢穴や刻印のみられる 石材が多く見つかっており、徳川大坂城の石切丁場があったことが 明らかとなっています。そして、大坂城石垣の調査では、 六甲花崗岩(御影石)の石材が最も多いと観察されていることから、 石垣用石材は六甲山系から最も多く採石されたと考えられています。」 http://www.gensetsu.com/04asiya/doc1.htm

agekoba
質問者

お礼

ミーハーな感覚でプリンセス トヨトミなんて映画を見まして、そう言えば大阪城の石垣はどこから運んできたのだろうと思い立ち質問してみました。私は考古学ファンではないので古墳がどうこう余り興味ないのですが、江戸時代くらいの比較的新しいものにはロマンを感じたりしています。詳しく教えて頂きありがとうございます。

その他の回答 (2)

  • paddrink
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回答No.3

前の方が詳しく説明していますが、補足させて頂きます。 岡山県と香川県の間には小さな島が多数ありますが、その多くは花崗岩でできています。 船で近づくと石を切り出した跡が今でも散見されます。 海に面した石切り場は輸送コストを大幅に低減できるメリットがあります。 切り出した石にロープ(当時は縄か葛)を結び船の底に吊るします。 そのことで船に積むより 安全に大きな石を積むことが可能になります。 船の底に石を吊るすと、移動する際に抵抗が増え、現在の動力船なら2倍以上の燃料を消費することになると思われますが、 瀬戸内海は時間により塩が東西に流れるので問題ありません。 大阪に向かう東向きの流れの時だけアンカー(碇)をあげて船を流し、西向きのときには潮の流れの無い湾内に停泊すれば自然エネルギーで輸送が可能です。 また水中では重たい岩石も半分の力で動かすことができます。

agekoba
質問者

お礼

ありがとうございます。その石きり場を実際見てみたくなりました。その切り出したところを見れば人々がどんな会話をして、どのような失敗もしながら作業していたのか分かると思います。なんかタイムスリップできてロマンを感じます。

回答No.1

 私は沖縄県の出身で出身ですが。 以前、建設会社に勤めている頃石垣をよくつみました。 私たちの場合料金を抑えたいので(沖縄県は(石灰岩でできているため)その現場から意思を取り出し 現場でその大きな石をパワーショベル(バックホー)という機械で削りその石の形を整え積み込みました。 たぶん、本土の方はそういう技術があるか疑問ですが、現場では一切そういうことをしません。 採石場などでたぶんそういう機械で削り現場まで持ってきていると思います。 現場では石垣は簡単に積みませんが大きな石を先ず最初に積み小さな小石などで形を整え積み込みを 完了させます。この方法ですがすぐにつぶれるだろうと思っているかもしれませんが 雨などが降り強化されなかなかつぶれません。 本土ではモルタルなどで固めていると思います。

agekoba
質問者

お礼

ありがとうございます。大阪城の石垣を見ていますと外観は綺麗に積まれていますがその内部も同じく綺麗に積まれているのか知りたいですね。積み込めば積み込むほうが安定するわけですね。何百年も崩れず 形を保つのはすごいですね。

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